黄金を守るために竜へ変じた者。名は「抱きこむもの」。
ファフニールとは何の神様か
ファフニールの名前の表記と読み方
古ノルド語では Fáfnir。日本語ではファフニール、ファフナー、ファーヴニル、ファーフニルなど、表記が多く分かれています。
ファフニールが広く使われていますが、古ノルド語の音にもっとも近いのは「ファーヴニル」とされます。 ワーグナーの楽劇を通じて広まった「ファフナー」も根強く残っています。
名の意味は「抱きこむもの」。何を抱きこんだのかが、そのまま名になっているわけです。
Fáfnir(ファーヴニル)
古ノルド語の表記。古ノルド語の音にもっとも近いのはこの読みとされる。
Fafner(ファフナー)
英語・現代ドイツ語式の読み。ワーグナーの楽劇でもこの形。
Ægishjálmr(エーギスヒャールム)
「恐怖の兜」。この竜が身につけ、見る者を怯えさせた宝。
ファフニールの物語
カワウソの賠償 ─ 呪いが家に入る
父を殺し、竜になる
黄金を手にした父フレイズマルは、息子たちに何も分けませんでした。
ファフニールは父を殺して黄金を独占します。そして弟レギンにも分けず、財宝を担いでグニタヘイズの荒野へ移り、穴を掘って籠りました。
『ファフニールの言葉』は、この変化をこう語ります。
恐怖の兜をかぶり、毒を吹きながら這い回った。誰ひとり近づく者はいなかった。
竜になった、というより、竜のようになった。 姿が変わったのか、恐ろしさがそう見せたのか、原典ははっきり書きません。財を独り占めした者が人でなくなるという筋だけが、まっすぐ通っています。
穴に潜む ─ 討ち方
弟レギンは、養い子であるシグルズに兄を討たせようとします。折れた剣を打ち直し、剣グラムを与えました。
竜は堅い鱗に覆われ、正面からは倒せません。そこへ、道で会った長い髭の老人が助言します。
竜が水を飲みに通る道に穴を掘り、そこに潜んで、上を通る腹を下から刺せ。
老人はオーディンでした。シグルズはそのとおりにして、心臓の下を貫きます。
死にぎわ、ファフニールは自分を討った若者に問いかけ、そして忠告します。
あの光る黄金は、おまえの死をもたらすだろう。
討たれた竜が、討った者の未来を告げる。 この場面は北欧神話でもっとも印象の深い対話とされます。
心臓と、鳥の声
レギンは兄の心臓を取り出し、焼くようシグルズに命じました。
焼け具合をみようと指で触れ、熱さに思わずその指を口へ入れます。竜の血が舌に触れた瞬間、シジュウカラのさえずりが言葉として聞こえました。
あの男は、おまえの首を狙っている。先に討て。
シグルズはレギンを討ち、心臓を食べ、黄金を馬グラニに積んで去りました。
この一連の場面は、スウェーデンやイギリスの石彫に繰り返し彫られています。 とくにラムスンドの岩絵は、竜の胴をルーン銘の帯にして、刺す場面・指をなめる場面・鳥・馬を一枚に収めています。
ファフニールの家系図と家族
ファフニールのきょうだい: レギン
ファフニールの性格と人物像
ファフニールは、悪として生まれた存在ではありません。
最初は賠償を求めるまっとうな遺族の一人でした。父が黄金を分けなかったことに怒り、殺し、独占し、そして誰も近づけない荒野へ籠ります。
兄弟にも分けなかった。
この一行に、この存在のすべてが入っています。得たものを、誰とも分けられなくなる。 竜になるのは結果であって、原因ではありません。
注目すべきは、死にぎわの言葉が呪いではなく忠告だったことです。おまえも同じ道をたどると告げている。そしてシグルズは、まさにそのとおりに滅びます。
西洋の竜が黄金の上に眠る姿は、この一頭から始まったといわれます。
原典がこの存在を小人(ドワーフ)とも人間とも書くのは、姿かたちより「抱えこんだこと」のほうを語りたかったからでしょう。
ファフニールゆかりの地と遺跡
ファフニールを祀った場所はありません。 竜は祀る相手ではありません。
かわりに、討たれる場面を彫った石が各地に残りました。スウェーデンのラムスンドの岩絵とゲークの石、イギリスのマン島とヨークシャーの石十字、ノルウェーの木造教会の扉。キリスト教が広まったあとの遺物にまで、この竜は彫られ続けています。
ラムスンドの岩絵(Ramsundsristningen)
十一世紀。竜殺しを彫った最古級の遺物
ラムスンドの岩絵の住所: スウェーデン セーデルマンランド県エスキルストゥーナ市イェーデル教区ラムスンデット
ラムスンドの岩絵に残るもの: 岩に彫られたルーン銘と線刻画
竜の胴そのものがルーン銘の帯になっており、その下から剣で刺す人物が彫られています。
そばには、指を口に入れる人物、木にとまる鳥、首を落とされた鍛冶、馬が並びます。一枚の岩に、物語の順序がそのまま彫られています。
スウェーデン国立文化財庁の遺跡台帳に登録されている。屋外の岩で、いまも見学できる。
ファフニールが現代に残した痕跡
この竜は、西洋のドラゴン像そのものに大きな跡を残しました。
宝を守る竜という型: トールキンの『ホビットの冒険』に出るスマウグは、この竜を下敷きにしていると作者自身が述べている。
ワーグナー『ジークフリート』: 楽劇の第二幕で巨人ファフナーが竜に変じ、指輪を守って眠る。舞台で竜をどう出すかは上演史の難題であり続けている。
恐怖の兜の意匠: この竜が身につけた「エーギスヒャールム」の名は、後代アイスランドの魔術書で、放射状の護符の名として使われた。
ファフニールが司るもの
富
莫大な黄金を抱えこんだ者として語られる。ただしその富には呪いがかかっていた。
毒
毒を吐きながら這い回ったとされる。
守護
財宝を誰にも渡さず守り続けた。宝を守る竜という形の出発点になった。
ファフニールについてよくある質問
ファフニールはもともと竜だったのですか。
違います。原典では小人または人間として語られ、黄金を独占したのちに竜へ姿を変えたとされます。
ファフニールを倒したのは誰ですか。
英雄シグルズです。竜が水を飲みに通る道に穴を掘って潜み、上を通る腹を下から剣グラムで刺しました。
ファフニールの黄金はどうなりましたか。
小人アンドヴァリの呪いがかかったまま、シグルズ、ブリュンヒルド、グンナルへと持ち主を変え、そのたびに死をもたらしました。
ファフニールとファフナーはどちらが正しい読みですか。
古ノルド語の音にもっとも近いのは「ファーヴニル」とされます。ファフナーは英語と現代ドイツ語の読みで、ワーグナーの楽劇を通じて広まりました。