フトダマの孫。橿原宮を造営し、阿波から房総へ渡って開拓した。
アメノトミとは何の神様か
アメノトミはひとことで言えば移民を率いた神です。フトダマの孫で、忌部氏の祖の一柱にあたります。
神武の東征では、讃岐忌部・紀伊忌部を率いて橿原の御殿を建てました。
さらに阿波忌部を率いて阿波国で麻を植え、そこから東国へ渡って房総半島を開きました。地名の由来が、その道筋にそのまま残っています。
アメノトミの漢字表記と読み方
読みは「あめのとみ」です。「アメノ」は天の、「トミ」は富を指します。
天の豊かさという、そのままの名です。
実際にこの神が行ったのは、麻と穀を植えて土地を豊かにすることでした。
名と事績が一致している例です。祖父はフトダマ、父は天櫛耳命、子は弥麻爾支命と伝えられます。
天富命(あめのとみのみこと)
古語拾遺での表記。
天冨命(あめのとみのみこと)
「富」を「冨」と書く例。
アメノトミの物語
橿原の宮を建てる
神武の東征にあたって、この神は建築を担いました。
手置帆負命とヒコサシリの孫、讃岐忌部と紀伊忌部を率いる。
紀伊の国の材木を伐り、畝傍山の麓に橿原の御殿を建てた。
さらに斎部の諸氏を率い、神宝を作らせます。
鏡、玉、矛、楯、木綿、麻。
櫛明玉命の孫である出雲玉作氏が、御祈玉を作りました。
新しい王の宮を建て、祭りの道具をそろえる。即位の準備一式を取り仕切ったのが、この神です。
阿波から房総へ
宮を建てたあと、この神は土地を探して移動します。
アメノヒワシの孫である阿波忌部を率い、肥沃な土地を求めて阿波国へ。
穀と麻の種を植えた。その郡の名が麻殖(おえ)となった。
さらに阿波忌部を分けて、東国へ向かいました。
麻と穀を播き植え、良い麻が育った国を総(ふさ)国と呼んだ。
穀の木が育った所を結城郡、阿波忌部が住んだ所を安房郡と呼ぶようになったと古語拾遺は記します。
阿波の一族が移った先だから安房。地名の由来が、そのまま移住の記録になっています。
地名が語る移住
この神の話の面白さは、地名が証拠になっている点にあります。
阿波(徳島県) → 安房(千葉県南部)。
麻が育った国 → 総国(上総・下総)。
穀の木 → 結城郡(茨城県)。
四国から房総へ、海を渡って人が移り住んだ。その記憶が、地名として残っています。
千葉県館山市の安房神社は、この神が祖父フトダマを祀ったのが起こりと伝えられます。
布良崎神社はこの神の上陸地と伝え、遠見岬神社にも名が残ります。神話が、実際の航路と重なっている例です。
忌部氏という一族
この神が率いたのは、忌部氏という一族です。
中臣氏 ─ 祝詞を唱える。
忌部氏 ─ 祭りの道具を作る。
二つの氏族が、朝廷の祭祀を分担していました。
しかし平安時代に入ると、忌部氏は中臣氏に押されて力を失います。
古語拾遺は、大同二年(八〇七年)に斎部広成が書いた書です。忌部氏の功績が正しく扱われていないと訴える内容で、この神の事績も、そのなかで大きく語られます。
不遇を訴えるために書かれた書が、房総開拓の記録を残したことになります。
アメノトミの家系図と家族
アメノトミの性格と人物像
アメノトミは、動き続けた神です。
紀伊で木を伐り、大和で宮を建て、阿波で麻を植え、房総へ渡ってまた植えました。戦っていません。祈ってもいません。ひたすら手を動かし、土地を開いています。
その足跡が、いまも地名として残っています。
阿波と安房、総国と結城。日本神話のなかで、これほど地図の上を実際に移動した神は多くありません。忌部氏という技術者集団の記憶が、そのまま神の姿になっています。
アメノトミを祀る神社
この神にゆかりの社は、房総半島に集まります。
千葉県館山市の安房神社は、この神が祖父フトダマを祀ったのが起こりと伝えられ、安房国一宮です。
布良崎神社はこの神の上陸地と伝え、遠見岬神社にも名が残ります。
阿波国(徳島県)にも忌部氏ゆかりの社があり、麻殖という古い郡名がその跡を示しています。
アメノトミが現代に残した痕跡
アメノトミの名は、地名に残りました。
安房: 千葉県南部の旧国名。阿波忌部が住んだことによるとされる。
総国: 上総・下総の古い呼び名。良い麻が育った国の意とされる。
麻殖: 徳島県の古い郡名。麻を植えたことによるとされる。
古語拾遺: 斎部広成が大同二年に書いた書。この神の事績を伝える。
アメノトミのご利益
産業繁栄
麻と穀を植えて土地を開いたことによる。
開拓
阿波から房総へ渡った伝えによる。
建築守護
橿原の御殿を建てたことによる。
アメノトミについてよくある質問
アメノトミとはどんな神様ですか。
フトダマの孫で、忌部氏の祖の一柱です。神武の東征で橿原の御殿を建て、のちに阿波から房総へ渡って土地を開いたと伝えられます。
安房という地名との関係は何ですか。
この神が率いた阿波忌部が住んだ土地なので安房と呼ばれるようになった、と古語拾遺は記します。四国の阿波から移り住んだ跡とされます。
どの書に記されていますか。
古語拾遺と先代旧事本紀です。古事記と日本書紀には名が見えません。