志摩の伊雑宮に、中世末以降イザワトミとともに祀られた女神。
タマバシラヤヒメとは何の神様か
タマバシラヤヒメはひとことで言えば中世に立てられた祭神です。三重県志摩市の伊雑宮に、中世末以降イザワトミとあわせて二座で祀られたと考えられた女神です。
玉柱命、玉柱屋姫命とも記されます。
明治以降、伊雑宮の祭神は天照坐皇大御神御魂の一柱とされています。
タマバシラヤヒメの漢字表記と読み方
読みは「たまばしらやひめ」です。「タマ」は玉、「バシラ(柱)」は柱、「ヤ」は屋、「ヒメ」は女神を指します。
玉で飾った柱のある家の女神、という形に読めます。
カムヤタテヒメが「神の籠る家屋の防壁」と解されるのと、名の作りがよく似ています。
どちらも、建物の一部を名にした女神です。
玉柱屋比売命(たまばしらやひめのみこと)
一般に用いられる表記。
玉柱屋姫命(たまばしらやひめのみこと)
別の表記。
玉柱命(たまばしらのみこと)
短く記す形。
タマバシラヤヒメの物語
伊雑宮の祭神の変遷
伊雑宮の祭神は、時代によって変わりました。
延暦二十三年(八〇四年)の皇太神宮儀式帳 ─ 天照大神御魂。
中世から近世 ─ 諸説が生まれる。
中世末以降 ─ イザワトミとこの女神の二座と考えられた。
明治以降 ─ 天照坐皇大御神御魂の一柱。
つまり、この女神が祭神とされたのは中世末から明治までの期間です。
古代にも現代にも、この女神は祭神ではありません。
祭神が時代とともに動くことを、はっきり示す例です。
瀬織津姫と同じ神とする文書
伊雑宮の御師である西岡家に、興味深い文書が伝わります。
玉柱屋姫神、天照大神の分身、郷に在り。
瀬織津姫神、天照大神の分身、河に在り。
そして、両神はつまるところ同じ神であると記されています。
この女神と、瀬織津姫が同じだというのです。
瀬織津姫は、大祓詞に見える祓戸四神の筆頭です。伊勢神宮内宮の荒祭宮の祭神の別名とする文書も複数あります。
中世の伊勢では、天照大神をめぐる解釈が大きく広がっていました。
磯部氏の主張
祭神が二座とされた背景には、社の事情があります。
戦国時代、伊雑宮は神領を失って困窮しました。神職らは幕府や朝廷に再興を願い出ますが、うまくいきません。
そこで、社の神格の高さを主張しはじめた。
江戸時代には、伊雑宮こそ本来の内宮であるとする偽書が作られました。
先代旧事本紀大成経事件です。書は幕府に禁じられ、関わった者が処罰されました。
祭神を磯部氏の祖先とすることは、社と家を一体にする主張でもありました。
なぜ記録が少ないのか
この女神について書けることは、伊雑宮に関わる範囲に限られます。
記紀 ─ 名なし。
延喜式 ─ 名なし。
皇太神宮儀式帳 ─ 名なし。
現れるのは、中世末以降の文書だけです。
中世に立てられた祭神は、明治の神仏分離と祭神の整理によって、多くが外されました。この女神も、その一つです。
ただし、外されたことは存在しなかったことを意味しません。数百年のあいだ、実際に祀られていたという事実は残ります。
タマバシラヤヒメの家系図と家族
タマバシラヤヒメの性格と人物像
タマバシラヤヒメは、中世が生んだ女神です。
古代の記録にはありません。明治以降の祭神でもありません。中世末から近世にかけての数百年だけ、伊雑宮に祀られました。
その間、この女神は瀬織津姫と同じ神だとも語られました。
神は、書物のなかだけにいるのではありません。時代の必要に応じて立てられ、必要がなくなれば外される。この女神は、そうした神の在り方をよく示しています。
タマバシラヤヒメを祀る神社
この女神が祀られたのは、三重県志摩市磯部町上之郷の伊雑宮です。伊勢神宮内宮の別宮で、志摩国一宮とされます。
祭神とされたのは、中世末から明治までの期間です。
明治以降、伊雑宮の祭神は天照坐皇大御神御魂の一柱とされています。伊雑宮の御田植式は、日本三大御田植祭のひとつとして国の重要無形民俗文化財に指定されています。
タマバシラヤヒメが現代に残した痕跡
タマバシラヤヒメの名は、中世の文書に残りました。
伊雑宮: 三重県志摩市の社。伊勢神宮内宮の別宮で、志摩国一宮とされる。
西岡家文書: 伊雑宮の御師に伝わる文書。この女神を瀬織津姫と同じ神とする。
先代旧事本紀大成経事件: 江戸時代、伊雑宮の神職が偽書を作った事件。
タマバシラヤヒメのご利益
五穀豊穣
伊雑宮の御田植式が続くことによる。
大漁
志摩の漁業関係者の信仰があついことによる。
タマバシラヤヒメについてよくある質問
タマバシラヤヒメとはどんな神様ですか。
三重県志摩市の伊雑宮に、中世末以降イザワトミとあわせて二座で祀られたと考えられた女神です。
いまも伊雑宮の祭神ですか。
明治以降、伊雑宮の祭神は天照坐皇大御神御魂の一柱とされています。この女神が祭神とされたのは中世末から明治までの期間です。
瀬織津姫と同じですか。
伊雑宮の御師である西岡家に伝わる文書には、玉柱屋姫神と瀬織津姫神をともに天照大神の分身とし、両神は同じ神であると記されています。