何でも食らう怪物。青銅器に刻まれた顔の文様の名として知られる。
饕餮とは何の神様か
饕餮はひとことで言えば名前が後から付いた顔です。
四凶の一つに数えられる怪物です。名の二字はどちらも「むさぼる」意味を持ち、財をむさぼるのが「饕」、食をむさぼるのが「餮」だと説明されます。
体は牛か羊、曲がった角に虎の牙、人の爪と人の顔を持つとされます。『山海経』に出る狍鴞という獣と同じものとする見方もあります。
もっとも有名なのは、青銅器の文様としての姿です。 殷や周の鼎や尊には、正面を向いた大きな目と角を持つ顔が刻まれています。
ただし、殷や周の人がその文様を饕餮と呼んでいた証拠は見つかっていません。 名前は千年以上あとに付けられたもので、考古学では「獣面紋」と呼ぶ立場もあります。
何でも食らうという印象は、のちに魔を食らうという受け取り方に転じ、魔除けの意味を帯びました。
饕餮の漢字表記と読み方
日本語ではとうてつと読みます。二字とも、この怪物以外にはほとんど使われません。
字の意味がそのまま性質になっています。「饕」は財をむさぼること、「餮」は食をむさぼること。二種類のむさぼりを重ねた名です。
「饕餮文」という呼び名には、注意が必要です。 青銅器の文様をこう呼ぶのは宋代の学者が『呂氏春秋』の記述と結び付けたためで、作った当時の呼び名ではありません。 中国考古学の専門家である林巳奈夫は、これを「獣面紋」と呼びました。
現代の日本語では、盛大な宴を「饕餮の宴」と呼ぶ言い方が残っています。
饕餮(とうてつ)
一般的な表記。「饕」は財をむさぼる、「餮」は食をむさぼる意。
饕餮文(とうてつもん)
青銅器や玉器に刻まれた顔の文様の呼び名。宋代以降に付けられた名。
狍鴞(ほうきょう)
『山海経』に出る獣の名。饕餮と同じものとする説がある。
饕餮の物語
青銅器の顔 ─ 誰も名前を知らなかった
饕餮の名を有名にしたのは、書物ではなく青銅器です。
殷から周にかけて、鼎や尊といった祭りの器に、正面を向いた大きな目と角を持つ顔が刻まれました。左右対称で、口が大きく開き、体はほとんど描かれません。
この頃の王は、神の意思を人に伝える者として君臨していました。祭りの道具にこの顔を入れることで、神を畏れさせ、民を従わせたとされます。良渚文化の玉琮には、この文様のすぐ下に王の顔が彫られたものも出土しています。
ところが、この文様を作った人々が何と呼んでいたかは、わかっていません。
装飾が当初から饕餮と呼ばれる存在の描写であったという証拠は、何もない。
宋代の学者が『呂氏春秋』の記述と結び付けて名付け、その名が定着しただけです。 千年以上あとに付けられた名前が、いまも使われています。
四凶に数えられる ─ 貪る者の名
書物の中の饕餮は、四凶の一つです。
『春秋左氏伝』は、渾沌・窮奇・檮杌とともに四凶を挙げ、いずれも追放された者として記します。饕餮は縉雲氏の不才の子とされます。
前漢の『神異経』は、その性質を具体的に書きます。
西南に人がいる。身に毛が多く、頭に豕を戴く。 貪ることは狼のごとく悪く、財を積むのを好み、穀物を人に与えない。 強い者は老人と弱い者から奪い、群れを畏れて一人の者を撃つ。
強い者を避け、弱い者だけを襲う。 ここが饕餮の卑しさとして描かれています。
別名として「貪惏」「強奪」「凌弱」が挙げられ、いずれも「奪う」ことを指す語です。
饕餮文が蚩尤を表しているとする文献があること、どちらも炎帝の子孫とされることから、本来は蚩尤と同じ存在だったのではないかという見方もあります。
魔を食らう ─ 逆転する意味
何でも食らうという印象は、後の時代に裏返ります。
何でも食らうのなら、魔も食らうはずだ。
この転換によって、饕餮は魔除けの意味を持つようになりました。祭りの器に刻まれた顔は、悪いものを近づけないための守りとして受け取られます。
同じ転換は、他の獣にも起きています。窮奇は人を食う怪物とされる一方、宮廷の大儺という悪を追い払う行事に登場する十二獣の中にも、その名があります。鬼を食う神である鍾馗の図が門に貼られたのも、同じ発想の延長にあります。
