プリーストリス号の艦長。船競走で二位となり、戦でも味方を励ました。
ムネーステウスとは何の神様か
ムネーステウスはひとことで言えば脇役のなかでいちばんよく働く男です。
アエネーアースの船団の一隻、プリーストリスの艦長でした。
『アエネーイス』第5巻の船競走では二位につけます。乗員を叱咤して漕がせる場面が、詩のなかで印象深く書かれました。
かつてヘクトルの供だった者たちよ、いま力を出せ。
この人物は競走だけで終わりません。 のちの戦の場面で、押し込まれるトロイア勢を励まし、防壁を守る側の要として働きます。第9巻・第10巻・第12巻にも名が見えます。
ローマのメンミウス氏族が、この人物を祖と称しました。
名はギリシャ語の「思い出す」に通じ、氏族名メンミウスとの語呂合わせになっています。
名前そのものが由緒の証しになる書き方です。
ムネーステウスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ムネーステウス」「ムネステウス」が使われます。訳書による揺れは小さく、綴りもほぼ一定です。
名の意味と、氏族名の意味が重ねられています。
ギリシャ語で思い出すにあたる語と、ラテン語で覚えているにあたる語。この二つを橋渡しする形で、メンミウスという氏族名が説明されました。
ウェルギリウスは第5巻で、メンミウス家がこの人物から名を得たと書いています。言葉の意味を通じて、ギリシャの人名とローマの氏族名がつながる仕掛けです。
ほかの二人の艦長は音の似た名で結びつけられましたが、この人物だけは意味で結びつけられています。 詩人が同じ手を繰り返さなかったことがわかります。
船の名プリーストリスは、大きな海の獣を指す語です。
Mnestheus(ムネーステウス)
ラテン語での綴り。ギリシャ語の「思い出す」に通じる語形とされる。
Pristis(プリーストリス)
指揮した船の名。大きな海の獣を指す語で、船首にその姿を掲げていたとされる。
gens Memmia(ゲンス・メンミア)
メンミウス氏族。この人物を祖と称したローマの家で、名の意味が重ねられている。
ムネーステウスの物語
船競走の二位 ─ 叱咤する指揮官
第5巻の船競走で、ムネーステウスは中盤から追い上げます。
先頭のギュアースが舵取りを海へ投げ込んで失速したところを、内側から抜きました。
このとき乗員にかけた言葉が、詩に残されています。
一位は望まない。だが最後になることだけは、どうか避けてくれ。
勝利ではなく、恥を避けることを求めています。 叱咤の言葉としては珍しい形です。
乗員は奮い立ち、船は勢いを増しました。セルゲストゥスの座礁を横目に見ながら、二位で走り続けます。
最後の直線でクロアントスに抜かれ、一位を逃しました。それでも褒美として、金の鎖かたびらが与えられます。
この人物は、負けても崩れません。 焦って近道を選ぶことも、怒って乗員を投げ込むこともしませんでした。
四人の艦長のなかで、もっとも安定した指揮を見せます。
防壁を守る ─ 第9巻の働き
ムネーステウスが競走だけの人物でないことは、第9巻でわかります。
アエネーアースが援軍を求めて留守にしているあいだ、トゥルヌスがトロイア勢の陣を攻め立てました。
防壁の内側で兵が浮足立ったとき、この人物が前に出ます。
どこへ逃げるつもりか。この壁のほかに、どんな城があるというのか。
逃げ場がないことを言葉にして示しました。 恥を避けよ、という第5巻の言葉と同じ形です。
彼はトゥルヌスを陣の中から押し戻す働きをします。追い詰められた敵将は、武具のまま川へ飛び込んで逃れました。
第10巻・第12巻にも名が見え、戦線を支える将として繰り返し現れます。
アエネーアースの仲間のなかで、これほど行動の量が多い脇役は多くありません。 競走の褒美として鎖かたびらを受け取った人物が、そのまま戦の場面で働き続けます。
なぜ記録が少ないのか ─ 名前が由緒になる
行動は多いのに、この人物についてわかっていることは多くありません。
家族も、出自も、最期も伝えられていません。 『アエネーイス』以外の古い作品にも独立した話は残っていません。
理由は、ほかの艦長たちと同じです。氏族の名祖として置かれたからです。
ただし、この人物の場合はやり方が違います。音の似た名を当てるのではなく、名の意味を使いました。
思い出す者、という名が、覚えている家の名につながります。
メンミウス氏族は共和政期に政治家を出した家です。ウェルギリウスの時代にも存在していました。
名前の意味そのものが、由緒の証しとして働きます。
こうした語の重なりは、古代の読者にはすぐ伝わりました。ラテン語とギリシャ語の両方を読む人々にとって、言葉遊びは教養の一部です。
そのため、この人物には物語が要りませんでした。名前が説明を済ませてしまうからです。
三人の名祖という配置 ─ 詩人の意図
第5巻の船競走に出る四人のうち、三人がローマの氏族の祖とされます。
セルギウス家、クルエンティウス家、メンミウス家。
いずれも共和政期に知られた家ですが、ウェルギリウスの時代に最盛期を過ぎていた家でもあります。
