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日本神話

イザワトミ(伊佐波止美命)とは何の神様か|家系図・物語・祀る神社

伊佐波止美命  / イザワトミノミコト

大地 国津神

志摩の伊雑宮の中世の祭神。倭姫命を出迎えた神とされる。

イザワトミとは何の神様か

イザワトミはひとことで言えば倭姫命を迎えた神です。三重県志摩市の伊雑宮に、中世から近世にかけて祀られたと考えられた神にあたります。

倭姫命世記によれば、伊勢神宮の内宮を建てた倭姫命が神饌を奉る御贄地を探して志摩国を訪れたとき、この神が出迎えました。

その地が御贄地に選ばれ、伊雑宮が建てられたと伝えられます。

イザワトミの漢字表記と読み方

読みは「いざわとみ」です。「イザワ」は伊雑という地名、「トミ」は富を指します。

伊雑の豊かさという形です。

伊雑宮は「いざわのみや」と読み、「いぞうのみや」とも呼ばれます。

磯部の宮磯部の大神宮さんという呼び名もあります。神の名と社の名と土地の名が、同じ音でつながっています。

伊佐波止美命(いざわとみのみこと)

一般に用いられる表記。

伊佐波登美命(いざわとみのみこと)

倭姫命世記での表記。

イザワトミの物語

  1. 天照大神の遙宮
  2. 中世末以降の二座
  3. 御田植式
  4. 偽書事件の舞台

天照大神の遙宮

伊雑宮は、伊勢神宮内宮の別宮です。

内宮の背後の島路山を越えた、志摩市磯部町上之郷にある。
大紀町の瀧原宮とともに、天照大神の遙宮(とおのみや)と呼ばれる。

伊勢神宮の別宮十四社のうち、伊勢国の外にあるのは伊雑宮だけです。

延暦二十三年(八〇四年)の皇太神宮儀式帳と、延長五年(九二七年)の延喜太神宮式に「遙宮」の記載があり、それ以前から存在したことが分かります。

一般に、志摩国一宮とされます。

中世末以降の二座

伊雑宮の祭神は、時代によって考え方が変わりました。

延暦二十三年の皇太神宮儀式帳 ─ 天照大神御魂。
中世末以降 ─ 伊佐波登美命と玉柱命(玉柱屋姫命)の二座。
明治以降 ─ 天照坐皇大御神御魂の一柱。

二座とされた時期に、この神が祭神に数えられました。

伊佐波登美命は、伊雑宮の神職をつとめた磯部氏の祖先とされます。

社に仕える家の祖が、祭神に加えられたという形です。中世に各地で見られた現象です。

御田植式

伊雑宮には、神田があります。

伊勢神宮の別宮十四社のうち、神田を持つ唯一の別宮。
約一六五〇平方メートル。

ここで毎年六月二十四日に行われるのが、御田植式です。

香取神宮・住吉大社とあわせて、日本三大御田植祭とされます。

磯部の御神田として、一九九〇年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

信頼できる記録では、鎌倉時代の弘安三年(一二八〇年)のものが神宮文庫に残っています。

偽書事件の舞台

この社には、大きな事件がありました。

戦国時代に神領を失い、伊雑宮は困窮します。神職らは幕府や朝廷に再興を願い出ますが、うまくいきませんでした。

そこで、社の格の高さを主張しはじめます。

江戸時代、伊雑宮の神職が中心となって、伊雑宮こそ本来の内宮であるとする偽書を作った。

これが、先代旧事本紀大成経事件です。

書は幕府によって禁じられ、関わった者が処罰されました。

社の由緒が、生き残りをかけて作られることがある。この事件は、そのことをはっきり示しています。

イザワトミの家系図と家族

イザワトミの妻・夫: タマバシラヤヒメ伊雑宮に二座で祀られるタマバシラヤヒメ伊雑宮に二座で祀られる

イザワトミの性格と人物像

イザワトミは、迎える神です。

戦いません。国も譲りません。ただ、倭姫命を出迎え、良い土地を示しただけです。

その一点で、伊勢神宮に米を納める土地の由緒が定まりました。

磯部氏という家が、自らの祖をこの神とし、社の祭神に加えました。中世の困窮のなかで、家と社は互いを支え合いました。神の名が、生きるための拠りどころになった例といえます。

イザワトミを祀る神社

この神が祀られたのは、三重県志摩市磯部町上之郷の伊雑宮です。伊勢神宮内宮の別宮で、志摩国一宮とされます。

明治以降、伊雑宮の祭神は天照坐皇大御神御魂の一柱とされています。

この神が祭神に数えられたのは、中世末から近世にかけてのことです。志摩一円の漁師や海女は磯守を受け、身につけて海に入る風習が伝えられてきました。

皇大神宮(伊勢神宮 内宮)(こうたいじんぐう)

神宮

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皇大神宮(伊勢神宮 内宮)の住所: 三重県伊勢市宇治館町1

皇大神宮(伊勢神宮 内宮)の御祭神: 天照坐皇大御神

皇大神宮(伊勢神宮 内宮)のご利益: 所願成就

伊雑宮はこの社の別宮にあたる。

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イザワトミが現代に残した痕跡

イザワトミの名は、御田植式に残りました

磯部の御神田: 伊雑宮の御田植式。国の重要無形民俗文化財。

遙宮: 天照大神の遠い宮。伊雑宮と瀧原宮を指す。

磯部氏: 伊雑宮の神職をつとめた家。この神を祖先とする。

イザワトミのご利益

五穀豊穣

御贄地を示し、御田植式が続くことによる。

大漁

志摩の漁業関係者の信仰があついことによる。

イザワトミについてよくある質問

イザワトミとはどんな神様ですか。

三重県志摩市の伊雑宮に、中世末から近世にかけて祀られたと考えられた神です。倭姫命を出迎え、神饌を奉る土地を示したと伝えられます。

いまも伊雑宮の祭神ですか。

明治以降、伊雑宮の祭神は天照坐皇大御神御魂の一柱とされています。この神が祭神に数えられたのは中世末から近世にかけてのことです。

御田植式とは何ですか。

毎年六月二十四日に伊雑宮の神田で行われる田植えの祭です。香取神宮・住吉大社とあわせて日本三大御田植祭とされ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。