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日本神話

タケイオオトモヌシ(武居大伴主神)とは何の神様か|家系図と物語

武居大伴主神  / タケイオオトモヌシノカミ

大地 国津神

諏訪の先住神。洩矢神とともにタケミナカタに抗い、敗れて仕えた。

タケイオオトモヌシとは何の神様か

タケイオオトモヌシはひとことで言えばもうひとりの先住神です。洩矢神とともにタケミナカタに抗い、敗れて仕える者になりました。

武居会美酒(たけいえびす)武居夷神とも呼ばれます。

タケミナカタが踏み入る前に、進入者と妥協すべきだと洩矢神を説得しようとして怒りを買ったという話も伝えられます。

タケイオオトモヌシの漢字表記と読み方

読みは「たけいおおともぬし」です。「タケイ」は武居という地名、「オオトモ」は大伴「ヌシ」は主を指します。

武居は、いまの長野県諏訪郡下諏訪町の地名です。

別名の「会美酒(えびす)」は、、つまりえびすと同じ音です。

諏訪大社下社秋宮の裏手には武居恵比須社があります。ただし諏訪下社大祝武居祝系図は、武居恵比寿神をこの神とは別神でその御子神とします。

武居大伴主神(たけいおおともぬしのかみ)

一般に用いられる表記。

武居大友主神(たけいおおともぬしのかみ)

「伴」を「友」と書く例。

武居会美酒(たけいえびす)

別の呼び名。

武居夷神(たけいえびすのかみ)

別の呼び名。

タケイオオトモヌシの物語

  1. 洩矢神と並ぶ抵抗
  2. 妥協を説いた神
  3. 下社の神職の祖
  4. 蓼科山へ登る

洩矢神と並ぶ抵抗

諏訪の入諏神話で、抗った神は一柱ではありません。

洩矢神 ─ 鉄の鎰を持って争った。
タケイオオトモヌシ ─ ともに抗い、ともに敗れた。

二柱とも、のちにタケミナカタに仕える者になりました。

洩矢神の物語は文書に詳しく残りましたが、この神の記述はごく短いものです。

それでも、先住の神が複数いたと伝えられていること自体が重要です。諏訪の伝承は、進入を単純な一対一の争いとして語っていません。

妥協を説いた神

この神には、洩矢神とは違う一面が伝えられます。

タケミナカタが諏訪に踏み入る前、進入者と妥協すべしと洩矢神を説得しようとした。
しかし、洩矢神の怒りを買ってしまった。

戦う前に手を打とうとした神です。

結果として二柱とも敗れますが、この一節は諏訪の伝承に現実的な判断をする神を用意しています。

神話が英雄譚だけでできていないことを示す、貴重な記述といえます。

下社の神職の祖

敗れたあと、この神の子孫は神職になりました。

諏訪大社下社の神職のひとつ、武居祝(たけいほうり)。
それをつとめた今井氏の始祖とされる。

洩矢神が上社の神長官の祖であるのと、対応しています。

上社と下社、それぞれに敗れた側の子孫が神職として残っている形です。

諏訪大社は上社と下社に分かれ、社家も別に立てられました。二つの系統が、それぞれの先住神を祖として持ちました。

蓼科山へ登る

北佐久郡立科町の蓼科神社に、この神の伝えがあります。

武居夷神が諏訪大神に領土を譲ってから、蓼科山に登った。

蓼科山は標高二五三一メートル。八ヶ岳連峰の北端にそびえる山です。

土地を譲った神が、山へ移るという筋になっています。

佐久市望月の大伴神社も、名の似ることからこの神と結びつけられ、一説に祭神とされます。

諏訪から佐久へ、名が広がっていることが分かります。

タケイオオトモヌシの家系図と家族

タケイオオトモヌシのきょうだい: モリヤノカミともに諏訪の先住神ヤツカオともに諏訪の先住神

タケイオオトモヌシの性格と人物像

タケイオオトモヌシは、先に折れようとした神です。

戦う前に妥協を説き、聞き入れられずに戦い、敗れました。そして、勝った側に仕える神職の祖となりました。

洩矢神ほど大きく語られなかったのは、戦いの物語として弱いからかもしれません。

しかし現実の交渉としては、この神の判断のほうが理にかなっています。神話が拾わなかった知恵が、名だけの形で残った例です。

タケイオオトモヌシを祀る神社

この神にゆかりの社は、下諏訪町武居武居恵比須社です。諏訪大社下社秋宮の裏手にあります。

諏訪市中洲神宮寺の蛭子社(武居会美酒)は、上社の下十三所のひとつです。

付近には武居畑遺跡と武居城跡があります。佐久市望月の大伴神社も、一説にこの神を祭神とします。

諏訪大社 下社秋宮(すわたいしゃ しもしゃあきみや)

信濃国一宮

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諏訪大社 下社秋宮の住所: 長野県諏訪郡下諏訪町5828

諏訪大社 下社秋宮の御祭神: 建御名方神・八坂刀売神

諏訪大社 下社秋宮のご利益: 開運

裏手に武居恵比須社がある。この神の子孫が武居祝をつとめた。

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タケイオオトモヌシが現代に残した痕跡

タケイオオトモヌシの名は、武居という地名に残りました

武居: 長野県下諏訪町の地名。この神の名の由来。

武居祝: 諏訪大社下社の神職。今井氏がつとめ、この神を祖とした。

蓼科山: 八ヶ岳連峰北端の山。この神が登ったと伝えられる。

タケイオオトモヌシのご利益

商売繁盛

えびすの名と結びつけられたことによる。

土地守護

諏訪の先住神とされることによる。

タケイオオトモヌシについてよくある質問

タケイオオトモヌシとはどんな神様ですか。

諏訪地方の先住神です。洩矢神とともにタケミナカタに抗いましたが敗れ、仕える者になったと伝えられます。

洩矢神とはどんな関係ですか。

ともに抗った神です。ただしタケミナカタが踏み入る前に、進入者と妥協すべきだと洩矢神を説得しようとして怒りを買ったという話も伝えられます。

えびすと関係がありますか。

武居会美酒、武居夷神とも呼ばれます。ただし諏訪下社大祝武居祝系図は、武居恵比寿神を別神でこの神の御子神としています。