オオクニヌシの子。国譲りを真っ先に承諾した。

「神仏図会 事代主神」 / パブリックドメイン 出典
コトシロヌシとは何の神様か
コトシロヌシの漢字表記と読み方
読みは「ことしろぬし」です。「言代」は言葉を代わりに伝えることを指し、託宣を担う神であることが名から読み取れます。
恵比寿と同一視されるようになったのは中世以降で、もとは別の存在です。ヒルコを恵比寿とする説もあり、地域によって解釈が分かれます。
事代主神(ことしろぬしのかみ)
古事記・日本書紀に共通する表記。
八重言代主神(やえことしろぬしのかみ)
古事記に見える丁寧な形。
積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)
三嶋大社での称え名。
恵比寿(えびす)
中世以降の同一視による呼び名。今宮戎神社や美保神社ではこの信仰が中心。
コトシロヌシの物語
美保の岬で ─ 釣りをしていた
国譲りの交渉で、タケミカヅチがオオクニヌシに統治権の譲渡を迫りました。
オオクニヌシは即答せず、こう答えます。
私からは申せません。我が子コトシロヌシがお答えするでしょう。しかし今は、鳥や魚を捕りに美保の岬へ行っており、まだ戻りません。
使者が美保の岬まで迎えに行き、問いただしました。
承諾 ─ ためらわずに国を差し出す
コトシロヌシの返答は明快でした。
かしこまりました。この国は、天つ神の御子に差し上げましょう。
一切ためらいがありません。日本神話で、これほど即座に要求を呑む場面は他にありません。
そして続けて不思議な行動を取ります。
乗っていた船を踏み傾け、天の逆手を打って、船を青柴垣に変え、その中に隠れた。
天の逆手とは、通常とは逆の作法で手を打つことで、呪術的な意味を持つとされます。青柴垣は青々とした柴で作った垣です。自ら姿を消したのでした。
なぜ承諾したのか
この即答は古くから議論されてきました。
託宣の神であるこの神は、すでに結果を知っていたという読み方があります。神の言葉を伝える立場にある以上、抗っても無駄であることを理解していた、という解釈です。
また、隠れた場所が青柴垣であることも重要です。死を意味すると解されることが多く、承諾と同時に身を隠したのは、実質的な自死であったとする説もあります。
いずれにせよ、この承諾が国譲りの流れを決めました。弟が抵抗しても、兄が承諾した事実は覆りません。
青柴垣神事 ─ 今も再現される
島根の美保神社では、この場面を再現する神事が今も行われています。
毎年4月7日の青柴垣神事では、二隻の船を青柴で飾り、選ばれた当屋がその中に籠ります。コトシロヌシが青柴垣に隠れた場面を、そのまま今日に伝えるものです。
また12月の諸手船神事では、二隻の船が競い合って漕ぎ、使者が国譲りの是非を問いに来た場面を再現します。
神話の一場面が、千年以上にわたり神事として続いている珍しい例です。
恵比寿へ ─ 商売の神になる
後世、コトシロヌシは恵比寿と同一視されるようになりました。
きっかけは、承諾したときに美保の岬で釣りをしていたという記述です。釣り竿を持ち鯛を抱える恵比寿の姿と重なり、両者が結びつきました。
恵比寿はもともと海の彼方から寄り来る福の神で、漁業の神でした。それが商業の発展とともに商売繁盛の神へと性格を変えます。
大阪の今宮戎神社で行われる十日戎には、毎年百万人規模の参拝者が訪れます。「商売繁盛で笹持って来い」の掛け声で知られる祭りです。
国を譲った神が、商売の神として最も賑わう社を持つ。 意外な広がり方をした神です。
コトシロヌシの家系図と家族
コトシロヌシの性格と人物像
コトシロヌシは、争わないことを選んだ神です。
弟タケミナカタは力で抗い、敗れて逃げました。父オオクニヌシは判断を委ね、条件を出しました。この神だけが、問われた瞬間に「差し上げましょう」と答えています。
そして承諾したあと、自ら船を傾けて青柴垣に隠れました。受け入れたうえで、自分は退場する。 交渉も抵抗もしていません。
託宣の神であるという性格を踏まえれば、結果をすでに知っていたと読むこともできます。抗っても無駄だと分かっている者の態度として見ると、この即答は諦めではなく判断だったことになります。
後世この神が福の神になったのは、争わない神という印象が大きく影響したと考えられます。
古事記と日本書紀でコトシロヌシの記述が異なるところ
日本神話は一冊にまとまっていません。コトシロヌシについても、 古事記と日本書紀で記述が分かれる箇所が1件あります。 どちらか一方に決めず、両方を出典つきで載せています。
記述が分かれるところ
古事記712年
中巻・神武天皇記
- 大物主 ─ 丹塗矢の縁 ─ タマクシヒメ
古事記はオオモノヌシが丹塗矢となってセヤダタラヒメと結ばれたとする。
日本書紀720年
巻第三・神武天皇紀
- コトシロヌシ ─ 熊鰐の縁 ─ タマクシヒメ
日本書紀はコトシロヌシが八尋の熊鰐となって玉櫛媛のもとへ通ったとする。
