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日本神話

アメノコヤネ(天児屋根命)とは何の神様か|家系図・物語・祀る神社

天児屋命  / アメノコヤネノミコト

大地 天津神

祝詞を司る神。岩屋戸の前で祝詞を唱えた。

アメノコヤネの姿を描いた図

「神仏図会 天児屋命」 / パブリックドメイン 出典

アメノコヤネとは何の神様か

アメノコヤネはひとことで言えば言葉の神です。天の岩屋戸祝詞を唱え、神を動かす役を担いました。

名は「天の小屋根」に通じるとされ、神を招くために建てた仮の小屋に由来するという説があります。

天孫降臨に随伴した五柱の伴神のひとりで、地上でも祭祀を担いました。

中臣氏の祖神であり、その中臣氏から藤原氏が出ます。中臣鎌足が藤原の姓を賜り、以後この一族は千年にわたって朝廷の中枢を占めました。春日大社は藤原氏の氏神を祀る社で、この神が第三殿に祀られています。

祝詞という技術が、政治的権力の源になったという点で、日本史全体に関わる神です。

アメノコヤネの漢字表記と読み方

読みは「あめのこやね」です。「コヤネ」は「小屋根」に通じるとされ、神を招くために建てた仮の小屋を指すという説があります。

祭具を捧げ持つフトダマと常に対で登場します。言葉を担うアメノコヤネ、物を担うフトダマ。この二柱が中臣氏と忌部氏の祖神になりました。

天児屋命(あめのこやねのみこと)

古事記での表記。

天児屋根命(あめのこやねのみこと)

日本書紀および多くの神社での表記。

春日権現(かすがごんげん)

中世の神仏習合における呼び名。

アメノコヤネの物語

  1. 岩屋戸で祝詞を唱える
  2. 天孫降臨に随伴する
  3. 中臣氏の祖として ─ 祭祀から政治へ
  4. 春日大社へ ─ 藤原氏の氏神

岩屋戸で祝詞を唱える

アマテラスが天の岩屋戸に隠れたとき、オモイカネの策のなかでアメノコヤネに与えられた役は祝詞を唱えることでした。

天児屋命、布刀玉命を呼んで、天香山の雄鹿の肩の骨を抜き取り、天香山の波波迦の木で焼いて占わせた。

まず鹿の骨を焼く占いを行います。そして榊を捧げ持つフトダマと並び──

天児屋命が、太い祝詞を申し上げた。

言葉によって神を動かす。 現在の神社で神職が祝詞を奏上する作法は、この場面に始まります。

天孫降臨に随伴する

天孫降臨の際、アメノコヤネはニニギに従って地上へ降りた五柱の伴神のひとりに数えられます。

アマテラスはこの五柱に祭祀を委ねました。地上における神事の体制が、この時点で定められています。

日本書紀には、アマテラスがアメノコヤネとフトダマに「わが子を守り仕えよ」と命じたと記されます。天孫を補佐する立場が明示されています。

中臣氏の祖として ─ 祭祀から政治へ

アメノコヤネは中臣氏の祖神です。

中臣氏は朝廷の祭祀において、祝詞の奏上という中核を担いました。名の「ナカトミ」は「神と人の中を執り持つ」に由来するとされます。

転機は7世紀です。中臣鎌足が中大兄皇子とともに蘇我氏を倒し、大化の改新を主導しました。その功により、鎌足は死に臨んで藤原の姓を賜ります。

ここから藤原氏が始まり、摂関政治によって千年にわたり朝廷の中枢を占めることになりました。

祝詞を唱える一族が、日本の政治を動かす一族になった。 その祖神が、この神です。

春日大社へ ─ 藤原氏の氏神

神護景雲2年(768年)、藤原氏は奈良に春日大社を創建しました。

第一殿に鹿島から迎えたタケミカヅチ、第二殿に香取から迎えたフツヌシ、第三殿にアメノコヤネ、第四殿にその妻比売神を祀ります。

武神二柱と、自らの祖神を並べる構成です。祭祀の家系でありながら、武神を上位に置いた点に、当時の藤原氏の立場が表れています。

大阪の枚岡神社はこの神を祀る古社で、春日大社へ神霊を分けたことから「元春日」と呼ばれます。

アメノコヤネの家系図と家族

アメノコヤネの親: アメノハヨ中臣氏の系譜に連なる

アメノコヤネのきょうだい: 天石門別神天孫にしたがう櫛真智命占いを担う

アメノコヤネの子・子孫: アメノオシクモネ

アメノコヤネの性格と人物像

アメノコヤネは、言葉を職能とした神です。

戦わず、踊らず、力も使いません。祝詞を唱えることだけがこの神の役割です。

しかしその技術は、後世きわめて大きな力になりました。祭祀を独占した中臣氏が藤原氏となり、千年にわたって朝廷を動かします。神に言葉を届ける役目が、そのまま権力の源泉になったわけです。

