剣そのものを神とした存在。石上神宮の主祭神。
布都御魂とは何の神様か
布都御魂の漢字表記と読み方
読みは「ふつのみたま」です。「フツ」は物を断ち切る音、「ミタマ」は御魂を指します。
剣が物を断つときの音が、そのまま名になっています。
フツヌシの「フツ」と同じ語です。
「ミタマ」が付くことが重要です。物そのものではなく、そこに宿る霊を指します。
剣に魂が宿るという考え方が、名にはっきり出ています。
布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)
石上神宮での表記。
韴霊(ふつのみたま)
日本書紀での表記。
佐士布都神(さじふつのかみ)
古事記が記す別名。
布都御魂の物語
国譲りで使われた剣
タケミカヅチは、出雲へ降ったとき剣を波の上に逆さに突き立て、その切っ先にあぐらをかいて座りました。
威圧するための所作です。
そしてオオクニヌシに国譲りを迫ります。
このとき用いた剣が、布都御魂とされます。
国を平定した剣として、以後この剣自体が力を持つものと扱われました。
武器が神格を得る過程が、ここから始まります。
倉の屋根から落ちる
神武東征で、軍が熊野の毒気に倒れました。
タケミカヅチはアマテラスにこう答えます。
我が降らずとも、国を平らげた剣がございます。この剣を降しましょう。
自分が行かずに、剣だけを送るというのです。
剣はタカクラジの倉の屋根を破って落とされ、神武天皇に献じられました。
神武天皇が手にすると、荒ぶる神は自然に斬り倒され、兵はみな起き上がりました。
振るってはいません。持っただけです。
石上神宮に納まる
この剣は、長く宮中に置かれていました。
崇神天皇の代、伊香色雄命がこれを石上(いそのかみ)の地に移して祀ります。
石上神宮の始まりです。
以後、この社は朝廷の武器庫を兼ねました。
剣を神として祀る。同時に、武器を納める。
物部氏が軍事と祭祀の両方を担ったことが、この社の性格に表れています。
実際に出土する
石上神宮には、長く本殿がありませんでした。拝殿の奥は禁足地で、誰も立ち入れませんでした。
明治7年(1874年)、大宮司の菅政友がこの禁足地を発掘します。
実際に、剣が出土しました。
全長約85センチの内反りの大刀です。
これを御神体として、明治43年に本殿が建てられました。
神話に記された物が、地中から出てきたという、きわめてめずらしい例です。
布都御魂の家系図と家族
布都御魂の性格と人物像
布都御魂は、物でありながら主祭神である存在です。
意思も物語もありません。しかし触れただけで軍を立ち直らせたと記されます。
使う者の力ではなく、剣自体の力として書かれている点が重要です。
日本では、優れた道具に魂が宿るとされてきました。天鳥船も同じ系統です。
そして、実際に出土しました。神話と物質が一致した、数少ない例です。
布都御魂を祀る神社
布都御魂を祀るのは、奈良の石上神宮です。大和国二宮にあたります。
日本最古級の神宮とされ、伊勢神宮と並んで「神宮」の号を古くから用いてきました。
境内には鶏が放し飼いにされています。鶏は神の使いとされ、夜明けを告げる鳥として神事に関わってきました。
七支刀(しちしとう)という国宝も、この社が所蔵しています。
石上神宮(いそのかみじんぐう)
大和国二宮
明治7年の発掘で実際に出土した剣を御神体とする。日本最古級の神宮。
境内に鶏が放し飼いにされている。
周辺の宿をさがす
布都御魂が現代に残した痕跡
布都御魂は、実物として残りました。
出土した剣: 明治7年の禁足地発掘で見つかった全長約85センチの大刀。御神体。
七支刀: 石上神宮所蔵の国宝。六本の枝が出た特異な形の刀。
フツ: 物を断ち切る音。フツヌシの名にも含まれる同じ語。
布都御魂のご利益
厄除け
毒気を払い、荒ぶる神を斬ったことによる。
病気平癒
倒れた兵を起き上がらせた伝えによる。
武運長久
国を平定した剣であることによる。
布都御魂についてよくある質問
布都御魂とはどんな神様ですか。
剣そのものを神とした存在です。タケミカヅチが国譲りで用い、神武東征ではタカクラジを通じて神武天皇に届けられました。
本当に剣が出てきたのですか。
明治7年、石上神宮の禁足地を発掘したところ、全長約85センチの大刀が出土しました。いま御神体として祀られています。
フツヌシとは同じですか。
別の存在ですが、「フツ」という同じ語を名に持ちます。どちらも剣が物を断つ音に由来します。
布都御魂と併せて覚えたい言葉・用語
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。