ラティウムの王。神託に従い、娘をアエネーアースに嫁がせた。
ラティーヌスとは何の神様か
ラティーヌスはひとことで言えば戦を望まなかった王です。ラティウムを治め、海に近い町ラウレントゥムに住んだとされます。
『アエネーイス』第7巻では、森の神ファウヌスと妖精マリーカの子とされます。ラテン人の名祖であり、その名がそのまま土地と民の名になりました。
年老いた王には、跡を継ぐ男子がいません。娘ラーウィーニアには求婚者が集まり、なかでもルトゥリの王トゥルヌスが有力でした。
娘を土地の者に嫁がせてはならない。外から来る者と結べ。
父ファウヌスの神託が、こう告げます。そこへアエネーアースの一行が着き、王は使者を迎えて娘と土地を約束しました。
しかし妃アマータとトゥルヌスが反対します。 王は戦の門を開くことを拒み、宮殿に引きこもりました。門は代わりにユーノーが開きます。
決めたのは王ではなく、王の意に反した者たちでした。
ラティーヌスのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ラティーヌス」「ラティヌス」の両方が使われます。イタリア語の形から「ラティーノ」と書かれることもあります。
この名は、ラティウムという地名、ラテン人という民の名、そしてラテン語という言葉の名と、すべて同じ語幹でつながっています。
王の名が先か、土地の名が先か。
土地の名が先で、そこから名祖としての王が作られたとみる説が有力です。ある土地や民の由来を、同じ名の始祖に求める語り方は、地中海の各地に見られます。
系図も一定していません。『アエネーイス』ではファウヌスとマリーカの子とされますが、ほかの伝えでは太陽神の血を引くとも、ロームルスの祖にあたるともされ、書き手によって違います。
日本語の書物では、トゥルヌスやアエネーアースの陰に隠れて、名だけの紹介にとどまることが多い人物です。
Latinus(ラティーヌス)
ラテン語の主格。ラティウムという地名、ラテン人という民の名と同じ語幹を持つ。
Laurentum(ラウレントゥム)
王の都とされる町の名。月桂樹を意味する語に結びつける説明が作中に置かれている。
Faunus(ファウヌス)
父とされる森の神。アエネーイスでは、王が神託を受ける相手としてこの名が挙げられる。
ラティーヌスの物語
ラウレントゥムの王 ─ 森の神の子
王の都はラウレントゥムといいます。海に近い平野の町で、宮殿には百本の柱が並び、歴代の王の像が杉の木で彫られていたと描かれます。
系図は、ファウヌスと妖精マリーカの子とされます。ファウヌスは森と牧の神で、その父はピークス、さらにその父はサートゥルヌスとされました。
王家の系図が、そのまま神々の系図につながっています。
宮殿は神殿を兼ねていました。犠牲の祭がここで行われ、長老たちが集まって議事を開きます。この描き方は、ローマの元老院の姿をそのまま古い時代に置いたものとみられています。
王は長く平穏に治めていました。戦の記憶は無く、民は畑と家畜で暮らしています。
叙事詩の後半は、この平穏な国が戦に巻き込まれる話です。 王には男子がなく、ひとり娘のラーウィーニアだけが残されていました。その縁組が、すべての始まりになります。
神託 ─ 娘は外から来る者に
娘には求婚者が集まっていました。なかでもルトゥリの王トゥルヌスが有力で、妃アマータもこの縁組を強く望んでいます。
ところが、不吉なしるしが続きました。
宮殿の中庭にある月桂樹に、蜜蜂の大群が飛来して枝にぶら下がります。 占い師は、外から来た者がこの城の主になると読みました。
さらに、祭壇の前に立った娘の髪に火が移り、冠と髪飾りが燃え上がります。それでいて身は焼けませんでした。娘は輝かしい名を得るが、民には大きな戦が来るしるしと読まれます。
王は父ファウヌスの神託所へ向かいました。羊の毛皮の上に横たわり、夢のお告げを待ちます。
娘を土地の者に嫁がせてはならない。外から来る者と結べ。その血から、世界を治める子孫が出る。
このお告げが下ったところへ、アエネーアースの使者が着きました。王は迷いません。 使者を迎え、娘と土地を与えると告げます。
ローマの読者にとって、この決断が国の起点になります。
押し切られる王 ─ 開かない門
