八つの頭と八つの尾を持つ大蛇。スサノオに討たれる。

月岡芳年 「日本昔噺 第九 八岐大蛇」 1893年 / パブリックドメイン 出典
ヤマタノオロチとは何の神様か
ヤマタノオロチの漢字表記と読み方
読みは「やまたのおろち」です。「ヤマタ」は八つに分かれること、「オロチ」は大蛇を意味する古語です。「ヲ」は峰や尾根、「ロ」は接尾語、「チ」は霊力を表すとされ、山の霊力という解釈もあります。
「八」は具体的な数というより「非常に多い」を意味する語で、無数に分かれた何かを指すと考えられています。
八岐大蛇(やまたのおろち)
もっとも一般的な表記。
八俣遠呂智(やまたのおろち)
古事記での表記。
八岐大蛇(やまたのをろち)
日本書紀での表記。
ヤマタノオロチの物語
姿 ─ 谷八つ峰八つにわたる巨体
古事記は、この怪物の姿を異例の詳しさで描いています。
その目は赤かがち(ホオズキ)のように赤く、身一つに八つの頭と八つの尾があった。その体には苔と檜と杉が生え、長さは谷八つ峰八つにわたり、その腹を見れば常に血が垂れて爛れていた。
体に木が生えているという描写は、山そのものを思わせます。腹が血で爛れているのは、鉄分を含んで赤く濁った川の水を指すという解釈が有力です。
日本神話に登場する存在のなかで、これほど具体的に外見が描かれるものは他にありません。
毎年娘を食う ─ 八年目の八人目
出雲の斐伊川の上流に、足名椎と手名椎という国津神?の夫婦が住んでいました。もともと八人の娘がいました。
高志の八岐大蛇が毎年やって来て、娘を食べてしまう。今その時期が来たので泣いている。
七年で七人が失われ、残るは末娘のクシナダヒメだけでした。
「高志」は現在の北陸を指すとされ、外からやって来る災いという性格が示されています。
討伐 ─ 酒に酔わせて斬る
スサノオは、娘を妻にもらう約束で退治を引き受けました。
作戦は正面から戦うものではありません。
1. 八塩折の酒(何度も繰り返し醸した濃い酒)を用意させる
2. 八つの門を作り、それぞれに酒の桶を置く
3. 大蛇が来るのを待つ
やって来た大蛇は、八つの頭をそれぞれ桶に突っ込んで酒を飲み、酔って眠り込みました。 そこをスサノオが十拳剣で斬り刻みます。
斐伊川の水が赤く染まったと記されます。
知恵で倒すという筋書きは、力比べで決着する国譲り?の場面と対照的です。
草薙剣 ─ 尾から現れた太刀
何を意味するのか ─ 川と鉄
この物語の解釈として、もっとも広く知られるのが斐伊川の氾濫説です。
斐伊川は「暴れ川」として知られ、上流でたびたび流路を変えました。八つに分かれて流れる川筋が八つの頭、氾濫が娘を奪うこと、赤く濁った水が「血で爛れた腹」にあたるとされます。
もうひとつ有力なのが製鉄説です。出雲は古代からたたら製鉄の一大産地でした。砂鉄を採るために山を削れば土砂が川に流れ込み、氾濫が起きます。赤い水は鉄分によるものです。そして尾から剣が出るという筋は、製鉄そのものを指すという読みになります。
どちらの説も、治水と製鉄という現実の営みが神話になったという点で共通しています。
ヤマタノオロチの家系図と家族
ヤマタノオロチのきょうだい: タマヒメともに斐伊川流域の伝えに現れる
ヤマタノオロチの性格と人物像
ヤマタノオロチは、意思を持たない存在として描かれます。
台詞はありません。交渉もしません。毎年決まって現れ、娘を食い、去る。自然災害と同じ振る舞いです。
倒し方も象徴的です。スサノオは正面から斬りかかりません。酒を用意し、待ち、酔って眠ったところを斬ります。災いは戦って勝つものではなく、備えて抑えるものという発想がここにあります。
そして倒したあと、その体内から皇位の象徴が出てきます。災いを鎮めた者が、そこから権威を得る。 治水を成し遂げた者が土地を治めるという、現実の構図がそのまま神話になっています。
ヤマタノオロチゆかりの地と遺跡
ヤマタノオロチ自体を祀る社はありません。怪物であり、神ではないためです。
ただし物語の舞台となった出雲の各地に伝承地が残り、尾から出た草薙剣は熱田神宮に祀られています。倒された側の痕跡が、剣という形で今も残っているという構図です。
八重垣神社(やえがきじんじゃ)
クシナダヒメが隠れた地の伝承
スサノオとクシナダヒメを祀る社です。社の奥にある佐久佐女の森は、大蛇から逃れる間クシナダヒメが隠れていた場所と伝わります。
森の中の鏡の池で行う縁占いが名高く、紙に硬貨を載せて浮かべ、沈むまでの時間で縁を占います。
大蛇退治の物語の舞台を実際に歩ける場所です。
宝物殿に日本最古の壁画とされる神像が伝わる。
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須我神社(すがじんじゃ)
日本初之宮/和歌発祥の地
大蛇を討ったスサノオが「ここに来て、わたしの心はすがすがしい」と言って宮を建てた地とされます。日本で最初に建てられた宮という意味で「日本初之宮」を称します。
