神世七代の二番目。雲と野が満ちる状態を表す。
トヨクモノとは何の神様か
豊雲野神は、古事記の神世七代?の第二代に現れ、独神として身を隠します。事績や姿、子孫は記されません。
「豊」は美称とみる説が広く、雲野を国土が生まれる前の沼や、物が集まり芽生える兆しと読む説があります。しかし、単純に「豊かな雲の野」と分解して雲・天候の神と断定することはできません。
トヨクモノの漢字表記と読み方
読みは「とよくもの」です。日本書紀では「とよくむぬ」と読み、字も豊斟渟と変わります。
「トヨ」は豊かを意味し、トヨウケビメ・トヨタマヒメと同じです。「クモ」は雲、「ノ」は野とされますが、確定していません。水がたゆたう様を表すとする説もあります。
豊雲野神(とよくもののかみ)
古事記での表記。
豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)
日本書紀での表記。読みも異なる。
トヨクモノの物語
独神の最後
名の意味は定まっていない
トヨクモノの名の解釈には、いくつかの説があります。
雲と野が豊かに満ちる。
水がたゆたう様。
雲が湧き出る。
日本書紀が「豊斟渟」という別の字を当てていることも、意味を分かりにくくしています。「斟」は汲む、「渟」は水がたまるという字です。
古事記と日本書紀で字が違うということは、編纂の時点で既に意味が伝わっていなかった可能性を示します。
事績のない神が続く理由
神世七代は、七つとも事績を持ちません。
名が記され、現れ、隠れる。それだけが繰り返されます。
これは大地が形を成していく過程を、段階に分けて示したものと理解されています。泥と砂が固まり、杙が立ち、場所が整い、姿が完成する。その七段目がイザナギ・イザナミです。
つまり神世七代は、イザナギ・イザナミが登場するための助走にあたります。
豊雲野神の名前は何を意味するか
國學院大學の古事記注釈では、「豊」は豊かさを示す美称とされます。「雲野」には、物が集まり凝ることと初芽の兆しを兼ねる、沼のような状態を表す、などの説があります。
神名が抽象的だからこそ、一文字ずつ現代語へ直訳せず、国土生成の兆しと読む説があるという範囲にとどめます。
なぜ物語がなく、身を隠すのか
古事記は「独神と成りまして、身を隠した」とだけ記します。「身を隠す」は死亡や消滅と同じではなく、姿を現して物語を進める神とは異なる存在の仕方を示すと論じられています。
七代の数合わせのために創作されたと断定する証拠はありません。古事記の冒頭で、世界と神々の秩序を整える構成上の位置を持ちます。
トヨクモノの家系図と家族
トヨクモノの性格と人物像
トヨクモノは、意味の分からなくなった神です。
記紀で字が違い、解釈も定まりません。事績もなく、祀る社も多くありません。
それでも記紀に名が残ったのは、神世七代という数を満たすために必要だったからとも考えられます。七つの段階のうちの二番目という位置だけが、この神に与えられたものです。
トヨクモノを祀る神社
神世七代をまとめて祀る社に名が含まれる場合はありますが、本人を代表祭神とする神社は今回確定できませんでした。熊野の有名社を一括して本人の神社とは扱いません。
トヨクモノが現代に残した痕跡
トヨクモノの名は、記紀の異同を示す例として残りました。
豊雲野/豊斟渟: 古事記と日本書紀で字が異なる。編纂の時点で意味が伝わっていなかった可能性を示す。
トヨクモノのご利益
古事記は豊雲野神への祈願や祭祀を記しません。「豊」の字から豊穣、「雲」から雨を連想したご利益は、本文の裏付けがないため掲載しません。
トヨクモノについてよくある質問
トヨクモノとはどんな神様ですか。
神世七代の二番目に現れた神です。名は「豊かな雲と野」を表すとされますが、解釈は定まっていません。事績はありません。
なぜ古事記と日本書紀で字が違うのですか。
編纂の時点で、既に名の意味が伝わっていなかった可能性があります。古事記は豊雲野、日本書紀は豊斟渟と書き、読みも異なります。
あまり有名ではないのはなぜですか。
記紀に事績がないためです。ただし中世には、国之常立神とともに世界の根源の神として重んじられました。
豊雲野神は雲や天気の神ですか。
古事記は天候を司るとは記しません。神名の「雲野」の解釈には複数説があり、国土生成の兆しと読む説があります。
豊雲野神にはどんな物語がありますか。
出現し、独神として身を隠したこと以外の事績は記されません。神世七代の第二代という位置づけが中心です。
トヨクモノと併せて覚えたい言葉・用語
神世七代(かみよななよ)
天地の始まりに現れた七代の神々。最後がイザナギとイザナミ。