なぜこの三つの家が選ばれたのか。
確かなことはわかっていません。 詩人の周辺との縁を推測する説はありますが、根拠は乏しいままです。
一つ言えるのは、アウグストゥスに近いユリウス家が船競走に出ていないことです。ユリウス家は別の場面で、はるかに重い扱いを受けます。
競走という軽い場面に、やや古い家を並べる。詩人は、どの家をどこに置くかを慎重に選んだとみられています。
順位の付け方にも読みが加えられてきました。祈った者が勝ち、叱咤した者が続き、焦った者が座礁する。家の性格を暗示していると読む研究者もいます。
ただし、これも確かめられてはいません。
ムネーステウスの家系図と家族
ムネーステウスの性格と人物像
ムネーステウスの性格は、言葉によって示されます。
競走でも戦でも、この人物は仲間に向かって語りかけます。そしてその内容は、どちらも同じ形です。
勝てとは言わず、恥を避けよと言います。
第5巻では「最後になることだけは避けてくれ」、第9巻では「この壁のほかにどんな城があるのか」。追い詰められた者を、現実に引き戻す言い方です。
叙事詩の英雄は、しばしば栄誉を語って兵を励まします。この人物はそうしません。足元を見せて立たせます。
研究では、この人物は中堅の指揮官の理想像として描かれているとみられています。目立った武勲はありませんが、崩れず、逃げず、必要な場所に立ち続けます。
派手さのない有能さが、一貫して書かれています。
名の意味が「思い出す」であることも、この人物像と重ねて読まれてきました。過去を忘れずに持ち続ける者、という読み方です。
ムネーステウスゆかりの地と遺跡
ムネーステウスを祀った神殿や聖域は、確かめられませんでした。
祭祀の対象になった形跡がなく、碑文にも暦にも名は出てきません。ゆかりの地として位置を確かめられる場所もありません。
船競走の舞台はシチリアの海岸とされますが、地点は定まっていません。
防壁を守る場面の陣も、ティベリス川の河口付近としか書かれておらず、位置は特定できません。
祖と称したメンミウス氏族についても、家の聖所や墓所の位置は確かめられていません。
そのため、この節には場所を挙げていません。推測で土地を挙げるより、無いと書くほうが正確です。
ムネーステウスが現代に残した痕跡
ムネーステウスの名は、言葉の重なりとして残りました。
メンミウス氏族: この人物を祖と称したローマの家。名の意味を通じて結びつけられている。
プリーストリス号: 指揮した船の名。大きな海の獣を指す語で、船首にその姿を掲げていたとされる。
恥を避けよという励まし: 勝利ではなく最下位を避けることを求める叱咤。古代から詩の技巧の例として引かれてきた。
第9巻の防壁の場面: 押し込まれた陣を立て直す働きが描かれ、脇役としては異例に長い出番を得ている。
ムネーステウスが司るもの
仲間を励ますこと
競走でも戦でも、追い詰められた味方に語りかけて立て直した。
守りの働き
防壁を守る側の要として、押し込まれた戦線を支えた。
家の由緒
メンミウス氏族の祖とされ、名の意味を通じて一族の起こりを示した。
ムネーステウスが登場するゲーム・アニメ
作品でのムネーステウスは、集団のなかの一人として現れます。
単独で主題になることはなく、競走の船か、守りの戦列の一部として描かれるのが通例です。はっきりした見た目の特徴が詩に書かれていないためです。
名を書き添えなければ、誰であるかわかりません。
日本ではこの人物を単独で扱った作品は見当たりません。『アエネーイス』の訳書を通じて名が知られている状態です。
ムネーステウスが登場するゲーム
古代を舞台にした物語ゲーム
船団の指揮官かつ守りの将として、複数の場面に配されます。
競走を扱う歴史ゲーム
追悼の競技会が催しとして再現されることがあります。
ムネーステウスが登場する絵画・彫刻
アエネーイスの挿絵版画
第5巻の船競走で、追い上げる船として描かれます。
防壁の戦いを描いた図
第9巻の攻防を表す図で、壁の内側に立つ将として配されます。
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ムネーステウスについてよくある質問
ムネーステウスはどんな人物ですか。
アエネーアースの船団の一隻プリーストリス号の艦長です。第5巻の船競走で二位につけ、のちの戦の場面でも防壁を守る側の要として働きました。
船競走ではどんな指揮をとりましたか。
乗員に対し、一位は望まないが最後になることだけは避けてくれと呼びかけました。勝利ではなく恥を避けることを求める言い方です。
メンミウス氏族との関係は何ですか。
ウェルギリウスは、この家がムネーステウスから名を得たと書いています。ギリシャ語の「思い出す」とラテン語の「覚えている」を橋渡しする語呂合わせになっています。
船競走の艦長たちはなぜ氏族の祖とされたのですか。
ローマの名家が自分の起こりを古い時代にさかのぼらせたためです。ウェルギリウスはセルギウス家・クルエンティウス家・メンミウス家の名を人物として配置しました。なぜこの三家かは、確かなことはわかっていません。