物語のなかでこの神が目立つ場面はありません。岩屋戸で祝詞を唱え、降臨に随伴し、それだけです。

それでも日本史にもっとも長く影響を残した神といえます。子孫が残したものの大きさにおいて、この神に並ぶ存在は多くありません。

アメノコヤネを祀る神社

アメノコヤネを祀る社は、「春日」の名を持つ社として全国におよそ3000社あります。藤原氏の勢力拡大とともに各地へ広がったものです。

春日神社の祭神は多くの場合タケミカヅチ・フツヌシ・アメノコヤネ・比売神の四柱で、春日大社と同じ構成をとります。

春日大社(かすがたいしゃ)

藤原氏の氏神/世界遺産

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春日大社の住所: 奈良県奈良市春日野町160

春日大社の御祭神: 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神

春日大社のご利益: 開運・厄除け・出世・縁結び

神護景雲2年(768年)、藤原氏が氏神を祀るために創建しました。アメノコヤネは第三殿に祀られています。

第一殿のタケミカヅチは鹿島から、第二殿のフツヌシは香取から迎えられました。武神二柱を上位に置き、祖神を第三殿に据える構成です。

参道と境内には約三千基の灯籠が並び、年二回の万灯籠ではすべてに火が灯されます。

古都奈良の文化財として世界遺産に登録されています。

20年ごとの式年造替が続く。奈良公園の鹿は神の使いとされる。

周辺の宿をさがす

春日大社へ参拝するときの、奈良県奈良市の宿を探せます。

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枚岡神社(ひらおかじんじゃ)

河内国一宮/元春日

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枚岡神社の住所: 大阪府東大阪市出雲井町7-16

枚岡神社の御祭神: 天児屋根大神・比売御神ほか

枚岡神社のご利益: 開運・厄除け・学業成就

神武天皇の東征に先立って創建されたと伝わる古社です。アメノコヤネを主祭神とします。

春日大社の創建にあたって、この社から神霊を分けたとされることから「元春日」と呼ばれます。のちに春日大社から二柱を迎え、現在は四殿の構成になっています。

毎年12月の注連縄掛神事は、氏子が「あっはっは」と大声で笑いながら注連縄を掛ける独特の神事で、「お笑い神事」として知られます。岩屋戸で神々が笑った場面にちなむとされます。

背後の神津嶽が元宮とされ、山頂に本宮跡が残ります。

近鉄枚岡駅からすぐ。梅林でも知られる。

周辺の宿をさがす

枚岡神社へ参拝するときの、大阪府東大阪市の宿を探せます。

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アメノコヤネが現代に残した痕跡

アメノコヤネの名は、藤原氏と春日信仰に残りました。

中臣氏・藤原氏の祖神: この神を祖とする中臣氏から藤原氏が出た。平安時代の政治を主導した一族の祖神にあたる。

春日大社: 奈良県奈良市。藤原氏の氏神として、この神を第三殿に祀る。

祝詞の神: 天岩戸で祝詞を唱えた神として、神事の言葉を司るとされる。

アメノコヤネのご利益

出世開運・仕事運

中臣氏から藤原氏が出て朝廷を占めた故事による。

学業成就

言葉と学問を司る神とされることによる。

厄除け・家内安全

春日大社での信仰による。

言霊・弁舌

祝詞を唱える神であることによる。

アメノコヤネが登場するゲーム・アニメ

アメノコヤネが登場するゲーム・アニメ

天岩戸を扱った作品

祝詞を唱える役として登場します。

藤原氏を扱った歴史作品

祖神として言及されることがあります。

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アメノコヤネについてよくある質問

アメノコヤネは何の神様ですか。

祝詞を唱える言葉の神です。中臣氏、のちの藤原氏の祖神にあたります。

アメノコヤネと藤原氏の関係は。

中臣氏の祖神であり、その中臣鎌足が藤原の姓を賜って藤原氏が始まりました。春日大社は藤原氏がこの神を祀るために創建した社です。

フトダマとの違いは。

アメノコヤネは祝詞を唱える役、フトダマは祭具を整えて捧げ持つ役です。それぞれ中臣氏と忌部氏の祖神にあたります。

なぜ春日大社では第三殿なのですか。

第一殿と第二殿に武神タケミカヅチとフツヌシを迎えたためです。祭祀の家系でありながら武神を上位に置いた点に、当時の藤原氏の立場が表れています。

アメノコヤネを祀る神社はどこですか。

奈良の春日大社、大阪府東大阪市の枚岡神社が代表です。全国の春日神社にも祀られています。

アメノコヤネと併せて覚えたい言葉・用語

天の岩屋戸(あまのいわやと)

アマテラスが閉じこもった岩の洞窟。太陽が隠れて世界が闇になった。

天孫降臨(てんそんこうりん)

アマテラスの孫ニニギが高天原から地上へ降りたこと。