オオクニヌシの子。国譲りに抵抗し、諏訪へ退く。

「Shinpukuji-bon Kojiki (真福寺本古事記)」 / パブリックドメイン 出典
タケミナカタとは何の神様か
タケミナカタはひとことで言えば軍神です。国譲り?の場面で、天津神?の使者タケミカヅチにただひとり力で抗った神として描かれます。
敗れて信濃の諏訪まで追われ、この地から出ないことを条件に許されました。以後、諏訪に鎮まり諏訪明神として信仰されます。
中世以降、この神は武士の守護神として全国へ広がりました。とくに武田信玄の信仰が篤く、軍旗に「南無諏方南宮法性上下大明神」と記したことで知られます。全国におよそ25000社ある諏訪神社は、いずれもこの神を祀ります。
あわせて風の神・水の神とされ、農耕の守護神としても信仰されてきました。
タケミナカタの漢字表記と読み方
読みは「たけみなかた」です。日本書紀にはこの神が登場しません。 国譲りの場面で抵抗する神は古事記にしか記されておらず、そのため「もともと諏訪にいた土着の神を、後から国譲りの物語に組み込んだ」という説が有力視されています。
建御名方神(たけみなかたのかみ)
古事記での表記。日本書紀にはこの神の記述がない。
建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)
諏訪大社で用いられる正式な称え名。
諏訪明神(すわみょうじん)
中世以降の呼び名。武家の信仰のなかで広まった。
お諏訪さま(おすわさま)
各地の諏訪神社での親しみを込めた呼び名。
タケミナカタの物語
登場 ─ 千引の岩を手に載せて現れる
力比べ ─ 相撲の起源
タケミナカタが先にタケミカヅチの手を掴みました。ところが──
その手を取らせると、たちまち氷柱に変わり、次いで剣の刃に変わった。
驚いて後ずさるタケミナカタの腕を、今度はタケミカヅチが掴みます。
若い葦を掴むように握りつぶし、投げ捨てた。
この力比べが相撲の起源とされます。神が神に力で挑み、敗れるという場面は日本神話でここだけです。
諏訪への逃走と降伏
タケミナカタは逃げ出しました。タケミカヅチは追いかけます。
信濃の諏訪湖まで追い詰められたとき、タケミナカタはついに降伏し、こう誓いました。
どうか殺さないでください。私はこの地から他へは行きません。父オオクニヌシの命令にも、兄コトシロヌシの言葉にも背きません。葦原中国?は、天つ神の御子に献上いたします。
この地から出ないという誓いが、諏訪に鎮まる由来になっています。
古事記の記述はここで終わり、以後この神は登場しません。
諏訪信仰へ ─ 武神として全国に広がる
敗れた神でありながら、タケミナカタは後世きわめて広く信仰されました。
平安時代には朝廷から高い神階を受け、軍神としての性格を強めます。鎌倉時代以降は武家の守護神となり、坂上田村麻呂の東征、源頼朝の信仰を経て全国へ広がりました。
とくに知られるのが武田信玄です。諏訪を制圧した後もこの神を篤く敬い、軍旗に諏訪明神の名を記して戦いました。
現在、諏訪神社は全国におよそ25000社あるとされます。日本でもっとも数の多い神社のひとつです。
御柱祭 ─ 七年に一度の大祭
諏訪大社の御柱祭は、七年目ごと(数え年で七年、実際は六年間隔)の寅と申の年に行われます。
山から樅の大木16本を切り出し、人力だけで里へ曳き、四つの社殿の四隅に建てるという祭りです。急斜面を柱ごと滑り落とす「木落し」は、死傷者が出ることもある危険な神事として知られます。
なぜ柱を建てるのか、その理由は分かっていません。諏訪信仰には古事記に記されない独自の要素が多く残されており、この神がもともと諏訪の土着の神であったことの証と考えられています。
タケミナカタの家系図と家族
タケミナカタの性格と人物像
タケミナカタは、日本神話で唯一、正面から力に訴えて敗れた神です。
兄コトシロヌシはためらいなく承諾し、父オオクニヌシは判断を子に委ねました。抵抗したのはこの神だけです。しかも先に相手の手を掴んだのも、この神からでした。
結果は完敗でした。相手の手は氷柱と刃に変わり、自分の腕は葦のように握りつぶされる。逃げて追われ、湖の畔で命乞いをします。
それでも後世、武士がもっとも篤く信仰した神のひとりになりました。 敗れたことが記憶されたのではなく、唯一戦ったことが記憶されたのです。
