アマテラスの子。降臨を命じられたが、子に譲る。

「天忍穂耳命」 / パブリックドメイン 出典
オシホミミとは何の神様か
オシホミミの漢字表記と読み方
読みは「あめのおしほみみ」です。正式名の冒頭「正勝吾勝勝速日」は「まさに勝った、我は勝った、勝つこと日の昇るように速い」という意味で、スサノオが誓約の勝利を宣言した言葉がそのまま名になっています。
「オシホ」は多くの稲穂、「ミミ」は貴い者への敬称です。勝利宣言と稲穂が一つの名に同居している、日本神話でも変わった構成です。
天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
一般的な表記。
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
古事記が記す正式名。誓約に勝ったことを繰り返し宣言する言葉が連なる。
天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
日本書紀での表記。
オシホミミの物語
誓約から生まれる ─ 勝利宣言が名になる
スサノオが高天原?に上がり、姉アマテラスに邪心のないことを示すため誓約を行いました。
アマテラスがスサノオの剣を噛んで吹き出すと三柱の女神が、スサノオがアマテラスの勾玉を噛んで吹き出すと五柱の男神が生まれます。
その最初に生まれたのがオシホミミでした。
アマテラスは「あとの五柱は、わたしの玉から生まれたのだから我が子である」と宣言します。こうしてオシホミミはアマテラスの子となりました。
そしてスサノオは「わたしの心が清らかだから優しい女神が生まれた。わたしの勝ちだ」と宣言します。この勝利宣言が、そのままこの神の名になりました。
一度目の辞退 ─ 下界が騒がしい
国譲り?の交渉が始まる前、アマテラスはオシホミミに命じました。
豊葦原の千秋長五百秋の水穂国は、わが子オシホミミが治めるべき国である。 降って治めよ。
オシホミミは天の浮橋に立ち、下を見下ろしました。そして──
豊葦原の水穂国は、たいそう騒がしい。
そう言って引き返してしまいます。
これを受けて、アマテラスとタカミムスヒは八百万の神を集め、地上を平定するための使者を送ることにしました。国譲りの物語は、この神が引き返したことから始まります。
二度目の辞退 ─ 子に譲る
国譲りが成立し、地上が平定されました。アマテラスは再びオシホミミに降るよう命じます。
ところがオシホミミは、こう答えました。
わたしが降ろうと支度をしている間に、子が生まれました。 名をニニギといいます。この子を降ろすべきです。
こうして天孫降臨の主役は、子のニニギに移りました。
オシホミミが降らなかった理由は記されていません。二度とも自分では行かなかったという事実だけが残ります。
その後 ─ 記述はここで終わる
オシホミミの記述は、子を推挙したところで終わります。以後、古事記にも日本書紀にも登場しません。
しかしこの神の位置づけは動きません。アマテラスの子であり、天孫ニニギの父。皇統の系譜において、天と地をつなぐ結び目にあたります。
福岡の英彦山は、この神が降臨した地と伝えられ、「日子(ひこ)の山」と呼ばれたことが山名の由来とされます。のちに嵯峨天皇の勅により「彦」の字が、霊元法皇の勅により「英」の字が加えられました。
降臨しなかった神が、降臨の伝承地を持っている。 記紀と地方の伝承のずれが、ここに現れています。
オシホミミの家系図と家族
オシホミミの性格と人物像
オシホミミは、行かなかったことで役割を果たした神です。
二度、地上へ降りるよう命じられました。一度目は「騒がしい」と言って引き返し、二度目は子を推して自分は残ります。
消極的とも読めますが、結果を見れば違います。一度目に引き返したから国譲りが始まり、二度目に子を推したから天孫降臨が起きました。 この神が素直に降っていたら、日本神話の後半は成立しません。
名前も象徴的です。「まさに勝った、我は勝った」という父の勝利宣言を背負いながら、本人は一度も戦っていません。
