木から剣を引き抜いた男。ヴォルスング一族の長。
シグムンドとは何の神様か
シグムンドはひとことで言えば竜殺しの父です。北欧最大の英雄シグルズの父であり、ヴォルスング一族を代表する人物です。
ヴォルスングとフリョーズのあいだに生まれた十人の息子の長男。双子の妹シグニューとともに、一族のなかでとりわけ美しく優れていたとされます。毒が効かないほど強健でした。
物語は、妹の結婚の宴から始まります。オーディンが剣を携えて現れ、館の大木に突き立て、引き抜けた者に与えると言い残して去りました。 抜いたのがシグムンドです。
その剣とともに長く勝ち続けます。しかし最後の戦いで、槍を構えた老人が現れ、剣は折れました。与えた者が、自ら折りに来たのです。
剣の破片は妻ヒョルディースが拾い、生まれた子シグルズのために打ち直されます。それが竜を裂く剣グラムになりました。
シグムンドの名前の表記と読み方
古ノルド語では Sigmundr。前半の sigr は「勝利」で、息子シグルズの名と同じ要素です。父と子の名が、同じ「勝利」という語で始まっています。
ドイツ語ではジークムント。ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』に登場する人物がこの名です。楽劇では妹にあたる女性の名がジークリンデで、二人からジークフリートが生まれます。北欧の伝えとは血のつながりが組み替えられています。
古英語の詩『ベーオウルフ』にはシイェムンドとして現れ、竜を討つ人物として語られます。北欧では竜を討つのは息子のほうですが、古英語では父の手柄になっています。
Sigmundr(シグムンド)
古ノルド語の表記。「勝利の守り」ほどの意味に解される。
Siegmund(ジークムント)
ドイツ語の表記。ワーグナーの楽劇でも使われる。
Sigemund(シイェムンド)
古英語の表記。『ベーオウルフ』に竜を討つ人物として現れる。
シグムンドの物語
木に刺さった剣 ─ 抜いたのは一人だけ
妹シグニューが、ゴート族の王シゲイルに嫁ぐ日のことです。館の中央には大きな木が立っていました。
そこへ、片目を隠した老人が入ってきます。老人は剣を木に突き立て、こう言いました。
これを引き抜いた者に与えよう。これほどの剣を手にしたことはあるまい。
老人はオーディンでした。居合わせた者が順に試しますが、剣は動きません。抜いたのはシグムンドただ一人でした。
新郎のシゲイル王は、この剣を金で買い取ろうと申し出ます。シグムンドは断りました。この一言の断りが、一族が滅びるまでの争いの始まりになります。
妹シグニュー ─ 復讐のために
シゲイル王は恨みを抱き、ヴォルスングとその息子たちを謀って討ちました。生き残ったのはシグムンドだけです。
妹シグニューは、夫のもとにありながら兄の側に立ちます。復讐のために自分の子を送りますが、耐えられる者がいません。
そこでシグニューは姿を変えて兄のもとを訪れ、身分を隠したまま子をもうけました。生まれたのがシンフィヨトリです。
二人は狼の皮をかぶって森に暮らし、力を蓄えて、ついにシゲイルの館を焼きます。
そして復讐を果たしたシグニューは、兄に真実を告げ、自ら火の中へ戻って死にました。 この一族の物語で、もっとも重い場面のひとつです。
毒が効かない体 ─ 強さの代償
シグムンドの体には毒が効きませんでした。この特質は、物語のなかで二度、決定的に働きます。
一度目は森での暮らしのなかで。二度目が、息子シンフィヨトリの死の場面です。
二番目の妻ボルグヒルドが、シンフィヨトリに毒を盛った角杯を差し出しました。息子は父に疑いを告げます。シグムンドは杯を取り上げて自分で飲み干しました。毒が効かないからです。
三度目に差し出されたとき、シグムンドは酔っており、こう言いました。
髭で漉して飲め。
シンフィヨトリはそのまま飲み、死にます。父の言葉が、そのまま息子を殺しました。
毒に強いという恵みが、毒を軽く見る油断を生んでいます。
