日本書紀に記される地震の神。名も出自も伝わらない。
ナイノカミとは何の神様か
ナイノカミはひとことで言えば名前を持たない地震の神です。日本書紀の推古天皇紀に、一度だけ記されます。
推古天皇七年(五九九年)の夏、大和地方を中心とする大地震があり、その後、諸国にこの神を祀らせたとあります。
「なゐ」は地震を指す古い語です。つまりこれは固有の名ではなく、神格を表した言い方にすぎません。
ナイノカミの漢字表記と読み方
読みは「なゐのかみ」、いまは「ないのかみ」と書かれます。
「ナ」は大地・地を意味します。「ヰ」は居るの意とされ、あわせて大地が動くことを指しました。
オオナムヂやスクナヒコナの「ナ」も、同じく地を意味するとされます。
古代の人は、地震を「なゐふり」と呼びました。宮城県・九州南部・沖縄では、いまも地震を「なゐ」と呼ぶ地域があるとされます。
地震神(なゐのかみ)
日本書紀での表記。
ないの神(ないのかみ)
現代の書き方。
なゐふり(なゐふり)
古代に地震を指した言い方。
ナイノカミの物語
推古七年の地震
日本書紀は、こう記します。
推古天皇七年、夏。大和地方を中心とする大地震があった。
その後、諸国に地震神を祀らせた。
これは、日本で文献に残るもっとも古い地震の記録のひとつです。
注目すべきは、朝廷が対応した内容です。堤を築くのでも、家を建て直すのでもなく、神を祀らせました。
災害に対して祭祀で応じるという考え方が、この時代にすでに制度として働いていたことが分かります。
名がない理由
この神には、固有の名がありません。
「なゐ」は地震そのものを指す語。
つまり「地震の神」と言っているだけです。
同じ形の言い方に、野の神、海の神があります。
出自も、系譜も、どの神の子かも記されていません。
祀るべき対象を急いで定めた結果とみることができます。大地震が起きた。誰かを祀らなければならない。しかし誰を祀るべきか決まっていない。そこで現象そのものを神とした、という順序です。
要石とタケミカヅチ
後世、地震の神といえばタケミカヅチとされるようになります。
鹿島神宮の要石(かなめいし)が、地下の大鯰を抑えている。
しかし、記紀にタケミカヅチと地震を結びつける記述はありません。
要石の伝えが広まるのは、はるかに後の時代です。江戸時代には、地震のたびに鯰絵が刷られ、鹿島の神が鯰を押さえる図が売られました。
もとの「なゐの神」は名を持たなかったため、名のある神に置き換えられていったことになります。
名居神社
この神を祀ったとされる社が、いまも残っています。
名居神社 ─ 三重県名張市。式内社。
社名の「名居(ない)」が、そのまま地震を指す語です。
伊賀国における「なゐの神」の社であったとされます。
現在の主祭神は大己貴命です。もとの神が名を持たなかったため、後世に別の神が当てられました。
地主神系の神とする説や、陰陽道系の神とする説もあります。正体が定まらないまま、社だけが残った形です。
ナイノカミの家系図と家族
ナイノカミのきょうだい: ハニヤスビコ・ハニヤスビメともに土と大地の神
ナイノカミの性格と人物像
ナイノカミは、災害そのものです。
姿がありません。名もありません。系譜もありません。大地が揺れるという出来事が、そのまま神と呼ばれました。
しかし、祀れという命令だけは記録に残りました。
千四百年前の人々が、揺れる大地に対してできることは祈るしかありませんでした。その切実さが、名を持たない神という形で日本書紀に刻まれています。地震の多い国の、もっとも古い記憶といえます。
ナイノカミを祀る神社
この神を祀ったとされるのは、三重県名張市の名居神社です。式内社にあたります。
社名の「名居」が、地震を指す「なゐ」と同じ音です。
伊賀国における地震神の社であったと考えられています。ただし現在の主祭神は大己貴命で、もとの神が名を持たなかったため、後世に別の神が当てられました。
ナイノカミが現代に残した痕跡
ナイノカミの名は、地名と方言に残りました。
なゐふり: 古代に地震を指した言い方。「なゐ」が揺れること。
名居神社: 三重県名張市の式内社。社名が「なゐ」に由来する。
要石: 鹿島神宮の石。地下の大鯰を抑えているとされる。
ナイノカミのご利益
厄除け
地震を鎮める神として祀られたことによる。
国土安泰
大地の動きを司ることによる。
ナイノカミについてよくある質問
ナイノカミとはどんな神様ですか。
日本書紀の推古天皇紀に記される地震の神です。推古七年の大地震のあと、諸国に祀らせたとあります。
名前はないのですか。
「なゐ」は地震を指す語なので、これは固有の神名ではありません。「野の神」「海の神」と同じく神格を表した言い方です。
タケミカヅチと同じですか。
別です。鹿島神宮の要石が地震を抑えるという伝えから後世に結びつけられましたが、記紀にタケミカヅチと地震を結ぶ記述はありません。