八岐大蛇の生贄にされかけ、スサノオに救われて妻となる。

豊原周延 「素盞嗚尊 稲田姫」 1886年 / パブリックドメイン 出典
クシナダヒメとは何の神様か
クシナダヒメはひとことで言えば稲田の女神です。名の「クシナダ」は「奇し稲田」、すなわち神聖な稲田を意味すると解されます。
物語では、八岐大蛇の生贄にされかけていたところをスサノオに救われ、その妻となります。大蛇は斐伊川の氾濫を、姫は氾濫に脅かされる稲田を象徴するという読み方が広く知られています。治水によって田が守られたことを、婚姻の物語として語ったものと考えられています。
スサノオとの夫婦神として祀られることが多く、縁結びの神として信仰されています。島根の八重垣神社は、この二柱が新居を構えた地とされ、縁結びの社として名高い場所です。
クシナダヒメの漢字表記と読み方
読みは「くしなだひめ」です。日本書紀の「奇稲田姫」という表記から、名の由来が「奇し稲田」=神聖な田であることが読み取れます。古事記が「櫛」の字を当てているのは、スサノオが姫を櫛に変えて髪に挿したという場面と対応しています。
櫛名田比売(くしなだひめ)
古事記での表記。「櫛」の字が当てられている。
奇稲田姫(くしいなだひめ)
日本書紀での表記。「奇し稲田」の意がはっきり出ている。
稲田姫命(いなだひめのみこと)
氷川神社などで用いられる表記。
クシナダヒメの物語
八人目の娘 ─ 毎年ひとりずつ食われてきた
クシナダヒメは、足名椎と手名椎という国津神?の夫婦の、八人目の娘です。
高天原?を追われたスサノオが出雲の斐伊川の上流に降り立ったとき、川上から箸が流れてくるのを見て人がいると知ります。行ってみると、老夫婦が娘を挟んで泣いていました。
理由を問うと、こう答えます。
もともと八人の娘がおりました。しかし毎年八岐大蛇が来て、ひとりずつ食べてしまうのです。今年もその時期が来ました。だから泣いております。
残されたのが末娘のクシナダヒメでした。
櫛に変えられる ─ スサノオの奇策
スサノオは「この娘を私にくれるなら、大蛇を退治しよう」と申し出ます。老夫婦は素性を尋ね、相手がアマテラスの弟だと知って承諾しました。
ここでスサノオが取った行動が独特です。
スサノオはただちにその娘を神聖な櫛に変え、自分の角髪に挿した。
姫を物に変えて身につけるという発想は、日本神話でもここだけです。危険な場所へ連れて行くのではなく、自分の頭に挿して守ったわけです。古事記が「櫛」の字を名に当てているのは、この場面によります。
大蛇退治 ─ 救われる
スサノオは老夫婦に、強い酒を醸し、八つの門を作り、それぞれに酒の桶を置くよう命じました。
やって来た八岐大蛇は、八つの頭をそれぞれの桶に突っ込んで酒を飲み、酔って眠り込みます。スサノオは十拳剣を抜いて斬り刻みました。尾からは草薙剣?が現れます。
大蛇が滅んだあと、スサノオは髪から櫛を抜き、クシナダヒメを元の姿に戻しました。
須賀の宮 ─ 日本最初の和歌が詠まれる
スサノオは宮を建てる土地を求めて出雲を歩き、須賀の地に至って言いました。
ここに来て、わたしの心はすがすがしい。
そこに宮を建て、クシナダヒメを妻とします。このとき雲が立ち上るのを見て詠んだのが、次の歌です。
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を
「妻を籠らせるために、幾重にも垣を作る」という意味で、日本最初の和歌とされます。
荒ぶる神が、妻を得て歌を詠む神に変わる場面であり、クシナダヒメはその転換点に立っています。
その後 ─ 出雲の系譜へ
二柱の間には子が生まれ、その血筋から後にオオクニヌシが現れます。
古事記はオオクニヌシをスサノオの六代あとの子孫とし、日本書紀の一書?は子とします。いずれにせよ、出雲の神々の系譜はクシナダヒメから始まっていることになります。
姫自身のその後を伝える記述はありません。物語における役割は、大蛇退治と婚姻をもって終わります。
クシナダヒメの家系図と家族
クシナダヒメの性格と人物像
クシナダヒメは、自ら行動する場面を持たない神です。
生贄にされかけ、櫛に変えられ、元に戻され、妻となる。すべて他者の行為の対象として描かれます。台詞もありません。
