神武天皇を熊野から大和へ導いた三本足の烏。
八咫烏とは何の神様か
八咫烏は、神武東征で熊野から大和へ向かう道を導いた大きな烏です。古事記では高木大神、日本書紀では天照大神が遣わす形で伝えられます。
記紀本文は足の数を書きません。現在よく知られる三本足の姿は、中国の太陽に棲む三足烏の図像などが重なって定着したものです。日本サッカー?協会のシンボルも、八咫烏と中国由来の三本足烏の両方を踏まえています。
八咫烏の漢字表記と読み方
読みは「やたがらす」です。「咫(あた)」は長さの単位で、手を広げた幅を指します。
「八咫」は八つ分ではなく、とても大きいことを表す言い方です。八咫鏡・八尺瓊勾玉の「八」と同じ使い方です。
三本足という姿は、記紀には書かれていません。中国の三足烏(太陽に住む烏)の影響で、後世に定着したとされます。
八咫烏(やたがらす)
「咫」は長さの単位。八咫で「大きい」ことを表す。
頭八咫烏(やたがらす)
日本書紀での表記。
八咫烏の物語
古事記と日本書紀で誰が遣わしたか
八咫烏はなぜ三本足なのか
八咫の「咫」は長さの単位で、八咫は大きさを強調する表現です。三本足という意味ではありません。古事記・日本書紀にも足の数はありません。
中国古典には太陽の中に三足烏がいるという伝承があり、その図像が日本の八咫烏と重なったと考えられます。
八咫烏の正体と建角身命
新撰姓氏録では鴨建角身命が大烏となって神武天皇を導いたとし、八咫烏の名の由来を語ります。この系譜から八咫烏を建角身命と同一視する信仰があります。
一方、記紀の東征本文では烏の個人名やその後を詳しく記しません。後代の氏族系譜と記紀本文を分けます。
日本サッカー協会のマークになった経緯
JFA公式によると、三本足烏のシンボルは内野台嶺らの発案を彫刻家の日名子実三がまとめ、1931年に採用されました。神武東征の八咫烏だけでなく、中国古典の三足烏も由来として説明されています。
中村覚之助が熊野出身だから採用された、という説明をJFA公式の採用経緯としては用いません。
八咫烏の家系図と家族
八咫烏のきょうだい: タカクラジともに東征を助ける
八咫烏の性格と人物像
八咫烏は、役目だけの存在です。
名も、性格も、その後も語られません。神武を導くという一点のためだけに現れ、消えます。
それでいて、日本神話の中でもっとも視覚的に知られた存在のひとつになりました。三本足という後世の造形が、それを決定づけています。書かれていないものが、書かれたもの以上に記憶された例です。
八咫烏を祀る神社
八咫烏を祀る社は、熊野を中心に分布します。
熊野三山(本宮・速玉・那智)の神使とされ、社紋に用いられています。那智大社の境内には御縣彦社(みあがたひこしゃ)があり、八咫烏を祀ります。
各地の熊野神社にも、八咫烏の意匠が見られます。
八咫烏神社(やたがらすじんじゃ)
式内小社
八咫烏と同一視される建角身命を主祭神とし、宇陀の導きの地に鎮座する。
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八咫烏が現代に残した痕跡
八咫烏の姿は、紋章に残りました。
日本サッカー協会のシンボル: 三本足の烏がボールを押さえる意匠。導きの象徴とされる。
熊野三山の社紋: 八咫烏を神使とし、社紋に用いる。
烏牛王宝印: 熊野で授与される護符。烏の文字を組み合わせて描かれる。
八咫烏のご利益
導き・開運
道に迷った神武を導いたことによる。
交通安全
道案内の役から。
勝運
熊野の社で、勝負事の祈願先とされる。
八咫烏についてよくある質問
八咫烏は古事記で三本足ですか。
いいえ。記紀に足の数は書かれません。三本足は中国の太陽の三足烏などの影響で後世に定着した図像です。
八咫烏を遣わした神は誰ですか。
古事記では高木大神、日本書紀では天照大神です。資料により派遣者の記述が異なります。
なぜ日本サッカー協会のシンボルなのですか。
内野台嶺らの発案を日名子実三がデザインにまとめ、1931年に採用されました。JFAは八咫烏と中国の三足烏の双方を由来として説明しています。
八咫烏の「八咫」は体長が八咫という意味ですか。
八咫は文字どおりの実測値というより、大きい・立派であることを表す表現と解されます。古典は巨大な烏として道案内の役割を描き、具体的な翼長や体長は示しません。
八咫烏は天照大神の使いですか、高木大神の使いですか。
資料で異なります。古事記では高木大神が遣わし、日本書紀では天照大神が遣わします。どちらか一方を唯一の設定にせず、神武東征を伝える資料差として示します。
熊野本宮大社と八咫烏神社は同じ神社ですか。
別の神社です。熊野本宮大社では八咫烏を導きの象徴として尊び、奈良県宇陀市の八咫烏神社は建角身命を祭神とする式内社です。名称と伝承上の関係を区別します。
八咫烏と併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。