真の名を明かされない女神。男子禁制の夜の祭が、政変の引き金になった。
ボナ・デアとは何の神様か
ボナ・デアはひとことで言えば名を明かされない女神です。呼び名は「善き女神」という意味にすぎません。
12月のはじめ、その年の執政官または法務官の家で、女性だけの夜の祭が行われました。
男は家から出され、男の絵も、雄の家畜も外に出されます。
葡萄酒は持ち込まれるが、「乳」と呼び替えられる。
器は「蜜の壺」と呼ばれる。
ミルテの枝は禁じられました。この女神が父に打たれたとき、その枝が使われたためと伝えられます。
前62年、この祭に事件が起きます。
若い貴族クロディウスが、女装して家に忍び込みました。家はカエサルのものです。
事件は裁判になり、カエサルは妻と離婚しました。
私の妻は、疑われることさえあってはならない。
アウェンティヌスの丘の神殿には、蛇が放たれていました。
ボナ・デアのローマ名・ギリシャ名と読み方
日本語では「ボナ・デア」「ボナデア」が使われます。
善き女神という意味の呼び名です。真の名は、男には明かされませんでした。
そのため、この女神が何者かをめぐって古代から諸説があります。
ファウナ(ファウヌスの妻または娘)。
ファトゥア(語る女)。
ダミア(ギリシャ系の呼び名)。
どれが本当の名かは分かっていません。
「善き」という言い方は、恐ろしいものを直接呼ばないための言い換えとみる説もあります。冥界の神々を「あの神々」と呼ぶのと同じ用法です。
Bona Dea(ボナ・デア)
ラテン語。「善き女神」という意味の呼び名で、真の名ではない。
Fauna(ファウナ)
この女神の名の一つとされる。ファウヌスの妻あるいは娘。
Damia(ダミア)
ギリシャ系の呼び名として記録に現れる。
ボナ・デアの物語
男を出す夜 ─ 言葉まで言い換える
12月のはじめ、その年の執政官または法務官の家で、女性だけの祭が行われました。
準備は徹底しています。
家の男はすべて外へ出す。
男の像も、男を描いた絵も覆う。
雄の家畜も外へ出す。
そして、儀式を取り仕切るのはウェスタの巫女でした。
祭の中では、言葉まで言い換えられます。
葡萄酒は「乳」と呼ぶ。
葡萄酒の壺は「蜜の壺」と呼ぶ。
なぜか。ローマの古い掟では、女性が葡萄酒を飲むことが禁じられていたためです。
名を変えれば、飲んでよいことになります。
ミルテの枝も禁じられました。伝えでは、この女神が葡萄酒を飲んで酔ったとき、父(あるいは夫)がミルテの枝で打ち殺したとされます。
禁じられたものを、名を変えて持ち込む祭。
中で何が行われたかは、男が書き残した記録しかありません。 そのため、実際の内容は分かっていません。
前62年の事件 ─ 女装して忍び込む
前62年12月、祭はカエサルの家で行われました。カエサルはその年の法務官です。
取り仕切ったのは、カエサルの母アウレリアと妻ポンペイアでした。
そこへ、若い貴族プブリウス・クロディウス・プルケルが忍び込みます。
竪琴弾きの女の姿をして、女中の手引きで入った。
しかし、家の女に声をかけられ、男の声で答えてしまいました。
騒ぎになり、祭は中断されます。儀式はやり直しになりました。
事件は宗教への冒涜として裁判にかけられます。
キケロが証言に立ちました。 クロディウスが主張したその日の不在を、否定する証言です。
裁判は買収によって無罪に終わりました。
しかし、カエサルは妻と離婚します。理由を問われて答えたのが、この言葉です。
私の妻は、疑われることさえあってはならない。
この一件から、キケロとクロディウスの対立が始まりました。 後にキケロは追放されます。
薬草と蛇 ─ 女たちの医療
アウェンティヌスの丘に、この女神の神殿がありました。
サクスム(岩)と呼ばれる崖の下にあったため、ボナ・デア・スブサクサーナと呼ばれます。
神殿の中には、二つの変わったものが置かれていました。
薬草。
蛇。
薬草は、神殿で女たちに配られたと伝えられます。神殿が、女性のための医療の場でもあったとみる研究者がいます。
蛇は、神域に放たれていました。
蛇は、癒しと再生の印。
ギリシャの医神アスクレピオスの聖域でも、蛇が飼われました。同じ発想です。
奉納された碑文からは、この女神に祈った人々が分かります。
- 解放奴隷の女
- 奴隷の女
- 目が治ったことへの感謝
公の祭祀は執政官の家で行われる一方、神殿は身分の低い女たちの場でした。
二つの層が、同じ女神の名の下にあります。
