理想の君主とされる帝。位を子ではなく、民間の舜に譲ったと伝えられる。
堯とは何の神様か
堯はひとことで言えば譲った帝です。
五帝の一人で、舜と並べて「堯舜」と呼ばれ、後の二千年にわたって政治の手本とされ続けました。父は五帝の一人嚳、母は慶都とされます。
語られる中心は譲位です。堯には子がいましたが、位を継がせませんでした。
民の中から、徳のある者を探せ。
そうして選ばれたのが、農民から身を起こした舜です。堯は二人の娘、娥皇と女英を舜に嫁がせ、長く見定めたうえで位を譲ったとされます。
この禅譲という形が、後の中国で「正しい代替わり」の型になりました。
在位中には羿が十個の太陽を射落とした話や、鯀に治水を命じて失敗した話も置かれています。
堯を実在の王とみる説と、理想を人の形にしたものとみる説があります。 どちらとも決められていません。
堯の漢字表記と読み方
日本語ではぎょうと読みます。日本では尭という略した字も広く使われ、人名にも用いられてきました。
堯舜という並べ方が、この帝を語るときの基本形です。二人合わせて理想の政治を指す言葉になり、後の皇帝は「堯舜の治」を目標として掲げ続けました。
氏の名は陶唐氏。 唐という地に封じられたことによるとされ、後に李淵が建てた王朝が「唐」と名乗った理由の一つにも挙げられます。
堯(ぎょう)
一字での表記。日本では「尭」と略した字も用いられる。
帝堯(ていぎょう)
「帝」を添えた形。
陶唐氏(とうとうし)
氏としての呼び名。唐に封じられたことにちなむとされる。
堯の物語
子に継がせない ─ 禅譲という形
堯の名を残したのは、位を子に継がせなかったことです。
堯には丹朱という子がいました。しかし堯は、この子には天下を任せられないと考えます。
一人を利して天下を損なうことは、しない。
臣下に後継ぎを問い、推されたのが舜でした。農民として親に仕え、憎まれながら恨まなかったという評判の男です。
堯はすぐには渡しませんでした。二人の娘娥皇と女英を嫁がせ、家の中でどう振る舞うかを見た。役目を与えて働きを見た。長い年月をかけて見定めています。
この形を禅譲といいます。血ではなく徳で継ぐ、という考え方です。
後の中国で、王朝が交代するときには必ずこの形が持ち出されました。 実際には力で奪った場合でも、「禅譲を受けた」という手続きが踏まれます。堯と舜の物語は、政治の作法そのものになりました。
十の太陽と、失敗した治水
堯の治世には、大きな災いが二つ置かれています。
ひとつが十個の太陽です。ある日、十個の太陽が一度に空へ出て、草木が焼け、大地が干上がった。堯の求めに応じて天帝が羿を遣わし、
羿は九つを射落とし、一つだけ残した。
いま空に太陽が一つしかないのは、このためだと語られます。
もうひとつが洪水です。堯は鯀に治水を命じました。鯀は天帝から息壌という、ひとりでに増える土を盗んで水をせき止めようとします。しかし水は収まらず、鯀は罰せられました。
この仕事を継いだのが鯀の子禹で、堰き止めるのをやめて流す方法に変え、ついに成功します。
理想の帝の治世に、最大級の災いが二つ置かれている。 名君だから災いが無いのではなく、災いにどう対処したかで名君とされるという考え方が、ここに表れています。
許由の話 ─ 断られる譲位
禅譲の物語には、断られた話も添えられています。
堯は、許由という隠者に天下を譲ろうとしました。許由は断ります。それどころか、
汚いことを聞いた。
と言って、川で耳を洗ったと伝えられます。
さらにその下流で牛に水を飲ませていた巣父が、耳を洗った水を牛に飲ませられないと言って、上流へ引き返したという続きもあります。
この話は『荘子』の系統に伝わるもので、天下を受け取らないことを尊しとする価値観を示しています。 儒家が堯舜を理想の政治家として讃えたのに対し、道家は「そもそも治めないことが良い」と説きました。
