民間から帝になった孝行の手本。実の親に殺されかけても恨まなかったとされる。
舜とは何の神様か
舜はひとことで言えば恨まなかった帝です。
五帝の一人で、民間から帝になったと伝えられるただ一人の存在です。
生い立ちは過酷に語られます。父は目が見えず、継母と異母弟は舜を憎み、繰り返し命を狙いました。
倉の屋根に上らせて下から火を放ち、井戸を掘らせて上から土をかぶせた。
それでも舜は親を恨まず、弟を許したとされます。この孝が堯の耳に届き、二人の娘を嫁がせて人物を見定めたうえで、位を譲られました。
帝となってからは、四罪と呼ばれる四人を追放して秩序を立て、禹に治水を委ね、皋陶に裁きを任せたと伝えられます。
最後は南の巡行の途中で世を去り、二人の妃が流した涙で竹に斑が残ったと語られます。
舜もまた、実在を主張する説と後世の理想像とする説の両方があります。
舜の漢字表記と読み方
日本語ではしゅんと読みます。
堯舜という並べ方が基本です。堯を「唐堯」、舜を「虞舜」と呼び分けることもあり、これはそれぞれの土地の名によります。
重華という名には、変わった説明が添えられています。 舜の目には瞳が二つずつあった、という伝えです。「重」は重なる、「華」は輝きを意味し、その目のありさまを表したものだとされます。
事実というより、ただ者ではないことを示す印として語られたものでしょう。
舜(しゅん)
一字での表記。
虞舜(ぐしゅん)
虞の地にちなむ呼び名。堯を「唐堯」と呼ぶのと対になる。
重華(ちょうか)
名とされる語。目に二つの瞳があったという伝えに結び付けて説明される。
舜の物語
殺されかけて、恨まない
舜の物語は、家の中から始まります。
父の瞽叟は目が見えず、継母と、その子である弟の象とともに、舜を憎みました。三人は繰り返し舜の命を狙います。
倉の屋根を修理させ、梯子を外して下から火を放った。 井戸を掘らせ、途中で上から土を落として埋めようとした。
舜は、笠を広げて飛び降り、井戸には横穴を掘って抜け出したとされます。
弟の象は、舜が死んだと思い込んで持ち物を分ける相談をしました。舜が生きて戻ったとき、象はうろたえます。
それでも舜は、何も咎めませんでした。 親には変わらず仕え、弟にはむしろ地位を与えたと伝えられます。
この一点だけで、舜は帝になっています。 業績でも血筋でもなく、家の中での振る舞いが評価された。中国で「孝」がどれほど重い徳とされたかが、ここに表れています。
四罪を追放する ─ 秩序を立てる
帝となった舜が最初に行ったのが、四罪の追放です。
共工を幽州へ、驩兜を崇山へ、三苗を三危へ、鯀を羽山へ。
四人を四方へ追いやり、天下が服したとされます。
この四人は、四凶(渾沌・窮奇・檮杌・饕餮)と重ねられることもありますが、書物によって対応が違い、一致していません。
続いて舜は、人を配ります。禹に治水、皋陶に裁き、后稷に農、契に教育、垂に工作、益に山林。
舜の政治は、追放と任命という二つの動作でできています。 除くべきものを除き、置くべき人を置く。それだけです。
堯が「選ぶ帝」なら、舜は「配る帝」です。
この人事の話は『史記』五帝本紀に整った形で載りますが、もとは別々に伝わっていた話をまとめたものと考えられています。
斑竹の由来 ─ 二人の妃の涙
舜の最期は、旅の途中でした。
南方を巡っていた舜は、蒼梧の野で世を去り、九疑山に葬られたと伝えられます。
知らせを受けた二人の妃、娥皇と女英は、湘水のほとりまで追いかけて泣きました。
涙が竹に落ち、斑となって残った。
これが湘妃竹、または斑竹と呼ばれる竹の由来だとされます。実際に斑のある竹があり、その模様がこの話に結び付けられました。
二人はそのまま湘水に身を投げ、湘君・湘夫人という川の神になったとも語られます。『楚辞』の「九歌」には、この二柱を歌った章が置かれています。