与えられた役割を次へ渡す。 系譜の物語である日本神話における、この神の意味はそこにあります。
オシホミミを祀る神社
オシホミミを祀る社は多くありませんが、修験道の霊場に集中しているのが特徴です。英彦山も太郎坊宮も、いずれも山岳信仰と結びついた場所にあります。
天と地をつなぐ位置にいる神という性格が、天に近い山での信仰と重なったものと考えられます。
英彦山神宮(ひこさんじんぐう)
日本三大修験道の霊場
標高1199メートルの英彦山に鎮座し、オシホミミを主祭神とします。この神が降臨した地と伝えられ、「日子の山」と呼ばれたことが山名の由来とされます。
日本三大修験道の霊場のひとつで、出羽三山、熊野と並び称されました。最盛期には三千を超える坊舎が山中に並んだといいます。
参道の銅の鳥居は寛永14年(1637年)に建てられたもので、国の重要文化財です。ここから奉幣殿まで石段が続きます。
嵯峨天皇の勅により「彦」、霊元法皇の勅により「英」の字が加えられ、現在の表記になりました。
奉幣殿は国の重要文化財。スロープカーで中腹まで上がれる。
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阿賀神社(あがじんじゃ)
通称・太郎坊宮
太郎坊宮の通称で知られる社です。標高350メートルの赤神山の中腹に、巨岩に挟まれるようにして本殿が建ちます。
本殿の手前にある夫婦岩は、幅80センチほどの隙間を通り抜ける形になっており、心に偽りのある者は岩に挟まれるという言い伝えがあります。
「太郎坊」は、この山を守護する天狗の名です。修験道の霊場として栄えた歴史を残しています。
勝運の神として、スポーツ選手や受験生の参拝が多い社です。
本殿まで742段の石段。中腹まで車道が通じている。
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オシホミミが現代に残した痕跡
オシホミミの名は、天孫降臨の系譜に残りました。
降臨を辞退した神: 本来この神が地上へ降りるはずだったが、子のニニギに譲った。天皇家の系譜はここで一代ずれている。
英彦山神宮: 福岡県田川郡添田町。この神を祀り、修験道の霊山として栄えた。
稲穂の名: 名に「穂」を含み、稲作と結びつけて解される。
オシホミミのご利益
五穀豊穣・農業守護
稲穂の実りを名に持つ神であることによる。
勝運・必勝
正式名が誓約の勝利宣言であることによる。
子孫繁栄・家運隆昌
皇統をつないだ神であることによる。
厄除け・開運
英彦山の修験道の信仰による。
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オシホミミについてよくある質問
オシホミミは何の神様ですか。
稲穂の実りを司る神です。アマテラスの子であり、天孫ニニギの父にあたります。
なぜオシホミミは地上へ降りなかったのですか。
一度目は「下界が騒がしい」と言って引き返し、二度目はちょうど子が生まれたことを理由に、その子を降ろすよう願い出ました。理由は記されていません。
オシホミミの名前の意味は。
「オシホ」は多くの稲穂、「ミミ」は貴い者への敬称です。正式名の冒頭「正勝吾勝勝速日」は、スサノオが誓約の勝利を宣言した言葉がそのまま名になったものです。
オシホミミはどうやって生まれたのですか。
アマテラスとスサノオの誓約によって生まれました。アマテラスの勾玉から生まれたため、アマテラスの子とされます。
オシホミミを祀る神社はどこですか。
福岡県の英彦山神宮が代表です。滋賀県東近江市の阿賀神社(太郎坊宮)にも祀られています。
オシホミミと併せて覚えたい言葉・用語
誓約(うけい)
神意を問うための占い。あらかじめ結果の意味を決めておき、どちらが起きるかで是非を判断する。
天孫降臨(てんそんこうりん)
アマテラスの孫ニニギが高天原から地上へ降りたこと。
高天原(たかまがはら)
天上にある神々の国。アマテラスが治める。
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。