天孫降臨の道を塞いだ異形の神。のちに道案内を務める。

春斎年昌 「天照大神石屈啓図」 1889年 / パブリックドメイン 出典
サルタヒコとは何の神様か
サルタヒコはひとことで言えば導きの神です。天孫降臨?の際、天と地の間に立って一行の道を先導しました。
この役割から、道の神・旅の神とされます。さらに「道を開く」という意味が広く解され、物事を始めるとき、新しいことに踏み出すときに祈る神になりました。起業、転職、家の建築、就職など、始まりに関わる祈願を集めています。
姿の描写が異様なことでも知られます。鼻の長さは七咫、背丈は七尺あまり、目は八咫鏡のように赤く輝いていたと記されます。この容貌から、後世天狗の原型と結びつけられました。
各地の道端に立つ道祖神、庚申塔の猿の意匠も、この神と習合したものです。
サルタヒコの漢字表記と読み方
読みは「さるたひこ」です。名の「サル」が猿に通じることから、庚申信仰の三猿や、日枝神社の神猿と結びつけられました。ただし本来の名の由来は定かではなく、猿とは無関係という説も有力です。
猿田毘古神(さるたひこのかみ)
古事記での表記。
猿田彦命(さるたひこのみこと)
日本書紀での表記。
猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
猿田彦神社・椿大神社での称え名。
道祖神(どうそじん)
各地の路傍に祀られる神と習合した形。村の境や辻に石像として立つ。
庚申(こうしん)
庚申信仰と結びついた形。「申」が猿に通じることから猿の意匠が用いられる。
サルタヒコの物語
天の八衢に立つ ─ 道を塞ぐ異形の神
天孫ニニギが地上へ降りようとしたとき、道の分かれ目である天の八衢に一柱の神が立っていました。
その姿は次のように描かれます。
上は高天原?を照らし、下は葦原中国?を照らす神。鼻の長さは七咫、背丈は七尺あまり、口の端は明るく光り、目は八咫鏡のように赤く輝いていた。
七咫は現在の尺度でおよそ1メートル以上、七尺は2メートルを超えます。日本神話に登場する神のなかで、容姿がここまで具体的に描かれる例はほとんどありません。
その威容に神々は誰も近づけませんでした。
アメノウズメとの対面
天孫を先導する
サルタヒコは一行の先に立ち、日向の高千穂へ道案内をしました。
無事に送り届けたあと、ニニギはウズメにこう命じます。
この神の素性を明らかにしたのはおまえだ。だからおまえがこの神を送り届け、その名を負って仕えなさい。
これによりウズメは猿女君という名を負うことになりました。サルタヒコの名を女神が受け継ぐという珍しい形です。
二柱はのちに夫婦になったと伝えられ、伊勢の猿田彦神社の境内には、ウズメを祀る佐瑠女神社が並んで建っています。
伊勢へ ─ そして溺れる
サルタヒコは故郷である伊勢の狭長田の五十鈴川の上流へ帰りました。
ところが古事記は、この神の最期を淡々と記します。
阿邪訶で漁をしていたとき、比良夫貝に手を挟まれて海に沈み溺れてしまった、というのです。そのとき三柱の神が生まれたとされます。海底に沈んだときの神、海水が泡立つときの神、泡が弾けるときの神。
あれほど威容を誇った神が、貝に手を挟まれて溺れる。 唐突で説明のない最期であり、日本神話でも解釈の難しい箇所のひとつです。
後世 ─ 天狗・道祖神・庚申へ
サルタヒコの異様な容貌は、後世さまざまな信仰と結びつきました。
鼻が長く赤ら顔という描写から、天狗の原型とされます。祭礼の先頭を歩く天狗面の猿田彦は、今も各地の祭りで見られます。
村の境や辻に立つ道祖神とも習合しました。外から来る災いを防ぎ、旅人を守る神という性格が重なったためです。
さらに名の「サル」が「申」に通じることから、庚申信仰とも結びつきました。庚申塔に猿が刻まれるのはこの流れによります。
神話の一場面にしか登場しない神が、日本各地の路傍に最も多く祀られる神になった。 珍しい広まり方をした神です。
サルタヒコの家系図と家族
サルタヒコの性格と人物像
サルタヒコは、見た目と中身が食い違う神です。
天と地を照らし、鼻が長く、目が赤く輝く。誰も近づけない威容で道の分かれ目に立つ。ところが素性を問われると「天孫を案内するために待っていた」と答えます。敵ではなく、案内人でした。
そして先導を終えると故郷へ帰り、漁の最中に貝に手を挟まれて溺れます。神話全体でも屈指の呆気ない最期です。
威圧的な外見、従順な役割、あっけない結末。この落差が、かえってこの神を記憶に残るものにしています。外見で判断された神が、実は味方だったという筋は、後世この神が広く親しまれた理由のひとつでしょう。
サルタヒコを祀る神社
サルタヒコを祀る社は、「猿田彦」「椿」「白鬚」の名を持つ社として全国に広がっています。
さらに社殿を持たない形でも各地に存在します。村の境や辻に立つ道祖神、庚申塔に刻まれた猿は、いずれもこの神と習合したものです。日本でもっとも路傍に多く祀られている神といえます。
猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)
サルタヒコの本拠地/みちひらきの社