それでもこの神が重要なのは、スサノオという神を変えた存在だからです。高天原で乱暴を働き追放された神が、この姫を救ったことで英雄となり、宮を建てて歌を詠む神になります。
象徴としても中心にいます。名が示すとおり稲田そのものであり、大蛇=氾濫から守られる対象です。人が守るべきもの、失えば生きられないものが、この姫の姿を取っています。
クシナダヒメを祀る神社
クシナダヒメは、単独で祀られるより、スサノオと夫婦で祀られることが多い神です。
そのため社名に姫の名が出ないことが多く、氷川神社のように「稲田姫命」として祭神に名を連ねる形で祀られています。社名だけでは気づきにくいので、祭神の欄を見る必要があります。
八重垣神社(やえがきじんじゃ)
縁結びの社/須賀の宮の伝承地
スサノオとクシナダヒメを夫婦として祀る社です。社名は「八雲立つ出雲八重垣」の歌に由来します。
社の奥には佐久佐女の森があり、大蛇から逃れる間クシナダヒメが隠れていた場所と伝わります。その中の鏡の池は、姫が姿を映したとされる池です。
ここで行う縁占いが名高く、社務所で授かる紙に硬貨を載せて池に浮かべ、沈むまでの時間で縁の遠近を占います。早く沈めば早く、遠くへ流れれば遠方の人と縁があるとされます。
宝物殿に日本最古の壁画とされる神像が伝わる。出雲大社とあわせて参拝する人が多い。
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氷川神社(ひかわじんじゃ)
武蔵国一宮/関東の氷川神社の総本社
関東に広がる氷川信仰の中心で、クシナダヒメは稲田姫命の名で祀られています。
スサノオ、クシナダヒメ、オオクニヌシという出雲系の三柱を祀る構成で、出雲の勢力が関東へ及んだ痕跡と考えられています。
関東でクシナダヒメを祀る社といえばまずここです。氷川の名を持つ社はおよそ280社あり、いずれもこの三柱を祀ります。
参道の長さは約2キロメートルで日本有数。地名の「大宮」はこの社に由来する。
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クシナダヒメが現代に残した痕跡
クシナダヒメの名は、稲田と縁結びに残りました。
「奇稲田」: 名は稲田を表す。ヤマタノオロチを川の氾濫、この神を稲田と読み、治水の物語と解する説がある。
八重垣神社: 島根県松江市。スサノオとこの神が新居を構えた地とされ、縁結びの社として知られる。
鏡の池の縁占い: 八重垣神社の池に硬貨をのせた紙を浮かべ、沈むまでの時間で縁を占う。
クシナダヒメのご利益
縁結び・夫婦円満
スサノオとの婚姻譚による。八重垣神社が代表的な社。
五穀豊穣
名が示すとおり稲田を象徴する神であることによる。
子授け・安産
実り豊かな田のように子を授かるという願いによる。
厄除け
大蛇の災いから救われた故事による。
クシナダヒメが登場するゲーム・アニメ
クシナダヒメが登場するアニメ・漫画
ヤマタノオロチ退治を扱った作品
大蛇退治の物語は絵本から漫画まで繰り返し描かれ、その中心にこの姫がいます。
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クシナダヒメについてよくある質問
クシナダヒメは何の神様ですか。
稲田を象徴する女神です。スサノオの妻として、縁結びの神としても信仰されています。
なぜスサノオはクシナダヒメを櫛に変えたのですか。
大蛇と戦う間、身につけて守るためです。古事記が名に「櫛」の字を当てているのはこの場面によります。
クシナダヒメとスサノオの間に子はいますか。
います。その血筋からオオクニヌシが現れます。ただし古事記は六代あとの子孫、日本書紀の一書は子と、記述が分かれます。
クシナダヒメを祀る神社はどこですか。
島根の八重垣神社が代表です。関東では埼玉の氷川神社に稲田姫命の名で祀られています。
クシナダヒメと併せて覚えたい言葉・用語
国津神(くにつかみ)
もともと地上にいた神々。出雲の神々が代表。
高天原(たかまがはら)
天上にある神々の国。アマテラスが治める。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)
ヤマタノオロチの尾から出た剣。三種の神器のひとつ。天叢雲剣ともいう。
一書(あるふみ)
日本書紀が本文とは別に併記する異伝。「一書に曰く」の形で複数載る。