オオクニヌシの兄たち。弟を二度殺し、のちに追放された。
八十神とは何の神様か
八十神の漢字表記と読み方
読みは「やそがみ」です。「八十」は具体的な数ではなく、多いことを表します。
八百万(やおよろず)の「八」と同じ使い方です。日本語の古い数え方では、八が多数を表す基準になっていました。
八十神(やそがみ)
古事記での表記。「八十」は数の多さを表す。
八十神の物語
求婚に敗れる
八十神は、因幡の八上比売に求婚するため出かけました。
末弟のオオクニヌシには袋を負わせ、従者として従わせます。
ところが姫は、途中で兎を助けたオオクニヌシを選びました。
我は汝等の言は聞かじ。大穴牟遅神に嫁がむ。
八十神は激怒します。兄弟殺しは、ここから始まります。
二度殺す
八十神は謀って弟を殺しました。
一度目 ─ 伯耆の山で「赤い猪を捕らえよ」と告げ、火で焼いた大石を転がした。抱きとめたオオクニヌシは焼け死ぬ。
二度目 ─ 大木に切れ目を入れて楔を打ち、中に入らせて楔を抜いた。挟まれて死ぬ。
二度とも母が泣いて願い、生き返りました。キサガイヒメ・ウムギヒメが蘇生させたのは一度目です。
追い払われる
母は弟を木の国へ逃がし、さらに根の国?のスサノオのもとへ送りました。
スサノオの試練を越えて戻ったオオクニヌシは、生大刀・生弓矢を手にしています。
その大刀と弓矢で、八十神を追ひ避けよ。
スサノオの言葉どおり、八十神は坂の裾や河の瀬に追い払われました。ここでオオクニヌシは国作りを始めます。
兄弟の争いを終えることが、国作りの前提になっている構成です。
八十神は本当に80柱いるのか
「八十神」は、80柱を一柱ずつ数えた名簿ではありません。古語の八十(やそ)は数の多さを表す表現で、古事記にも個々の兄神の名は列挙されません。
このため「八十神の名前一覧」を作ることはできません。本文から確実に分かるのは、オオクニヌシの兄弟たちをまとめた呼称であり、集団で因幡へ向かい、求婚に敗れて弟を迫害したことです。
ゲームや作品の八十神と古事記を分ける
検索サジェストにはゲーム名や学校名など、神話と無関係な「八十神」が多く混ざります。古事記の八十神は固有名を持つ一柱の神ではなく、オオクニヌシの兄弟集団です。
固有の一柱ではない
具体的な人数は不明
個々の名前も本文にはない
この三点を先に押さえると、創作上のキャラクター設定と古典の記述を混同せずに済みます。
八十神の家系図と家族
八十神の性格と人物像
八十神は、個人としての名を持たない神々です。
一柱ずつの名前はなく、常に集団として動きます。求婚し、怒り、殺し、追われる。役割だけが与えられた存在です。
日本神話で、明確な悪役として描かれる数少ない例でもあります。それでいて滅ぼされたわけではなく、追い払われただけという点も特徴です。
八十神を祀る神社
八十神は古事記でオオクニヌシを迫害する集団として描かれます。今回確認した資料では、八十神そのものを祭神とする代表社を確定できませんでした。
八重垣神社の主祭神はスサノオとクシナダヒメであり、八十神の記事の関連神社として置く根拠にはなりません。物語の舞台と祭神を混同せず、確認できないご利益も設定しません。
八十神が現代に残した痕跡
八十神の名は、数の言い方に残りました。
「八十(やそ)」: 数が多いことを表す古い言い方。八百万の「八」と同じ使い方。
八十神のご利益
八十神は古事記でオオクニヌシを迫害する集団です。今回確認した資料では、祭祀に基づく具体的なご利益を確定できないため、「追い払われたから厄除け」のような逆算は行いません。神話に登場することと、祈願対象として信仰されることは別です。
八十神についてよくある質問
八十神とは誰ですか。
オオクニヌシの兄たちをまとめて呼ぶ名です。「八十」は具体的な数ではなく、多いことを表します。
なぜオオクニヌシを殺したのですか。
因幡の八上比売が、八十神ではなくオオクニヌシを選んだためです。激怒して二度殺しましたが、二度とも母の願いで生き返りました。
八十神はその後どうなったのですか。
スサノオから太刀と弓を得たオオクニヌシに追い払われたと古事記が記します。以後、オオクニヌシが国を治めることになります。
八十神は80人の神ですか。
80柱と確定しているわけではありません。「八十」は数が多いことを表す古い言い方で、古事記は個々の名前や正確な人数を示していません。
八十神にご利益はありますか。
古事記ではオオクニヌシを二度殺す迫害者として描かれます。確認できる代表的な祭祀やご利益がないため、厄除けなどを物語から推測して設定していません。
八十神と併せて覚えたい言葉・用語
根の国(ねのくに)
地の底にあるとされる国。スサノオが最終的に治める。黄泉の国と同一視されることもある。