ユーノーは、この縁組を許しませんでした。復讐の女神アッレクトーを送り込みます。
まず妃アマータが狂わされ、次にトゥルヌスがあおられました。さらに、王子アスカニウスの狩りの矢が土地の者の飼う鹿に当たり、農民が武器を取ります。
血が流れました。 ここまで来ると、王ひとりの言葉では止まりません。
宮殿に押し寄せた人々は、戦の宣言を求めました。ローマの慣わしでは、開戦はヤーヌスの門を開くことで示されます。
王は、その門に手をかけませんでした。
彼は身を退き、宮殿の奥に引きこもります。かじを捨てた船のようだ、と詩人は書きました。
代わりに門を開いたのは、天から降りたユーノーでした。
開戦の責めを、詩は人ではなく神に負わせています。 ラティーヌスは以後、戦の場面からほとんど姿を消し、休戦の交渉のときに再び現れます。
戦を望まなかった王は、戦を止めることもできませんでした。
ラテン人の名祖 ─ 名と土地に残るもの
戦が終わったのち、王は約束どおり娘を嫁がせました。
『アエネーイス』はトゥルヌスの死で終わるため、この続きは作中に書かれていません。後の伝えでは、ラテン人とトロイアの民は一つになり、共通の名としてラテン人の名が残ったとされます。ユーノーがユッピテルに求めた条件も、この形でした。
勝ったのはトロイア人、名を残したのはラテン人。
この取り決めは、ローマ人にとって重い意味を持ちます。自分たちはトロイアから来た者であり、同時に土地の者でもあるという自己理解に、そのまま対応するからです。
名は広く残りました。ラティウムという地方の名、ラテン人という民の名、そしてラテン語という言葉の名です。
現在のイタリアにも、ラツィオという州名として続いています。
ひとりの王の名が、二千年を越えて言語の名になりました。 もっとも、順序は逆で、土地の名から王の名が作られたとみるほうが自然です。それでも、名祖として置かれた人物の名が、これほど残った例は多くありません。
ラティーヌスの家系図と家族
ラティーヌスの性格と人物像
ラティーヌスは、判断の正しさと、実行の弱さを同時に描かれた王です。
神託を受けたとき、彼は迷いませんでした。娘と土地を外来の者に与えると即座に決め、使者を丁重に迎えています。この決断そのものは、詩のなかで正しいものとされています。
それでも、彼は自分の決断を通せませんでした。
妃と甥に押し切られ、民に迫られ、最後は宮殿に引きこもります。詩人は「かじを捨てた船」という比喩を使いました。
年老いた王が身を退き、戦を止められない場面は、叙事詩のなかで繰り返し現れる型です。 トロイアのプリアムスも、同じ位置に置かれています。
一方で、この王には敵役の要素がありません。 誰も憎まず、誰も欺かず、最後まで和議を求め続けます。
ローマ人は、自分たちの土地の側の始祖を、こう描くことを選びました。 征服された側の王を悪く書かなかったこと自体が、この叙事詩の姿勢を示しています。
ラティーヌスゆかりの地と遺跡
ラティーヌスを祀った神殿は、記録に残っていません。 王として語られる人物であって、祭祀の対象ではないためです。
ここに挙げたのは、この王の王国の実像を伝える祭壇群です。
祈られた場所ではなく、治めたとされる土地です。
そのため、この節の見出しを「ゆかりの地」としています。
王の都とされるラウレントゥムは、位置そのものが特定されていないため、欄に入れていません。 『アエネーイス』では海に近い平野にあり、百本の柱が並ぶ宮殿があったと描かれます。ローマの南、テヴェレ川の河口から南へ延びる海沿いの一帯とみられ、候補地はいくつか挙げられていますが、決め手がありません。
なお、ラティウム一帯にはユーピテル・ラティアーリスの共同の聖域がモンテ・カー?ヴォの山頂にありました。この王の名と直接は結びつきませんが、ラテン諸都市がひとつにまとまる場として長く続きました。
トレディチ・アルターリ(Tredici Altari)
ラテン諸都市が共同で祭を行った祭壇群
トレディチ・アルターリの住所: イタリア ラツィオ州 ラーウィーニウム(北緯41.6568 東経12.4778)
トレディチ・アルターリの祀られた神: (祭神は特定されていない)
トレディチ・アルターリに残るもの: 横一列に並ぶ石造の祭壇(現在は十三基が確認されている)
