ヤマトタケルの妃。海に身を投げて荒波を鎮めた。
オトタチバナヒメとは何の神様か
オトタチバナヒメはひとことで言えば海に身を投げた妃です。ヤマトタケルの妃で、東征に同行しました。
走水(横須賀と房総の間の海)で船が進まなくなったとき、海の神の怒りと見て自ら海に身を投げます。波は静まり、船は渡れました。
身を投げる前に詠んだ歌が、夫を思うものであったことが、この場面を強く印象づけています。
オトタチバナヒメの漢字表記と読み方
読みは「おとたちばなひめ」です。「オト」は弟で、年下の・妹のという意味を持ちます。
「タチバナ」は橘です。常緑で香りのよい実をつける木で、古代には不老不死の象徴とされました。
垂仁天皇が田道間守に命じて常世の国から持ち帰らせた非時香菓(ときじくのかくのみ)が橘であるとされます。
死なない実の名を持つ姫が、海で死ぬという対比になっています。
弟橘媛(おとたちばなひめ)
日本書紀での表記。
弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)
古事記での表記。
オトタチバナヒメの物語
走水で船が進まない
ヤマトタケルの一行は、相模から上総へ渡ろうとしました。
この海は、ひとまたぎで渡れよう。
ヤマトタケルがそう言うと、海の神が怒り、波が荒れて船が進まなくなりました。
軽んじた言葉が神を怒らせる、という形です。
このままでは全員が沈みます。そのとき、オトタチバナヒメが進み出ました。
菅の畳を敷いて
姫は言いました。
妾(あれ)、御子に易(か)はりて海の中に入らむ。
私が代わりに海へ入ります、という意味です。
海の上に菅の畳を八枚、皮の畳を八枚、絹の畳を八枚重ね、その上に下りていきました。
波の上に、畳を敷いて座る。
身を投げるのではなく、座って沈んでいく姿として描かれています。荒れた波は、たちまち静まりました。
火中に立ちて問ひし君はも
沈む前、姫はこう詠みました。
さねさし 相模の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも
相模の野で火を放たれ、炎に囲まれたとき。あの火の中で、私の身を案じてくださったあなた。
焼津での出来事を指しています。ヤマトタケルは草薙剣?で草を薙ぎ、火打石で向かい火を放って窮地を脱しました。
その最中に、夫が自分を気づかったことを、死ぬ間際に思い出しています。
恨みも嘆きもありません。記紀の歌のなかでも、特に知られた一首です。
あづま、という言葉
七日後、姫の櫛が岸に流れ着きました。それを納めて墓が作られたと記されます。
東征を終えたヤマトタケルは、足柄の坂で東の方を望み、こう嘆きました。
あづまはや。
わが妻よ、という意味です。
この言葉から、東国を「あづま(東)」と呼ぶようになったと古事記は伝えます。
関東地方の古い呼び名が、一人の女性への呼びかけに由来するという形になっています。
オトタチバナヒメの家系図と家族
オトタチバナヒメの妻・夫: ヤマトタケル
オトタチバナヒメの性格と人物像
オトタチバナヒメは、自分から決めた人です。
日本神話の女性で、これほどはっきり自らの意思で行動する例は多くありません。命じられたのではなく、進み出て申し出ました。
そして最後に詠んだ歌に、自分のことがひとことも出てきません。夫が自分を案じてくれた、その一点だけを詠んでいます。
沈む前に畳を重ねて座るという描写も含め、取り乱す姿がまったく描かれません。静かに決着をつけた人物として記されています。
オトタチバナヒメを祀る神社
オトタチバナヒメを祀るのは、横須賀の走水神社が代表です。ヤマトタケルとともに祀られます。
身を投げた海に面した地に建てられており、この物語の現場にあたります。
千葉の吾妻神社など、東京湾の両岸に姫を祀る社が点在します。流れ着いた品を納めたと伝える社もあります。
オトタチバナヒメが現代に残した痕跡
オトタチバナヒメの物語は、地名に残りました。
あづま(東): ヤマトタケルが「あづまはや(わが妻よ)」と嘆いたことに由来すると古事記が伝える。
走水: 横須賀の地名。姫が身を投げた海とされる。
橘: 常緑で香りのよい実をつける木。古代には不老不死の象徴とされた。
オトタチバナヒメのご利益
海上安全
海の神の怒りを鎮めたという伝えによる。
夫婦円満
夫を思う歌を残したことによる。
縁結び
同上。
オトタチバナヒメについてよくある質問
オトタチバナヒメとはどんな神様ですか。
ヤマトタケルの妃です。東征の途中、走水で船が進まなくなった際、海の神の怒りを鎮めるために自ら海へ入りました。
最後の歌はどういう意味ですか。
相模の野で火に囲まれたとき、炎の中で自分を気づかってくれた夫を思い出す歌です。自分の身については何も詠んでいません。
「あづま」の由来というのは本当ですか。
古事記がそのように伝えています。ヤマトタケルが足柄の坂で東を望み「あづまはや(わが妻よ)」と嘆いたことによるとされます。
オトタチバナヒメと併せて覚えたい言葉・用語
草薙剣(くさなぎのつるぎ)
ヤマタノオロチの尾から出た剣。三種の神器のひとつ。天叢雲剣ともいう。