出雲国風土記の恋山の女神。慕うサメを石で拒んだ。
タマヒメとは何の神様か
タマヒメはひとことで言えば川を塞いだ女神です。出雲国風土記の仁多郡の条に、一度だけ登場します。
阿伊の村に住んでいたこの女神を、サメが恋い慕って川を遡ってきました。
嫌がった女神が石で川を塞いだため、サメは会えなくなりました。ゆえにこの山を恋山というと記されます。
タマヒメの漢字表記と読み方
読みは「たまひめ」です。「タマ」は玉、「ヒメ」は女神を指します。
神名の「玉」は、古来女神の巫女的な性格を表したとされます。
そこから、恋山の女神が山の神の巫女として信仰されていたとする説もあります。
玉日女命(たまひめのみこと)
出雲国風土記での表記。
タマヒメの物語
サメが川を遡る
出雲国風土記の記述は、ごく短いものです。
玉日女命は仁多郡の阿伊の村に住んでいた。
玉日女を恋い慕ったサメが、川を遡ってやってきた。
これを嫌がった玉日女命が石で川を塞いでしまったので、サメは会うことができなくなった。
ゆえにこの山を恋山(したいやま)という。
サメが川を遡るという設定に注目すべきです。
出雲では、サメをワニと呼びました。因幡の白兎に出てくる和邇も同じです。
海の生き物が内陸まで来るという話は、海と山を結ぶ道の記憶かもしれません。
拒む女神
この話の特徴は、女神が拒むことにあります。
慕われる。→ 嫌がる。→ 石で川を塞ぐ。
求婚を受け入れる女神が多いなかで、はっきり拒む姿は印象的です。
しかも、力ずくで道を断ちました。石で川を塞ぐという行いは、土木工事でもあります。
イワナガヒメが返され、ヤガミヒメが去るように、日本神話の女神には受け身の例が目立ちます。この女神は、そのなかで自ら行動した数少ない例です。
鬼の舌震
恋山は、いまも景勝地として知られます。
鬼の舌震(おにのしたぶるい) ─ 島根県仁多郡奥出雲町。島根県の名勝。
「したぶるい」は、「したう(慕う)」が転じたものとされます。
サメが女神を慕ったことに由来する名が、鬼の舌という字に当てられました。
斐伊川の支流である大馬木川が刻んだ峡谷で、巨岩が連なります。女神が塞いだ石が、そのまま景色になっているという読み方もできます。
約二キロメートルの遊歩道が整備されています。
仁多という土地
この女神が住んだ仁多郡は、特別な土地です。
いまの島根県仁多郡奥出雲町。
たたら製鉄の中心地。
斐伊川の上流にあたり、ヤマタノオロチの伝説の舞台とも結びつけられます。
砂鉄を採るために山を崩す鉄穴流しが行われ、川は赤く濁りました。オロチの赤い目や腹の血は、それを表すという説があります。
金屋子神を祀る西比田も、この地域からそう遠くありません。
女神が石で川を塞いだという話も、川と山を作り変える営みと重ねて読むことができます。
タマヒメの家系図と家族
タマヒメの性格と人物像
タマヒメは、断った女神です。
慕われても応えませんでした。追ってくる相手の道を、石で塞ぎました。それだけです。
その結果、山に名が残りました。
恋山、そして鬼の舌震。拒んだことが地名になり、いまも人が訪れる景勝地になっています。受け入れなかったことが記憶されたという点で、日本神話のなかでも珍しい女神です。
タマヒメを祀る神社
この女神を祀るのは、島根県仁多郡奥出雲町の大原神社と玉日女神社です。
いずれも、伝説の舞台である鬼の舌震の近くにあります。
鬼の舌震は島根県の名勝で、斐伊川の支流である大馬木川が刻んだ峡谷です。約二キロメートルの遊歩道が整備されています。
タマヒメが現代に残した痕跡
タマヒメの名は、峡谷の名に残りました。
鬼の舌震: 島根県奥出雲町の峡谷。恋山が転じた名とされる。県の名勝。
恋山: この女神を慕ったサメの伝えによる山の名。
出雲国風土記: 天平五年成立。この女神の記述を伝える唯一の書。
タマヒメのご利益
厄除け
望まない相手を退けた伝えによる。
縁結び
恋山という名にちなむ。
タマヒメについてよくある質問
タマヒメとはどんな神様ですか。
出雲国風土記の仁多郡の条に一度だけ登場する女神です。恋い慕って川を遡ってきたサメを、石で川を塞いで拒んだと記されます。
恋山とはどこですか。
いまの鬼の舌震です。島根県仁多郡奥出雲町にあり、島根県の名勝に指定されています。
なぜサメが川を遡るのですか。
出雲ではサメをワニと呼びました。因幡の白兎の和邇も同じです。海の生き物が内陸まで来る話は、海と山を結ぶ道の記憶とみる説があります。