海神の娘。産む姿を見られ、海へ帰る。

青木繁 「わだつみのいろこの宮」 1907年 / パブリックドメイン 出典
トヨタマヒメとは何の神様か
トヨタマヒメの漢字表記と読み方
読みは「とよたまひめ」です。「トヨ」は豊か、「タマ」は玉を意味します。父ワタツミがホオリに授けた塩満珠・塩乾珠という潮を操る珠と、名が響き合っています。海の力そのものを名に持つ姫です。
豊玉毘売(とよたまびめ)
古事記での表記。
豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
日本書紀および神社での表記。
豊玉比売命(とよたまひめのみこと)
和多都美神社などで用いられる表記。
トヨタマヒメの物語
出会い ─ 桂の木の上の人影
海神の宮の門のそばに、桂の木が立っていました。
侍女が水を汲みに来ると、井戸の水面に人の影が映ります。見上げると、木の上に見知らぬ美しい男がいました。
侍女が玉器を差し出すと、その男は水を飲まず、首の玉を口に含んで器に吐き入れました。玉は器に貼り付いて離れません。
侍女が器ごとトヨタマヒメに渡すと、姫は自ら出て見て、一目で心を通わせました。 父ワタツミに告げると、父は「これは天つ神の御子である」と見抜き、宮に迎え入れて娘の婿とします。
三年の暮らしと、夫の帰還
二柱は海神の宮で三年をともに過ごしました。
三年目、ホオリがふとため息をつきます。妻が理由を問い、事情を知った父が魚を集めて釣針を探し出しました。
海神は釣針と、潮を操る二つの珠を授けてホオリを地上へ帰します。
このときトヨタマヒメは同行していません。夫だけが先に帰りました。
地上へ ─ 天つ神の子を海で産むわけにはいかない
しばらくして、トヨタマヒメが妹タマヨリビメを連れて地上へ渡ってきます。身ごもっていました。
私は身ごもっており、もう産む時が来ました。天つ神の御子を海のなかで産むわけにはいきません。 それで参りました。
海辺に、鵜の羽を屋根に葺いた産屋を建て始めます。しかし葺き終わらないうちに産気づきました。
見るなの禁 ─ 八尋の和邇
産屋に入る前、姫はこう告げました。
他国の者は、子を産むとき本来の国の姿になります。 今わたしも本来の姿で産みます。どうか見ないでください。
ホオリは不審に思い、こっそり覗きました。そこにいたのは──
八尋の和邇が、身をくねらせ這い回っていた。
八尋は非常に長いことを表します。和邇は鮫とも龍とも解されます。
驚いたホオリは逃げ出しました。見られたことを知った姫は深く恥じ、こう言い残します。
いつまでも海の道を通って行き来しようと思っていましたのに、姿を見られたのは大変恥ずかしいことです。
そして子を置いて海へ帰り、海と陸を隔てる道を閉ざしました。
その後 ─ 妹を遣わし、歌を交わす
海へ帰ったあとも、姫は子を思い続けました。
恨みながらも慕う心に耐えられず、子を養育するために妹タマヨリビメを地上へ遣わします。そしてその折に、歌を託しました。
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり
(赤い玉は紐までも光り輝きますが、白玉のようなあなたの姿こそ、気高く尊いものでした)
ホオリも歌で返します。
沖つ鳥 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
(鴨の寄る島で共に寝た妻を、私は生涯忘れません)
別れたあとに、互いを慕う歌を交わす。 日本神話の別れの場面のなかで、もっとも情感の深い箇所です。
残された子は、産屋の屋根を葺き終わらないうちに生まれたことからウガヤフキアエズと名付けられ、養母タマヨリビメを妻としました。その子が神武天皇です。
トヨタマヒメの家系図と家族
トヨタマヒメの性格と人物像
トヨタマヒメは、自ら選び、自ら去った神です。
木の上の男に一目で心を通わせ、父に告げて婿に迎えました。身ごもれば「天つ神の子を海で産むわけにはいかない」と自分で判断し、海を渡って地上へ来ます。
見られたときの反応も明確です。怒って呪うのではなく、恥じて去りました。 そして海の道を閉ざします。