折られた剣 ─ 与えた者が奪いに来る
老いたシグムンドは、王リュングヴィとの戦いに出ます。老いてなお、剣を振るえば敵は倒れました。
そのとき、戦場に青い外套の老人が現れます。手には槍。シグムンドは剣を打ちつけました。
剣は二つに折れました。 木から抜いたあの剣です。
それ以後、戦いの流れは変わり、シグムンドは深手を負って倒れます。夜、身重の妻ヒョルディースが探し当てました。手当てを勧める妻に、シグムンドはこう答えます。
オーディンはもう、私に剣を振るわせようとしない。
恩寵が去ったと悟った者は、それ以上生きようとしません。 破片を残し、生まれてくる子のために打ち直せと言い置いて、夜明けとともに死にました。
その破片から鍛え直された剣が、竜ファフニールを裂くことになります。
シグムンドの家系図と家族
シグムンドの性格と人物像
シグムンドは、受け取り、そして取り上げられる人です。
剣はオーディンから与えられました。勝ち続けたのもその剣によります。そして最後に、同じ神が槍を持って現れ、剣を折ります。
北欧の英雄物語には、この形がくり返し出てきます。神の恵みは貸し出されているだけで、返す日が来る。 シグルズも、シグムンドの子孫たちも、同じ道をたどりました。
それでもこの人物には、諦めの潔さがあります。剣が折れた瞬間に何が起きたかを理解し、手当てを断り、破片のことだけを妻に言い残す。取り乱していません。
強すぎることが災いも招きました。毒が効かない体は息子を死なせ、剣を売らなかった誇りは一族を滅ぼします。
恵まれていることと、幸福であることは違う。 ヴォルスング一族の物語は、その一点を執拗に描き続けます。
シグムンドゆかりの地と遺跡
シグムンドを祀った場所はありません。 神ではなく、英雄だからです。
この一族の物語を刻んだ石は、スウェーデンを中心に残っています。ただし彫られているのは息子シグルズの場面が圧倒的で、竜を刺す姿、指をなめる姿、木にとまる鳥といった図が並びます。
父の場面が確かに彫られていると言い切れる遺物は、確かめられませんでした。 そのため欄を空けています。折れた剣という主題が図として描きにくかったのかもしれません。
シグムンドが現代に残した痕跡
この人物の名は、ドイツ語圏の楽劇と、古英語の詩に姿を変えて残りました。
ワーグナー『ワルキューレ』のジークムント: 楽劇の主要な人物として登場する。妹にあたる女性はジークリンデで、二人の子がジークフリートになる。
『ベーオウルフ』のシイェムンド: 古英語の詩に、竜を討つ人物として現れる。北欧では竜を討つのは息子のほうであり、手柄の持ち主が入れ替わっている。
折れた剣グラム: オーディンの槍で折られた剣の破片が、息子のために打ち直された。折れた剣を鍛え直す型は、後の物語に広く受け継がれている。
シグムンドが司るもの
勝利
オーディンから与えられた剣とともに、長く戦に勝ち続けた。
勇気
一族を討たれてなお森に潜み、復讐を果たした。
復讐
妹シグニューとともに、一族を滅ぼした王への報いを最後まで果たした。
シグムンドについてよくある質問
シグムンドは何をした人ですか。
オーディンが木に突き立てた剣を、ただ一人引き抜いた人物です。ヴォルスング一族の長として一族の復讐を果たし、竜殺しの英雄シグルズの父になりました。
シグルズとはどういう関係ですか。
父と子です。シグムンドが死ぬときに残した折れた剣の破片が打ち直され、シグルズが竜を討つ剣グラムになりました。
なぜオーディンは剣を折ったのですか。
理由は書かれていません。シグムンド自身は、オーディンがもう自分に剣を振るわせるつもりがないと理解し、それ以上生きようとしませんでした。
ジークムントと同じ人物ですか。
ドイツ語圏での呼び名です。ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』に登場しますが、家族の関係は北欧の伝えとは組み替えられています。