ここで詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣」が日本最初の和歌とされ、「和歌発祥の地」でもあります。
背後の八雲山には、スサノオ・クシナダヒメ・その子を表すという三つの岩(夫婦岩)があり、奥宮として祀られています。
奥宮への山道は片道約15分。大蛇退治のあとの物語を辿れる場所。
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熱田神宮(あつたじんぐう)
草薙剣を祀る
ヤマタノオロチの尾から出た草薙剣を御神体として祀る社です。三種の神器のひとつが実際に納められているとされます。
ヤマトタケルが東征の帰路にこの地で亡くなり、剣が留め置かれたことに始まると伝わります。
伊勢神宮に次ぐ格式を持つ社とされ、年間700万人以上が参拝します。境内には信長が桶狭間の戦いの前に戦勝を祈願し、勝利の礼に奉納した信長塀が残ります。
剣は非公開。神楽殿や宝物館では約6000点の資料を所蔵する。
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ヤマタノオロチが現代に残した痕跡
ヤマタノオロチの名は、剣と、治水の解釈に残りました。
天叢雲剣(草薙剣): 尾から出た剣が三種の神器のひとつとなり、熱田神宮の御神体とされる。
斐伊川の治水説: 八つの首を斐伊川の支流、赤い目を製鉄の炉と読み、洪水と製鉄の物語と解する説がある。
たたら製鉄: 出雲は古代からの製鉄地。オロチ退治を製鉄集団の制圧と読む解釈がある。
創作での定番: ゲーム・漫画で最も引用される日本の怪物のひとつ。
ヤマタノオロチのご利益
祈願の対象ではありません
退治された怪物であり、福を授ける神として祀られたわけではありません。ただし出雲には、この物語の痕跡を伝える場所があり、そこに人々の祈りが結びついてきました。以下はそのつながりです。
水難除け・治水
八つの頭を斐伊川の分流に、暴れる大蛇を氾濫に見立てる説があります。この読み方では、退治の物語はそのまま治水の物語になります。流域の社では水の災いを鎮める祈りが続けられてきました。
製鉄・鍛冶の守り
出雲はたたら製鉄の地です。砂鉄を採る鉄穴流しで川が赤く濁る様子を、大蛇の血と重ねる説があります。尾から草薙剣が出るのも、この土地が鉄を産んだことと結びつけて語られます。
武運・厄除け
尾から出た草薙剣は三種の神器のひとつとなり、熱田神宮の神体として祀られています。剣そのものが信仰の対象になった例で、退治された側から生まれた唯一のご利益といえます。
ヤマタノオロチが登場するゲーム・アニメ
ヤマタノオロチが登場するゲーム
オロチを題材にした多数の作品
「オロチ」という語自体が強大な敵の代名詞として、多くの作品で用いられています。
ヤマタノオロチが登場するアニメ・漫画・絵本
ヤマタノオロチ退治の絵本
因幡の白兎と並び、日本神話でもっとも絵本になっている話です。
神楽の演目「大蛇」
石見神楽の代表演目で、複数の大蛇が舞台狭しと絡み合う迫力で知られます。島根では今も盛んに上演されています。
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ヤマタノオロチについてよくある質問
ヤマタノオロチとは何ですか。
八つの頭と八つの尾を持つ大蛇で、日本神話最大の怪物です。毎年娘を食っていましたが、スサノオに討たれました。
ヤマタノオロチは何を意味しているのですか。
斐伊川の氾濫を象徴するという説がもっとも知られます。八つに分かれた川筋、赤く濁った水などが描写と一致します。出雲のたたら製鉄と結びつける説も有力です。
どうやって倒されたのですか。
スサノオが八つの門を作って濃い酒の桶を置き、八つの頭がそれぞれ酒を飲んで酔い眠ったところを斬り刻みました。正面から戦ってはいません。
尾から出た剣は何ですか。
草薙剣です。もとの名は天叢雲剣で、三種の神器のひとつとなりました。現在は熱田神宮に祀られています。
ヤマタノオロチを祀る神社はありますか。
ありません。神ではなく怪物であるためです。ただし出雲各地に伝承地が残り、尾から出た草薙剣は熱田神宮に祀られています。
ヤマタノオロチと併せて覚えたい言葉・用語
三種の神器(さんしゅのじんぎ)
八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉の三つ。天孫降臨の際にニニギへ授けられた。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)
ヤマタノオロチの尾から出た剣。三種の神器のひとつ。天叢雲剣ともいう。
国津神(くにつかみ)
もともと地上にいた神々。出雲の神々が代表。
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。
天孫降臨(てんそんこうりん)
アマテラスの孫ニニギが高天原から地上へ降りたこと。