トレディチ・アルターリのご利益: (この王を祀る場ではない)
ラーウィーニウムの町の外に、石の祭壇が横一列に並んで見つかりました。前6世紀から前4世紀にかけて使われたとみられます。
ラテン諸都市が共同で祭を行った場と考えられており、ラティーヌスの王国の実像に最も近い遺構とされます。
祭壇は、順に建て増されていったと考えられています。
近くからはギリシャ語の献辞を刻んだ銅板も出ており、この土地が早くから外の世界とつながっていたことがわかります。この王を祀った場ではありません。
プラティカ・ディ・マーレの集落の近く。囲われた区画として外から見学できる。
ラティーヌスが現代に残した痕跡
この王の名は、土地と言葉の名として残りました。
ラティウム: ローマを含む地方の名。現在のイタリアではラツィオ州として、そのまま行政区画の名になっている。
ラテン語: この土地の言葉の名。西ヨーロッパの諸言語のもとになり、学名や法律用語として今も使われている。
ラテン同盟: ラテン諸都市の同盟。共同の祭と共通の権利を持ち、ローマが伸びる土台になった。
トレディチ・アルターリ: ラーウィーニウムに並ぶ祭壇群。ラテン諸都市が共同で祭を行った場とみられている。
ラティーヌスが司るもの
土地の由来
ラティウムとラテン人の名祖として、地名と民の名の起こりを語る。
和議
最後まで戦を避けようとした王として、争いを収める側に置かれた。
神託に従うこと
望みより告げられた言葉を採った判断が、国の起点として語られた。
ラティーヌスが登場するゲーム・アニメ
この王が作品の主役になることは、ほとんどありません。 物語を動かすのはトゥルヌスとアエネーアースで、王は決断する場面と身を退く場面に現れます。
老いた王という役どころです。
絵画では、使者を迎える場面と、和議の誓いを立てる場面が選ばれます。いずれも王座に座った老人として描かれ、単独の肖像はほとんどありません。
近年では、娘ラーウィーニアの側から物語を語り直す小説のなかで、娘を深く思いながら流れに抗しきれない父として描かれ、人物像に厚みが与えられています。
ラティーヌスが登場する古典の記述
アエネーイス
第7巻で神託を受け、第12巻で和議の誓いを立てる場面が描かれます。
ローマ建国以来の歴史
第1巻の冒頭で、アエネーアースを迎える王として短く記されます。
ラティーヌスが登場する絵画・創作
アエネーアースの物語を描いた連作
使者を迎える場面や、和議の誓いの場面に王が置かれます。
ラウィニア
ル=グウィンの小説。娘の目から見た老いた父として描かれます。
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ラティーヌスについてよくある質問
ラティーヌスはどんな王ですか。
ラティウムを治め、海に近い町ラウレントゥムに住んだとされる老王です。アエネーイス第7巻では森の神ファウヌスと妖精マリーカの子とされ、ラテン人の名祖にあたります。戦を望まず、最後まで和議を求めました。
なぜ娘をアエネーアースに嫁がせたのですか。
父ファウヌスの神託によります。娘を土地の者に嫁がせてはならない、外から来る者と結べ、その血から世界を治める子孫が出ると告げられました。娘の髪が燃える前兆や、蜜蜂の飛来も同じ意味に読まれています。
なぜ戦を止められなかったのですか。
妃アマータと甥トゥルヌスが反対し、狩りの矢をきっかけに農民との衝突で血が流れたためです。王は開戦を示すヤーヌスの門を開くことを拒んで宮殿に引きこもり、門は代わりにユーノーが開きました。
ラウレントゥムはどこにありますか。
わかっていません。ローマの南、海沿いの一帯とみられ、いくつかの候補地が挙げられていますが特定されていません。近くのラーウィーニウムは位置が判明しており、祭壇群や英雄廟の遺構が残っています。
ラテン語の名はこの王に由来しますか。
この王を名祖とする語り方はありますが、実際には土地の名が先で、そこから王の名が作られたとみるほうが自然です。ラティウムという地名、ラテン人という民の名、ラテン語という言葉の名は、すべて同じ語幹でつながっています。
ラティーヌスと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。