越後を開いた神。ニギハヤヒの子とされる。
天香山命とは何の神様か
天香山命の漢字表記と読み方
読みは「あめのかぐやま」です。
香具山(かぐやま)は、奈良にある大和三山のひとつです。天から降ってきた山とされ、神事に使う土や榊を採る、特別な山でした。
春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山
持統天皇のこの歌で知られます。
その山の名を持つ神が、越後へ渡ったという形になっています。
天香山命(あめのかぐやまのみこと)
彌彦神社での表記。
天香久山命(あめのかぐやまのみこと)
「久」を入れた表記。
手栗彦命(たくりひこのみこと)
別名。
天香山命の物語
越後へ渡る
神武天皇が大和を平定したあと、天香山命は越後の地を治めるよう命じられました。
弥彦の地に至り、住民に生活の技術を教えます。
海水から塩を作る
網を編んで魚を捕る
稲を育てる
武力ではなく、技術によって受け入れられたという伝えです。
新潟が米どころであることと結びつけて語られます。
弥彦山を神体とし、社殿は山を背に建てられました。
なぜ塩なのか
三つの技術のうち、塩が最初に挙げられているのには理由があります。
塩がなければ、食物を保存できない。
塩がなければ、人は生きられない。
古代において、塩は生命に直結する物資でした。
内陸では塩が手に入らず、塩の道と呼ばれる交易路が各地にありました。
新潟から長野へ塩を運んだ道は、いまも千国街道(塩の道)として残ります。塩を制する者が土地を制するという現実が、この伝承の背景にあります。
彌彦神社という社
彌彦神社は、新潟でもっとも古い社とされます。
越後国一宮。万葉集にも歌われる。
いや彦 おのれ神さび 青雲の たなびく日すら 小雨そほ降る
弥彦山は神が宿る山として、古くから畏れられていました。
参拝作法が独特で、二礼四拍手一礼です。四回手を打ちます。出雲大社や宇佐神宮と同じ形です。
山頂には御神廟があり、この神と妃の墓と伝えられます。
物部氏との関わり
天香山命はニギハヤヒの子とされます。つまりウマシマヂの兄弟にあたります。
ニギハヤヒ
├ ウマシマヂ ─ 物部氏の祖
└ 天香山命 ─ 越後へ
物部氏の系統が、越後にまで広がっていたことを示します。
物部氏は軍事と祭祀を担った一族で、その分布は全国に及びました。
弥彦の地には、物部氏に関わる地名がいくつか残ります。
天香山命の家系図と家族
天香山命の性格と人物像
天香山命は、教えた神です。
戦った記録がありません。塩を作り、魚を捕り、稲を育てる方法を伝えました。
土地を治めるのに、力ではなく技術を使ったという形です。
日本神話には、征服の物語が多くあります。そのなかで、この神の伝えは異質です。受け入れられた側の記憶が残ったものかもしれません。
弥彦山そのものが神体であることも、この神が土地と一体であることを示しています。
天香山命を祀る神社
天香山命を祀るのは、彌彦神社が中心です。越後国一宮にあたります。
社名は「いやひこ」と読みます。地名の弥彦村も同じ読みです。
参拝作法が二礼四拍手一礼という点が特徴で、出雲大社や宇佐神宮と同じ形です。理由ははっきりしていません。
弥彦山の山頂には御神廟があり、この神と妃の墓と伝えられます。
彌彦神社(いやひこじんじゃ)
越後国一宮
弥彦山を神体とする。万葉集に歌われた古社。
参拝作法は二礼四拍手一礼。
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天香山命が現代に残した痕跡
天香山命の名は、弥彦の地に残りました。
弥彦(やひこ): 新潟の地名。社名は「いやひこ」と読む。
塩の道: 内陸へ塩を運んだ交易路。新潟から長野への道は千国街道として残る。
天香具山: 奈良の大和三山のひとつ。神事の土や榊を採る特別な山。
天香山命のご利益
産業守護
塩・漁・稲作の技術を伝えたことによる。
五穀豊穣
稲作を教えたことによる。
海上安全
漁の技術を伝えたことによる。
天香山命についてよくある質問
天香山命とはどんな神様ですか。
越後国一宮の彌彦神社の祭神です。ニギハヤヒの子とされ、越後の住民に塩作り・漁・稲作を教えたと伝えられます。
なぜ四回手を打つのですか。
理由ははっきりしていません。彌彦神社の作法は二礼四拍手一礼で、出雲大社や宇佐神宮と同じ形です。
奈良の天香具山と関係がありますか。
名を共有しますが、直接の関係を示す記録はありません。天から降ったとされる特別な山の名を持つ神が越後へ渡ったという形になっています。