同じ堯という帝を使って、まったく違う教えが語られています。神話は、語る側の考えを載せる器でもあります。
堯の家系図と家族
堯の親: 嚳慶都との子
堯の性格と人物像
堯の人物像を伝える言葉は、驚くほど具体性がありません。
仁は天のごとく、知は神のごとし。近づけば太陽のように温かく、望めば雲のようである。富んでいても驕らず、貴くても偉ぶらない。
すべて比喩です。 何をした、と書かれていない。
これは書き手の怠慢ではなく、堯という帝の役割そのものでしょう。理想の君主とは何かを説明するために置かれた存在なので、具体的な性格を持たせると、かえって理想からずれてしまいます。
ただ一点、はっきり書かれていることがあります。自分の子に継がせなかったという選択です。
丹朱は天下を継ぐに足りない。
実の子を、公の場で否定している。ここだけが、比喩ではない具体的な行いです。
理想の帝の像は、この一つの決断の上に立っています。
堯ゆかりの地と遺跡
堯を祀る施設の住所を、一次情報で確かめられませんでした。 そのため、この欄には何も入れていません。
山西省臨汾市には堯廟と堯陵が伝えられ、山東省菏沢市にも堯陵が伝えられます。ただし公式の記載を確かめられなかったため、住所は書きません。
日本に堯を祀る社はありません。 ただし江戸時代の儒学の中で、堯舜の名は繰り返し語られました。学問の対象であって、参拝の対象ではなかったのです。
堯が現代に残した痕跡
堯の名は、政治を語る言葉として残りました。
堯舜の治: 理想的な政治を指す言い方。後の皇帝が目標として掲げ続けた。
禅譲: 血縁ではなく徳のある者に位を譲る形。実際には力で奪った交代でも、この手続きが踏まれた。
耳を洗う: 許由が譲位の話を聞いて耳を洗ったという故事。汚れた話を聞いたときのたとえに用いられる。
鼓腹撃壌: 堯の世の老人が、腹を叩き地を踏み鳴らして歌ったという話。良い政治とは民が政治を意識しないことだ、という考えを示す。
堯のご利益
正しい統治
理想の君主とされ、政を執る者の手本とされてきた。
秩序
暦を定め、四季を正したとされ、物事の順序を司る。
五穀豊穣
暦を人に授けて農の時を知らせたとされ、実りを願う対象になる。
公正な裁き
偏らずに人を選んだとされ、公平さを願う神とされる。
堯が登場するゲーム・アニメ
堯は、創作でほとんど描かれません。 欠点が無く、迷いも無い人物は、物語の主人公になりにくいためでしょう。
かわりに、理想の基準として名前だけが引かれます。「堯舜のような」という言い回しは、いまも通じます。
堯が登場するゲーム
中国史を題材にした戦略ゲーム
古代の理想の君主として、称号や政策の名に用いられます。
堯が登場するアニメ・漫画
中国古典を題材にした作品
理想の政治を語る場面で、堯舜の名が引かれます。
封神演義(漫画・アニメ)
直接の登場はありませんが、正しい王のありかたを示す前例として名が挙がります。
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堯についてよくある質問
堯は何の神様ですか。
五帝の一人に数えられる神話上の帝王です。理想の君主とされ、舜と並べて「堯舜」と呼ばれます。位を子ではなく民間の舜に譲ったことで知られます。
禅譲とは何ですか。
血縁ではなく、徳のある者に位を譲ることです。堯が舜に、舜が禹に譲ったとされる形が手本になりました。後の中国では、実際には力で奪った王朝交代でも、この手続きが踏まれました。
堯は実在した人物ですか。
わかっていません。実在の王とみる説と、理想を人の形にしたものとみる説があります。当時の記録は見つかっていないため、断定はできません。
堯の治世にはどんな出来事がありましたか。
十個の太陽が一度に出て羿が九つを射落とした話と、大洪水に対して鯀に治水を命じたが失敗した話が伝えられます。どちらも、堯の治世に置かれた大きな災いです。