神武天皇の子。弟に位を譲り、祭祀を担った。
神八井耳命とは何の神様か
カムヤイミミはひとことで言えば位を譲った兄です。神武天皇の子にあたります。
父の死後、異母兄が位を狙ったとき、弟とともにこれを討とうとしました。しかしいざというとき手足が震えて矢を放てず、代わりに弟が討ち果たします。
「弟に及ばぬ者が位に就くべきではない」と言って弟に位を譲り、自らは神を祀る役に退きました。
神八井耳命の漢字表記と読み方
読みは「かむやいみみ」です。「カム」は神、「ミミ」は尊称にあたります。
「ミミ」は、アメノオシホミミやタギシミミなど、古い時代の皇族の名に多く見られる語尾です。耳の字を当てますが、耳そのものを指すとはかぎりません。
「ヤイ」については定説がありません。八井(多くの井戸)とする説などがあります。
弟の名はカムヌナカワミミで、こちらも「ミミ」を含みます。
神八井耳命(かむやいみみのみこと)
古事記・日本書紀に共通する表記。
神八井命(かむやいのみこと)
略した表記。
神八井耳命の物語
兄が位を狙う
神武天皇が亡くなったあと、タギシミミが位を狙いました。
タギシミミは、神武天皇が日向にいたころの子で、異母兄にあたります。
母である皇后を娶り、三人の弟を殺そうとした。
危険を知った母ヒメタタライスズヒメは、歌でそれを子たちに伝えます。
狭井河よ 雲立ち渡り 畝火山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす
風が吹こうとしている、つまり異変が起きるという警告でした。
手足が震えて放てない
兄弟は、タギシミミを討つことにしました。カムヤイミミが武器を取ります。
ところが、いざその場に至ると、
手足わななきて、え殺さざりき。
手足が震えて、殺すことができませんでした。
弟のカムヌナカワミミが武器を受け取り、討ち果たします。
英雄が失敗する場面を、記紀がここまではっきり書くのはめずらしいことです。しかもそれは、次に続く展開のために必要でした。
弟に位を譲る
討ち終えたあと、カムヤイミミは弟に言いました。
吾は仇を殺すこと能はず。汝命は既に仇を殺すこと得たり。故、吾は兄なれども上となるべからず。
私は敵を殺せなかった。おまえは殺せた。だから兄であっても上に立つべきではない、という意味です。
そして弟に位を譲り、自らは神を祀る役に退きました。弟が二代綏靖天皇です。
実力で位が決まり、退いた側は祭祀に回る。政治と祭祀が分かれる形の起点として語られています。
多くの氏族の祖
カムヤイミミは、多(おお)氏をはじめ多くの氏族の祖とされます。
意富臣・小子部連・坂合部連・火君・大分君・阿蘇君・筑紫の三家連・雀部臣…
古事記は19の氏族を挙げます。
位を譲った側が、これほど多くの一族の祖になっている点は注目されます。
多氏は、古事記の編者太安万侶を出した一族ともされます。歴史を書いた側の祖であることが、記述の厚さに関わっているという見方もあります。
神八井耳命の家系図と家族
神八井耳命の親: ヒメタタライスズヒメ・健磐龍命・神武天皇
神八井耳命のきょうだい: オオキビノモロススミともに欠史の系譜に立つ
神八井耳命の性格と人物像
カムヤイミミは、引いた人です。
手が震えて敵を討てませんでした。そのことを隠さず、自分から位を辞退しています。
失敗を認めて退くという行いが、この人物のすべてです。
そして退いた先が祭祀でした。武で劣る者が神を祀る側に回るという形は、日本の権力の分かれ方をよく表しています。
多くの氏族がこの人物を祖と称したことを考えると、退いたことが失敗として扱われていないことが分かります。
神八井耳命を祀る神社
カムヤイミミを祀る社は、この人物を祖とする氏族の地に分布します。
奈良の多神社(おおじんじゃ)が代表で、多氏の氏神にあたります。
熊本の阿蘇君、大分の大分君など、九州にもこの人物を祖と称する氏族が多くいました。古事記が挙げる19氏族の分布は、広い範囲に及びます。
神八井耳命が現代に残した痕跡
カムヤイミミの名は、氏族の系譜に残りました。
多氏: 古事記の編者・太安万侶を出したとされる氏族。この人物を祖とする。
阿蘇君: 阿蘇神社の神職を務めた氏族。同じくこの人物を祖とする。
神八井耳命のご利益
厄除け
祭祀を担った神とされることによる。
学業成就
記録を担った多氏の祖とされることによる。
神八井耳命についてよくある質問
カムヤイミミとはどんな神様ですか。
神武天皇の子です。異母兄を討とうとした際に手足が震えて果たせず、討ち果たした弟に位を譲って祭祀の役に退きました。
なぜ位を譲ったのですか。
「敵を殺せなかった自分は、兄であっても上に立つべきではない」と自ら述べたと古事記が記しています。
子孫はどうなったのですか。
多氏をはじめ19の氏族の祖とされます。多氏は古事記の編者・太安万侶を出したとされる一族です。