明代になると、饕餮は竜生九子の一つに数えられました。竜が生んだ九匹の子の五番目とされ、飲食を好むという性質から、鼎や食器の飾りに用いられます。
怪物が、装飾の役割を与えられて生き残った。 饕餮ほど、名前と姿と意味が別々に歩いた存在は多くありません。
饕餮の家系図と家族
饕餮の性格と人物像
饕餮の性格を語るとき、最初に押さえるべきは「実体がない」ことです。
姿の記述は書物ごとにばらばらです。牛か羊の体、人の顔、豕を頭に戴く姿。一定しません。
物語もありません。四凶として追放されたと書かれるだけで、何をしたかは語られません。
それでいて、姿だけは誰でも知っています。 青銅器のあの顔です。
名前と姿が、別々に伝わってきた。
これが饕餮という存在の特異なところです。文様には名前がなく、名前には姿がなかった。宋代の学者が、その二つを結び付けました。
性質として一貫しているのは、むさぼることだけです。財を積み、穀物を分けず、弱い者から奪う。強い者は避ける。
卑しさの見本として描かれた怪物が、そのむさぼりの徹底ゆえに「魔さえ食う」と読み替えられ、守りの印になりました。性質は変わらないのに、意味だけが裏返ったまれな例です。
饕餮ゆかりの地と遺跡
饕餮を祀る廟はありません。 怪物であり、信仰の対象ではないからです。
ただし、この顔を刻んだ器は数多く残っています。 殷から周にかけての青銅器の多くにこの文様があり、中国各地の博物館に所蔵されています。日本でも、東京の泉屋博古館分館や京都の泉屋博古館など、中国青銅器を収蔵する館で見ることができます。
祀られた形跡はないのに、遺物の数だけなら、どの神にも引けを取りません。 信仰ではなく、器の飾りとして広まったためです。
饕餮が現代に残した痕跡
饕餮の名は、文様と言葉に残りました。
饕餮文: 殷周の青銅器に刻まれた顔の文様の呼び名。宋代に付けられた名で、当時の呼称ではない。
獣面紋: 同じ文様を指す考古学の呼び方。饕餮と呼ぶ根拠がないことから、林巳奈夫が用いた。
竜生九子: 明代に整えられた、竜の九匹の子。饕餮はその五番目とされ、飲食を好むことから食器の飾りに用いられる。
「饕餮の宴」: 盛大でむさぼるような宴を指す言い方として、現代の日本語にも残る。
饕餮のご利益
魔除け
何でも食らうことから、魔をも食らうとされ、守りの印として用いられた。
厄除け
祭りの器や建物の飾りに刻まれ、災いを退けるとされた。
悪いものを退ける
正面を向いた顔の文様が、悪いものを近づけない働きを持つとされた。
饕餮が登場するゲーム・アニメ
創作では、四凶をひとまとめにして敵役に据える構成が定番です。 四神が守る側なら、四凶は襲う側という対比が作りやすいためでしょう。
ただし原典では、四神と四凶はまったく別の体系です。四神は方角の印、四凶は追放された者の名であり、対になっていません。
饕餮が登場するアニメ・漫画・映像
封神演義(漫画・アニメ)
四凶を題材にした敵として扱われることがあります。
中国の怪獣映画
万里の長城を襲う群れとして饕餮を描いた作品があり、青銅器の文様が意匠に取り入れられました。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
饕餮についてよくある質問
饕餮は何ですか。
何でも食らうとされる怪物で、四凶の一つに数えられます。名の二字はどちらも「むさぼる」意味で、財をむさぼるのが「饕」、食をむさぼるのが「餮」だと説明されます。
青銅器の文様は本当に饕餮ですか。
わかっていません。殷や周の人がその文様を饕餮と呼んでいた証拠は見つかっていません。宋代の学者が『呂氏春秋』の記述と結び付けて名付けたもので、考古学では「獣面紋」と呼ぶ立場もあります。
なぜ魔除けになるのですか。
何でも食らうのなら魔も食らうはずだ、という読み替えによります。この転換によって、祭りの器や建物に刻まれた顔が、悪いものを近づけない守りとして受け取られるようになりました。
饕餮と蚩尤は関係がありますか。
同じ存在だったのではないかとする見方があります。饕餮文が蚩尤を表しているとする文献があることと、どちらも炎帝の子孫とされることが、その根拠に挙げられます。ただし確かめられてはいません。