コトシロヌシを祀る神社
コトシロヌシを祀る社は、「戎」「恵比寿」「蛭子」の名を持つ社として全国に広がっています。ただしこれらの社の一部はヒルコを恵比寿として祀っており、同じ「えびす社」でも祭神が異なる場合があります。
西日本ではコトシロヌシ、東日本ではヒルコとする傾向がありますが、地域差が大きく一律ではありません。参拝の際は祭神を確認するのが確実です。
美保神社(みほじんじゃ)
全国のえびす社3385社の総本社
コトシロヌシが釣りをしていたとされる美保の岬に鎮座します。全国のえびす社の総本社です。
本殿は美保造という独特の様式で、大社造の社殿を二棟並べて連結したものです。国の重要文化財に指定されています。
青柴垣神事(4月7日)と諸手船神事(12月3日)で、国譲りの場面が今も再現されます。
出雲大社のオオクニヌシと、この社のコトシロヌシの両方に参拝する「えびす・だいこく両参り」が古くからの習わしです。
鳴り物の奉納が多く、楽器の神としても知られる。奉納された楽器が宝物館に展示されている。
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今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)
商売繁盛の総本社格/十日戎
大阪を代表する商売繁盛の社です。推古天皇8年(600年)、聖徳太子が四天王寺を建立した際に西方の守護として建てられたと伝わります。
毎年1月9日から11日に行われる十日戎には、三日間で百万人規模の参拝者が訪れます。「商売繁盛で笹持って来い」の掛け声とともに、福娘から笹に縁起物を付けてもらう習わしです。
大阪の商人文化と深く結びついた社で、関西で「えべっさん」といえばここを指します。
福娘の選考は毎年大きな話題になる。難波駅から徒歩圏。
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三嶋大社(みしまたいしゃ)
伊豆国一宮
オオヤマツミとコトシロヌシの二柱をあわせて三嶋大明神として祀ります。
源頼朝が挙兵にあたって百日詣を行い、平家打倒を祈った社として知られます。以後、武家の信仰を篤く集めました。
伊豆でコトシロヌシを祀る中心の社であり、伊豆諸島の三島信仰とも結びついています。
樹齢1200年と伝わる金木犀は国の天然記念物。三島駅から徒歩7分。
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コトシロヌシが現代に残した痕跡
コトシロヌシの名は、恵比寿さまとして残りました。
恵比寿との習合: 釣りをしていたところへ使者が来た場面から、釣竿と鯛を持つ恵比寿と重ねられた。七福神で唯一の日本の神。
美保神社: 島根県松江市美保関町。えびす社の総本社とされ、全国の恵比寿信仰の源。
神託の神: 「事を代わって言う」という名の通り、託宣を司る神とされた。
青柴垣神事: 美保神社の神事。国譲りのあと海に隠れた場面を再現する。
コトシロヌシのご利益
商売繁盛
恵比寿との同一視による。今宮戎神社の十日戎が代表的な祭り。
大漁満足・海上安全
美保の岬で釣りをしていた故事による。漁業関係者の信仰が篤い。
五穀豊穣
福をもたらす神としての性格による。
学業成就・必勝
託宣の神として、正しい判断を導くとされる。
コトシロヌシが登場するゲーム・アニメ
コトシロヌシが登場するゲーム
コトシロヌシが登場するその他
七福神の恵比寿
作品というより日本の生活文化に定着した姿です。釣り竿と鯛を持つ姿は、この神の国譲りの場面に由来します。
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コトシロヌシについてよくある質問
コトシロヌシは何の神様ですか。
神の言葉を伝える託宣の神です。恵比寿と同一視され、商売繁盛の神としても広く信仰されています。
コトシロヌシと恵比寿は同じですか。
もとは別ですが、中世以降に同一視されました。美保の岬で釣りをしていた場面が、釣り竿と鯛を持つ恵比寿の姿と重ねられたためです。ただしヒルコを恵比寿とする説もあります。
なぜすぐに国譲りを承諾したのですか。
理由は記されていません。託宣の神としてすでに結果を知っていたという読み方や、抗っても無駄と判断したという解釈があります。
青柴垣とは何ですか。
青々とした柴で作った垣です。コトシロヌシは承諾したあと船を踏み傾け、天の逆手を打って船を青柴垣に変え、その中に隠れました。死を意味すると解されることが多い場面です。
コトシロヌシを祀る神社はどこですか。
島根県松江市の美保神社が総本社です。大阪の今宮戎神社、静岡の三嶋大社も代表的な社です。
コトシロヌシと併せて覚えたい言葉・用語
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。