兄と夫の間で引き裂かれた皇后。兄とともに焼け死ぬ。
サホビメとは何の神様か
サホビメはひとことで言えば選べなかった人です。垂仁天皇の皇后で、兄のサホビコに「兄と夫と、どちらが愛しいか」と問われました。
「兄です」と答えてしまい、天皇を殺す短刀を渡されます。しかし膝枕で眠る夫の顔を見て、三度刀を振り上げ、三度とも下ろせませんでした。
涙が天皇の顔に落ちて露見し、最後は兄とともに焼け死にます。
サホビメの漢字表記と読み方
読みは「さほびめ」です。「サホ」は佐保、いまの奈良市北部の地名を指します。
佐保川が流れる土地で、古代の豪族佐保氏の本拠地でした。
兄の名もサホビコです。土地の名を持つ兄妹という形になっています。
奈良には佐保姫という春の女神の伝承もありますが、この人物とは別の存在です。
沙本毘売命(さほびめのみこと)
古事記での表記。
狭穂姫命(さほひめのみこと)
日本書紀での表記。
サホビメの物語
兄と夫、どちらが愛しいか
兄のサホビコが、妹に問いました。
汝は、兄と夫と、いずれか愛しき。
サホビメは答えます。
兄をば愛しと思ふ。
その答えを聞いた兄は、紐で結んだ小刀を渡しました。
我と汝とで、天下を治めよう。天皇が寝ているところを刺し殺せ。
何気ない問いに、深い意図がありました。
サホビメは、その刀を受け取ってしまいます。
三度、刀を下ろせない
天皇が、サホビメの膝を枕にして眠っていました。
サホビメは刀を取り、その首に当てようとします。
三度挙げるも、悲しき情に忍びずして、頸を刺すこと得ずして…
三度振り上げて、三度とも下ろせませんでした。
泣いた涙が、天皇の顔に落ちます。
天皇は目を覚まして言いました。
我、異しき夢を見つ。錦色の小蛇、我が頸に纏はれり。
不思議な夢を見た。錦色の小蛇が首に巻きついていたという言葉です。
すべてを打ち明ける
サホビメは、隠しきれずにすべてを告白しました。
兄の企て、渡された刀、下ろせなかったこと。
天皇は兵を起こします。サホビコは稲城(いなき)という、稲を積んだ砦にこもりました。
そこへ、サホビメは自ら入っていきます。
身重の体でした。
夫を裏切りきれず、兄も見捨てられない。どちらも選べないまま、兄の側へ行きました。
子だけを渡して
稲城のなかで、サホビメは子を産みました。
子を城の外へ出して、天皇に告げます。
もしこの御子を天皇の御子と思し召さば、治めたまへ。
天皇は、子を受け取るときサホビメも一緒に取り返そうとしました。しかし彼女は髪を剃り、玉の緒を腐らせ、酒で衣を腐らせて、掴まれてもすべて抜け落ちるようにしていました。
返るつもりがなかったのです。
そして兄とともに、火の中で死にました。子はホムチワケといいます。
サホビメの家系図と家族
サホビメの性格と人物像
サホビメは、どちらも裏切れなかった人です。
兄への情から刀を受け取り、夫への情から下ろせませんでした。そして最後は、自分から兄の側へ行きました。
天皇に許されていました。呼び戻そうともされました。それでも戻りませんでした。
髪を剃り、衣を腐らせて、掴まれても抜けるように準備していたという描写が、その決意を表しています。
子だけを残して死ぬ。記紀のなかでも、特に人間らしい場面です。
サホビメを祀る神社
サホビメを祀る社はほとんどありません。
奈良市の佐保の地に、この兄妹にまつわる伝承が残ります。
生まれた子ホムチワケは、長く言葉を話せませんでした。出雲の神を祀ることで話せるようになったと記され、出雲との関わりが語られます。
母の悲劇が、子の物語につながる構成です。
サホビメが現代に残した痕跡
サホビメの物語は、地名に残りました。
佐保: 奈良市北部の地名。この兄妹の名の由来。佐保川が流れる。
稲城: 稲を積んで作った砦。兄妹が最後にこもった場所。
サホビメのご利益
安産
稲城のなかで子を産んだ伝えによる。
夫婦円満
夫を刺せなかった情による。
サホビメについてよくある質問
サホビメとはどんな人物ですか。
垂仁天皇の皇后です。兄に天皇の暗殺を命じられましたが果たせず、最後は兄とともに稲城で焼け死にました。
なぜ夫のもとへ戻らなかったのですか。
理由は記されていません。天皇は取り返そうとしましたが、髪を剃り衣を腐らせて掴まれても抜けるようにしており、戻る意思がなかったことが分かります。
生まれた子はどうなったのですか。
ホムチワケといい、天皇に引き取られました。長く言葉を話せず、出雲の神を祀ることで話せるようになったと記されます。