ボナ・デアの家系図と家族
ボナ・デアの妻・夫: ファウヌス妻あるいは娘とされる
ボナ・デアの性格と人物像
ボナ・デアは、ローマの宗教のなかで、もっとも見えにくい神です。
真の名が分からず、祭の中身も分かりません。
男が書いた記録しか残っていないためです。
女だけの祭を、女は書き残さなかった。
このことは、ローマの記録全体の性格を示しています。
書いたのは、ほぼすべて上層の男でした。
その結果、私たちが知っているのは──
- 男が入り込んで事件になったこと
- 男たちが噂として語ったこと
だけです。キケロもユウェナリスも、この祭を悪く言う書き方をしています。
神殿の碑文だけが、別のことを伝えます。
目が治った、病が癒えたという感謝の言葉です。祈った人々の多くは、奴隷と解放奴隷の女性でした。
ボナ・デアを祀った神殿と遺跡
ボナ・デアの祀られ方は、二つに分かれていました。
一つは、執政官または法務官の家で行われる公の祭です。年に一度、12月の夜に行われました。
もう一つが、アウェンティーノの丘の神殿です。こちらは5月1日が祭日で、身分の低い女性たちが日常的に祈りました。
国家の祭と、暮らしの祈り。
同じ女神が、まったく違う二つの場所で祀られています。
帝国各地にも神殿がありましたが、住所を確かめられたのはこの一か所です。
ボナ・デア・スブサクサーナ神殿(Aedes Bonae Deae Subsaxanae)
薬草と蛇が置かれた神殿
ボナ・デア・スブサクサーナ神殿の住所: イタリア ローマ アウェンティーノの丘(北緯41.8805 東経12.4897)
ボナ・デア・スブサクサーナ神殿の祀られた神: ボナ・デア
ボナ・デア・スブサクサーナ神殿に残るもの: 地上に残っていない
ボナ・デア・スブサクサーナ神殿のご利益: 女性の健康・安産
アウェンティーノの丘の、サクスム(岩)と呼ばれた崖の下にあった神殿です。
中には薬草が置かれ、女たちに配られたと伝えられます。神域には蛇が放たれていました。
奉納の碑文からは、祈ったのが奴隷や解放奴隷の女性だったことが分かります。目が治ったことへの感謝も刻まれています。
男の立ち入りは禁じられていました。
地上に遺構はない。丘の一角と位置が特定されている。
ボナ・デアが現代に残した痕跡
ボナ・デアの名は、前62年の事件を通して残りました。
カエサルの言葉: 「私の妻は疑われることさえあってはならない」。前62年の事件で離婚の理由として述べられ、いまも引用される。
キケロとクロディウスの対立: この事件の裁判から始まった。後にキケロは追放される。
女性の医療の記録: 神殿の碑文が、ローマの女性の病と癒しを伝える数少ない資料になっている。
ボナ・デアが司るもの
女性の健康
神殿で薬草が配られ、癒しを願う碑文が多く残る。
安産
出産と豊穣に関わる女神とされた。
国家の安泰
公の祭は執政官または法務官の家で行われ、国家のために祈られた。
ボナ・デアが登場するゲーム・アニメ
この女神は、事件を通して知られています。
前62年のクロディウスの侵入は、古代ローマを描く作品でほぼ必ず取り上げられます。
女装して忍び込み、声で見破られる。
一方、神殿で薬草を配っていたという面は、碑文を読まないと出てきません。
祭の中身そのものは、いまも分かっていません。
ボナ・デアが登場するゲーム・アニメ
古代ローマを描いた作品
前62年の事件が、政争の場面として繰り返し扱われます。
秘儀を扱う作品
男子禁制の祭という設定の下敷きに使われます。
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ボナ・デアについてよくある質問
ボナ・デアの本当の名は何ですか。
分かっていません。ボナ・デアは「善き女神」という意味の呼び名で、真の名は男には明かされませんでした。ファウナ、ファトゥア、ダミアなどの説があります。
なぜ葡萄酒を「乳」と呼んだのですか。
ローマの古い掟で、女性が葡萄酒を飲むことが禁じられていたためです。名を変えれば飲んでよいことになりました。
前62年の事件とは何ですか。
クロディウスという若い貴族が、女装してカエサルの家の祭に忍び込んだ事件です。裁判は無罪に終わりましたが、カエサルは妻と離婚しました。
神殿では何が行われていましたか。
薬草が置かれ、女たちに配られたと伝えられます。神域には蛇が放たれていました。奉納の碑文からは、祈ったのが奴隷や解放奴隷の女性だったことが分かります。