タケミナカタを祀る神社
タケミナカタを祀る社は、「諏訪」の名を持つ社として全国におよそ25000社あります。八幡・伊勢・稲荷に次ぐ数で、日本でもっとも多い神社のひとつです。
武家の信仰によって全国へ広がったため、東日本に特に多く分布しています。
諏訪大社 上社本宮(すわたいしゃ かみしゃほんみや)
信濃国一宮/全国約25000社の諏訪神社の総本社
諏訪大社は諏訪湖をはさんで上社(本宮・前宮)と下社(春宮・秋宮)の四社からなり、その中心が上社本宮です。
本殿を持ちません。 背後の守屋山を御神体とする、古い信仰の形を残しています。
四つの社殿にはそれぞれ四隅に巨大な柱が建てられており、これが御柱です。七年目ごとの御柱祭で建て替えられます。
日本最古の神社のひとつとされ、古事記にも名が見えます。
上社前宮はタケミナカタが最初に居を構えた地とされる。四社すべてを巡る参拝が行われている。
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諏訪大社 下社秋宮(すわたいしゃ しもしゃあきみや)
諏訪大社 下社
下社は、タケミナカタと妃神八坂刀売神を祀ります。二月から七月は春宮、八月から一月は秋宮に神が遷るとされ、神が季節で社を移るという珍しい形をとります。
神楽殿の大注連縄は長さ約13メートル、重さ約800キログラムで、出雲大社に次ぐ規模です。
中山道と甲州街道が合流する宿場町にあり、江戸時代から旅人の信仰を集めてきました。
御神木は一位の木。春宮とあわせて参拝するのが習わし。
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タケミナカタが現代に残した痕跡
タケミナカタの名は、諏訪信仰と御柱に残りました。
諏訪大社: 長野県。上社・下社の四宮からなり、本殿を持たない宮がある。社殿より古い形を残す。
御柱祭: 7年ごとに巨木を山から曳き、社の四隅に立てる。斜面を滑り降ろす「木落し」で知られる。
軍神としての信仰: 武田信玄をはじめ武将の信仰を集めた。全国に諏訪神社が約2万5千社。
相撲の起源: タケミカヅチとの力比べが、相撲の起源譚のひとつとされる。
タケミナカタのご利益
武運長久・勝負運
軍神としての性格による。武田信玄をはじめ多くの武将が信仰した。
五穀豊穣・農耕守護
風と水を司る神とされることによる。
狩猟・漁労守護
諏訪では狩猟が神事として認められてきた歴史がある。
開運・厄除け
困難に立ち向かう力を授かるとされる。
タケミナカタが登場するゲーム・アニメ
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諏訪・御柱祭を扱った作品
御柱祭の木落しは映像的な迫力から、しばしば題材にされます。
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タケミナカタについてよくある質問
タケミナカタは何の神様ですか。
軍神です。あわせて風と水を司る農耕の神とされます。諏訪大社の祭神で、全国の諏訪神社に祀られています。
タケミナカタはなぜ諏訪にいるのですか。
国譲りに抵抗して敗れ、諏訪湖まで追われて「この地から出ない」と誓って許されたためです。
相撲の起源はタケミナカタですか。
タケミカヅチとの力比べが相撲の起源とされます。ただし敗れた側であり、勝ったのはタケミカヅチです。
なぜ日本書紀にタケミナカタは出てこないのですか。
理由は分かっていません。もともと諏訪の土着の神であり、後から国譲りの物語に組み込まれたという説が有力です。
御柱祭とは何ですか。
七年目ごとに行われる諏訪大社の大祭です。山から切り出した16本の大木を人力で曳き、四つの社殿の四隅に建てます。急斜面を滑り落とす「木落し」で知られます。
タケミナカタと併せて覚えたい言葉・用語
天津神(あまつかみ)
高天原に生まれた、あるいは高天原から降りてきた神々。
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。
葦原中国(あしはらのなかつくに)
高天原と黄泉の国の間にある地上の世界。のちの日本の国土にあたる。