それでも子は思い続け、妹を遣わし、歌を託します。関係を断ちながら、情は残す。
イザナミが「一日に千人殺す」と告げて決裂したのに対し、この姫は歌を贈って別れました。同じ「見るなの禁」の型でありながら、結末がまったく違います。
トヨタマヒメを祀る神社
トヨタマヒメを祀る社は、海に面した場所に多く分布します。対馬、南九州、日向。いずれも海神の宮や産屋の伝承と結びついた土地です。
多くはホオリと夫婦で、あるいは子ウガヤフキアエズとともに祀られています。
和多都美神社(わたづみじんじゃ)
海神の宮の伝承地
対馬に鎮座し、海神の宮があった場所と伝わる社です。地名の「豊玉町」も姫の名に由来します。
最大の特徴は、五つの鳥居のうち二つが海中に立っていることです。満潮時には鳥居が海に浸かり、社殿が海に浮かんでいるように見えます。
境内には、ホオリが身を隠したとされる磯良恵比須の磐座や、三柱鳥居があり、独特の景観をつくっています。
干潮と満潮で景色が大きく変わる。潮位を確認して訪れるとよい。
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豊玉姫神社(とよたまひめじんじゃ)
知覧の総氏神
トヨタマヒメを主祭神とする社です。安産と水の神として、地域の信仰を集めてきました。
毎年7月の六月灯では、地元の人々が作った水車からくりが奉納されます。水の力で人形が動く仕掛けで、県の無形民俗文化財に指定されています。
知覧の武家屋敷群からもほど近い場所にあります。
水車からくりは毎年題材が変わり、地元の見どころになっている。
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鵜戸神宮(うどじんぐう)
産屋の伝承地
トヨタマヒメが産屋を建てて子を産んだ場所とされる社です。海食洞のなかに本殿があります。
洞内のお乳岩は、姫が海へ帰る際、子のために乳房を岩に貼り付けていったものと伝わります。今も岩から水が滴り、その水で作られた飴が授与されます。
去った母が残したものとして語られる、印象深い伝承です。
本殿は国の重要文化財。崖沿いの石段を降りて参拝する。
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トヨタマヒメが現代に残した痕跡
トヨタマヒメの名は、見るなの禁として残りました。
見るなの禁: 出産の姿を見られて海へ帰った。「見てはいけない」と言われて見てしまう物語の型は、鶴の恩返しなど各地に残る。
鵜戸神宮: 宮崎県日南市。産屋を建てた場所と伝えられ、この神の伝承が残る。
和邇の姿: 本来の姿を「八尋和邇」と記す。鮫とも龍とも解され、海の一族を表すとされる。
トヨタマヒメのご利益
安産・子育て
産屋の物語による。鵜戸神宮のお乳岩の伝承が代表的。
縁結び・夫婦円満
ホオリとの出会いと婚姻譚による。
航海安全・大漁
海神の娘であることによる。
美容・容姿端麗
美しい姫として描かれることによる。
トヨタマヒメが登場するゲーム・アニメ
トヨタマヒメが登場するアニメ・漫画・絵本
鶴の恩返しとの比較
正体を見られて去るという型は日本の説話に繰り返し現れ、その原型のひとつとされます。
トヨタマヒメが登場するゲーム
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トヨタマヒメについてよくある質問
トヨタマヒメは何の神様ですか。
海神ワタツミの娘で、海の女神です。安産の神としても信仰されています。
トヨタマヒメの正体は何ですか。
古事記は八尋の和邇と記します。和邇は鮫とも龍とも解され、定説はありません。
なぜトヨタマヒメは海へ帰ったのですか。
出産の姿を見ないでほしいという約束を夫ホオリに破られ、恥じたためです。子を残して海へ帰り、海と陸を隔てる道を閉ざしました。
トヨタマヒメの子は誰ですか。
ウガヤフキアエズです。産屋の屋根を葺き終わらないうちに生まれたためこの名がつきました。その子が初代の神武天皇です。
トヨタマヒメを祀る神社はどこですか。
長崎県対馬市の和多都美神社、鹿児島県南九州市の豊玉姫神社、宮崎県の鵜戸神宮が代表です。