神武に剣を届けた熊野の人物。夢のお告げで動いた。
タカクラジとは何の神様か
タカクラジの漢字表記と読み方
読みは「たかくらじ」です。「タカクラ」は高い倉、「ジ(下)」は〜のもとを指すとされます。
高床式の倉を管理する者という意味に読めます。
古代において、倉は富そのものでした。稲を蓄え、宝を納める場所です。
倉を守る立場の人物が、天から降された剣を受け取ったという構成になっています。
高倉下(たかくらじ)
古事記・日本書紀に共通する表記。
高倉下命(たかくらじのみこと)
「命」を付けた表記。
タカクラジの物語
熊野で軍が倒れる
紀伊半島を回り込んだ神武天皇の軍は、熊野に上陸しました。
そこで大きな熊が現れて、すぐに消えます。
その毒気に当てられ、神武天皇も兵もみな倒れ伏した。
進むことも退くこともできなくなりました。
東征最大の危機です。長兄イツセはすでに亡く、軍は全滅寸前でした。
そのとき、熊野のタカクラジが現れます。
倉の屋根に穴を開けて
前夜、タカクラジは夢を見ていました。
アマテラスがタケミカヅチに言います。
葦原中国?は、たいそう騒がしい。おまえが降って平定せよ。
タケミカヅチは答えました。
我が降らずとも、国を平らげた剣がございます。この剣を降しましょう。
そしてタカクラジに告げます。
汝の倉の屋根に穴を開けて、そこから落とし入れる。
朝、倉を開けると、本当に剣が床に突き立っていました。
兵が起き上がる
タカクラジがその剣を神武天皇に献じると、
神武天皇は目覚め、「長く寝ていたものだ」と言った。
剣を受け取った途端、熊野の荒ぶる神は自然に斬り倒され、倒れていた兵はみな起き上がりました。
武器を振るったのではありません。手にしただけです。
この剣が布都御魂(ふつのみたま)です。タケミカヅチが国譲り?で用いたものでした。
剣そのものに力があるという考え方が、はっきり示されています。
道具が人を救う
この場面のあと、神武天皇の軍はヤタガラスに導かれて大和へ入ります。
剣を得る → 兵が起きる → 烏が道を示す → 大和へ
危機のたびに、神から物か使者が降されるという形が繰り返されます。
タカクラジは、その最初の受け渡し役です。
自ら戦ったわけでも、策を立てたわけでもありません。夢のとおりに倉を開けただけです。
しかしそれがなければ、東征はそこで終わっていました。
タカクラジの家系図と家族
タカクラジのきょうだい: 八咫烏ともに東征を助ける
タカクラジの性格と人物像
タカクラジは、受け取って渡した人です。
武功もなく、知略もありません。夢を見て、倉を開けて、剣を差し出しました。
それだけで、全滅寸前の軍が立ち直りました。
熊野という土地の人間であることも重要です。現地の協力者が、天からの品を仲介する形になっています。
征服される側にいた者が、征服する側を助ける。日本神話に繰り返し現れる型です。
タカクラジを祀る神社
タカクラジを祀るのは、和歌山県新宮市の神倉神社などです。熊野速玉大社の摂社にあたります。
ゴトビキ岩という巨岩を神体とし、538段の石段を登ります。
天香山命と同一とする説があるため、越後の彌彦神社とも関わりが指摘されます。
神倉神社(かみくらじんじゃ)
熊野速玉大社の摂社
高倉下命を祀る社。ゴトビキ岩を神体とし、538段の石段を登る。
周辺の宿をさがす
石上神宮(いそのかみじんぐう)
大和国二宮
この人物を祀る社ではない。この人物が届けた剣、布都御魂のゆかりで載せている。
明治7年の発掘で剣が出土した。
周辺の宿をさがす
タカクラジが現代に残した痕跡
タカクラジの物語は、熊野の地に残りました。
神倉神社: 和歌山県新宮市。巨岩を神体とし、この人物にゆかりがあるとされる。
布都御魂: この人物が神武天皇に届けた剣。石上神宮の御神体。
タカクラジのご利益
厄除け
毒気を払った剣にゆかりの人物であることによる。
病気平癒
倒れた兵を起き上がらせた伝えによる。
所願成就
夢のお告げに従って成し遂げたことによる。
タカクラジについてよくある質問
タカクラジとはどんな人物ですか。
神武東征で軍が熊野の毒気に倒れたとき、夢のお告げに従って剣を届けた人物です。その剣が布都御魂です。
なぜ剣を持っていたのですか。
タケミカヅチが夢に現れ、「倉の屋根に穴を開けて剣を落とす」と告げたためです。朝、倉を開けると本当に剣がありました。
天香山命と同じ人物ですか。
同一とする説がありますが、確定していません。その場合はニギハヤヒの子にあたり、越後を開いた神と同じことになります。
タカクラジと併せて覚えたい言葉・用語
葦原中国(あしはらのなかつくに)
高天原と黄泉の国の間にある地上の世界。のちの日本の国土にあたる。
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。