生霊神とも呼ばれ、壬申の乱で託宣を下した神。
アメノイクタマとは何の神様か
アメノイクタマはひとことで言えば戦の行方を告げた神です。日本書紀では生霊神(いくたまのかみ)、先代旧事本紀には活玉命の別名で伝わります。
宮中の八神殿でも重要な神として祀られました。
壬申の乱の際、人に憑いて具体的な指示を下したという記録が残ります。
アメノイクタマの漢字表記と読み方
読みは「あめのいくたま」です。「イク」は活きる、「タマ」は霊を指します。
生きた霊という形です。
宮中の八神殿には、イクムスヒ(生産日神)という神も祀られます。
「イク」の語を持つ神は、いずれも生命の力に関わります。
古事記伝は、この神を神世七代?のイクグイ(活杙神)と同じ神とする説を唱えています。
天活玉命(あめのいくたまのみこと)
一般に用いられる表記。
生霊神(いくたまのかみ)
日本書紀での表記。
活玉命(いくたまのみこと)
先代旧事本紀での別名。
アメノイクタマの物語
壬申の乱の託宣
日本書紀に、この神の託宣が詳しく記されます。
壬申の乱の際、高市郡大領の高市県主許梅が、突然口を閉ざしてものを言えなくなりました。三日後、神が憑いて告げます。
吾は高市社にいる事代主である。また、身狭社にいる生霊神である。
神日本磐余彦天皇の陵に、馬と種々の兵器を奉れ。
吾は皇御孫尊の前後に立って不破まで送り奉ってから還った。いままた官軍のなかに発って、これを守護する。
西の道より軍衆が至ろうとしている。警戒せよ。
軍事情報まで含む託宣です。
神が実戦の助言をするという、きわめて具体的な例です。
事代主と一緒に憑く
八神殿の神
祀る社が全国に散る
この神を祀る社は、きわめて広く分布します。
生国魂神社 ─ 奈良県橿原市。
高瀬神社 ─ 富山県南砺市。
物部神社 ─ 島根県大田市。
岡田宮 ─ 福岡県北九州市。
奈良から北陸、山陰、九州まで及びます。
このほか、石上神宮の境内社である七座社の祭神に数える資料もあります。ただし社が公表する七座に、この神の名はありません。
先代旧事本紀は、ニギハヤヒに随行した三十二神の一柱とし、新田部直の祖とします。新撰姓氏録は恩智神主の祖と伝えます。
物部氏系の一族とともに、広がったとみられます。
アメノイクタマの家系図と家族
アメノイクタマの性格と人物像
アメノイクタマは、話す神です。
人に憑き、名乗り、指示を出しました。陵に何を奉れ、どの方角を警戒せよ。きわめて実務的です。
神が戦場の情報を告げるという記録は、日本書紀のなかでも稀です。
名は「生きた霊」。物語のなかで生きているというより、現実の政治のなかで働いていた神です。八神殿に祀られ、全国の社に広がりました。信仰が実務と結びついていた姿を示しています。
アメノイクタマを祀る神社
この神を祀る社は、全国に散っています。
奈良県橿原市の生国魂神社、富山県南砺市の高瀬神社、島根県大田市の物部神社、福岡県北九州市の岡田宮などです。
宮中の八神殿にも祀られたと伝えられます。
石川県羽咋市の気多大社では、かつて祭神とされていました。物部氏系の一族の広がりとともに、名が各地へ伝わったとみられます。
石上神宮(いそのかみじんぐう)
二十二社
境内社の七座社の祭神に数える資料があるが、社が公表する七座にこの神の名はない。
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アメノイクタマが現代に残した痕跡
アメノイクタマの名は、壬申の乱の記録に残りました。
八神殿: 宮中の神祇官に置かれ、八柱を祀った。天皇の身体と魂を守るための施設。
壬申の乱: 六七二年の内乱。この神が高市県主許梅に憑いて託宣を下した。
八十島祭: 難波で行われた宮廷の祭。生島・足島の神とともに語られる。
アメノイクタマのご利益
武運長久
壬申の乱で官軍を守護すると告げたことによる。
延命長寿
名の「生きた霊」による。
アメノイクタマについてよくある質問
アメノイクタマとはどんな神様ですか。
日本書紀で生霊神と呼ばれる神です。壬申の乱の際、高市県主許梅に憑いて、陵への奉納や軍勢の来る方角を告げました。
事代主と同じですか。
別の神です。ただし壬申の乱の託宣では、同じ人物に高市社の事代主と身狭社の生霊神が同時に名乗ったと記されます。
祀っている神社はどこですか。
奈良県橿原市の生国魂神社、富山県の高瀬神社、島根県の物部神社、福岡県の岡田宮など全国に及びます。
アメノイクタマと併せて覚えたい言葉・用語
神世七代(かみよななよ)
天地の始まりに現れた七代の神々。最後がイザナギとイザナミ。