サルタヒコが最後に帰った伊勢に鎮座する社です。この神の子孫とされる宇治土公家が、代々宮司を務めています。
「みちひらき」の神として名高く、新しく物事を始める人の参拝が絶えません。起業、転職、就職、家の建築といった節目に訪れる人が多い社です。
境内には八角形の方位石があり、干支の刻まれた各面に触れて願うという習わしがあります。八角形は、この神が方位を司ることを表しています。
隣接して佐瑠女神社があり、アメノウズメを祀ります。二柱が並んで祀られている形です。
伊勢神宮内宮から徒歩圏。内宮参拝とあわせて訪れる人が多い。
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椿大神社(つばきおおかみやしろ)
伊勢国一宮/全国二千余社の猿田彦大神の総本宮
全国でサルタヒコを祀るおよそ二千社の総本宮にあたります。読みは「つばきおおかみやしろ」です。
三重県では伊勢神宮、二見興玉神社に次いで参拝者が多い社で、みちひらきの祖神として広く信仰されています。
別宮の椿岸神社にはアメノウズメが祀られ、こちらは芸能の神として芸事に携わる人の信仰を集めています。境内には松下幸之助が寄進した茶室もあります。
鈴鹿山系の入道ヶ嶽を御神体山とする。経営や事業の祈願で訪れる人が多い。
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白鬚神社(しらひげじんじゃ)
全国の白鬚神社の総本社
琵琶湖の湖中に立つ大鳥居で知られる社です。全国におよそ300社ある白鬚神社の総本社にあたります。
「白鬚」の名は、サルタヒコが老人の姿で現れたという伝えによります。長寿の神としても信仰されてきました。
湖に立つ鳥居は、厳島神社を思わせる景観として名高く、朝日が鳥居越しに昇る光景が撮影地として知られます。
国道を挟んで湖岸にあるため、鳥居へ渡る際は交通に注意が必要。
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サルタヒコが現代に残した痕跡
サルタヒコの名は、道の神と天狗に残りました。
道祖神・庚申信仰: 道案内をした神として、村境や辻に祀られた。「サル」の音から庚申(申)信仰とも結びついた。
天狗の原型: 鼻が長く背が高いという描写から、天狗の姿の原型とされる。
椿大神社: 三重県鈴鹿市。この神を祀る本社で、みちひらきの神として参拝される。
伊勢の猿田彦神社: 三重県伊勢市。方位除け・交通安全の信仰を集める。
サルタヒコのご利益
みちひらき・開運
天孫を先導した故事による。物事を始めるとき、進路に迷うときに祈られる。
交通安全・旅行安全
道の神であることによる。道祖神との習合もこの性格を強めた。
方位除け・地鎮
土地の方角に関わる災いを祓う神とされる。家の建築や引っ越しの際に祈願される。
事業繁栄
新しく始めることを導く神として、起業や開店の祈願を集める。
縁結び
アメノウズメと夫婦になったという伝えによる。
サルタヒコが登場するゲーム・アニメ
サルタヒコは、作品よりも現実の祭礼で目にする機会が多い神です。行列の先頭を歩く天狗面の役は各地の祭りに残っており、これがこの神の姿として最も広く知られています。
サルタヒコが登場するゲーム
サルタヒコが登場するアニメ・漫画・祭礼
各地の祭礼の猿田彦
祭りの行列の先頭を天狗面で歩く役を猿田彦と呼びます。作品よりもむしろ、現実の祭礼で最もよく見かける姿です。
天狗を扱った作品
天狗の原型とされることから、天狗が登場する作品の背景にこの神が置かれることがあります。
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サルタヒコについてよくある質問
サルタヒコは何の神様ですか。
道を導く神です。天孫降臨を先導した故事から、物事を始めるときに祈る「みちひらき」の神とされます。
サルタヒコと天狗は関係がありますか。
あります。鼻が長く目が赤く輝くという描写から、後世に天狗の原型とされました。祭礼で行列の先頭を歩く天狗面の役を猿田彦と呼びます。
サルタヒコとアメノウズメの関係は。
ウズメが素性を問いただした縁で、のちに夫婦になったと伝えられます。伊勢の猿田彦神社の境内には、ウズメを祀る佐瑠女神社が並んで建っています。
サルタヒコはどうやって亡くなったのですか。
古事記によれば、伊勢の阿邪訶で漁をしていたとき、比良夫貝に手を挟まれて海に沈み溺れたとされます。唐突な最期として知られます。
サルタヒコを祀る神社はどこですか。
三重県鈴鹿市の椿大神社が総本宮です。伊勢市の猿田彦神社、滋賀県高島市の白鬚神社も代表的な社です。
サルタヒコと併せて覚えたい言葉・用語
天孫降臨(てんそんこうりん)
アマテラスの孫ニニギが高天原から地上へ降りたこと。
葦原中国(あしはらのなかつくに)
高天原と黄泉の国の間にある地上の世界。のちの日本の国土にあたる。
高天原(たかまがはら)
天上にある神々の国。アマテラスが治める。
国津神(くにつかみ)
もともと地上にいた神々。出雲の神々が代表。