帝の死が、竹の模様と川の神の由来になっている。 中国神話では、大きな出来事がしばしば目に見える自然の形に落とし込まれます。蚩尤の血が楓を赤くしたのと、同じ手つきです。
舜の家系図と家族
舜の性格と人物像
舜の人物像は、「されたことを、返さない」の一語です。
殺されかけても恨まず、財を奪おうとした弟に地位を与えた。これは寛容というより、返報という考え方そのものを持っていないように見えます。
堯が二人の娘を嫁がせて舜を見たのも、この点だったのでしょう。家の中で偽れる人はいない。 二人の妃を通じて、舜の日常が観察されました。
帝となってからの振る舞いも同じです。四罪を追放していますが、私怨ではありません。 自分を殺そうとした父や弟は罰しないのに、天下の秩序を乱す者は追放する。
私事では許し、公事では退ける。
この線引きが、舜という帝の一貫した性格です。
農民から身を起こしたという出自も見逃せません。血筋によらず徳で選ばれたという一点が、後の中国で繰り返し引かれることになります。
舜ゆかりの地と遺跡
舜を祀る施設の住所を、一次情報で確かめられませんでした。 そのため、この欄には何も入れていません。
湖南省寧遠県の九疑山には舜帝陵が伝えられ、山西省運城市にも舜帝陵が伝えられます。ただし公式の記載を確かめられなかったため、住所は書きません。
日本に舜を祀る社はありません。 江戸時代の儒学では堯舜の名が繰り返し説かれましたが、それは学問の対象であって、参拝の対象ではありませんでした。
舜が現代に残した痕跡
舜の名は、孝と竹に残りました。
斑竹: 斑のある竹。娥皇と女英の涙が落ちてできたという伝えから、湘妃竹とも呼ばれる。
二十四孝: 中国の孝行話を集めた書。その筆頭に舜が置かれ、日本にも伝わって絵の題材になった。
堯舜の治: 理想的な政治を指す言い方。堯と対で語られ続けている。
湘君・湘夫人: 『楚辞』九歌に歌われる川の神。舜の二人の妃がなったとされる。
舜のご利益
家庭
孝の手本とされ、家の中の和を願う対象とされる。
和合
恨みを返さなかったとされ、仲直りを願う神とされる。
正しい統治
人を適所に配したとされ、政を執る者の手本とされる。
農耕
自ら田を耕していたと伝えられ、農の営みに結び付けられる。
舜が登場するゲーム・アニメ
舜は、堯より物語になりやすい存在です。 家族に殺されかけるという具体的な苦難があり、そこから帝にまで昇るという筋書きがあるためです。
それでも創作での登場は多くありません。恨まない主人公は、葛藤を描きにくいという事情がありそうです。
舜が登場するゲーム
中国史を題材にした戦略ゲーム
古代の理想の君主として、称号や政策の名に用いられます。
舜が登場するアニメ・漫画
二十四孝を題材にした作品
孝行話の筆頭として、舜の物語が繰り返し絵になってきました。
中国古典を題材にした作品
理想の政治を語る場面で名が引かれます。
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舜についてよくある質問
舜は何の神様ですか。
五帝の一人に数えられる神話上の帝王です。民間から身を起こして帝になったとされ、孝行の手本として語り継がれてきました。
舜はなぜ帝になれたのですか。
家族に繰り返し命を狙われても恨まなかったという評判が、堯の耳に届いたためです。堯は二人の娘を嫁がせて舜の日常を長く観察し、そのうえで位を譲ったとされます。
四罪とは何ですか。
舜が追放した四人、共工・驩兜・三苗・鯀を指します。四方へ追いやったことで天下が服したとされます。四凶と重ねられることもありますが、書物によって対応が違い、一致していません。
斑竹とはどういう由来ですか。
舜が旅の途中で世を去ったとき、二人の妃である娥皇と女英が泣き、その涙が竹に落ちて斑になったという伝えによります。湘妃竹とも呼ばれます。