原初の巨人。その死体から世界が作られた。

ニコライ・アビルゴー 「アウズフムラ」 / パブリックドメイン 出典
ユミルとは何の神様か
ユミルはひとことで言えば世界の材料です。
何もなかった時代、南の炎の国と北の氷の国のあいだに、最初の存在として生じました。
霜が溶け、滴となり、そこから人の姿をしたものが生まれた。 その名をユミルという。
眠っているあいだに汗をかき、腋の下から男女の巨人が、両足から息子が生まれ、巨人族が増えていきました。
そしてオーディンとその兄弟が、この巨人を殺します。
彼らはユミルの体から大地を作り、血から海と湖を、骨から山を、歯から岩を、髪から木を作った。
頭蓋骨は天空になり、脳は雲になりました。
世界そのものが、殺された巨人の死体でできている。
これが北欧神話の世界の作られ方です。
ユミルの名前の表記と読み方
古ノルド語では Ymir。日本語では「ユミル」「イミル」の両方が使われます。
名は「双子」「二重のもの」を意味する語に由来するとされ、自分ひとりで男女を生んだという特徴と結びつけられます。
興味深いのは、この語がインドの原初の人ヤマと同じ語源にさかのぼるとされる点です。世界最初の存在が殺されて世界になるという筋は、インドの『リグ・ヴェーダ』にも現れます。
Ymir(ユミル)
古ノルド語の表記。「双子」「二重のもの」を意味する語に由来するとされる。
Aurgelmir(アウルゲルミル)
古エッダでの呼び名。「砂利の叫ぶもの」の意とされる。
Brimir(ブリミル)
「海」に通じる別名。
Bláinn(ブライン)
「青黒いもの」の意とされる別名。
ユミルの物語
何もなかった ─ ギンヌンガガプ
北欧神話の始まりは、空白です。
古エッダ?「巫女の予言」はこう始まります。
太古の昔、ユミルが住んでいたころ。砂もなく、海もなく、冷たい波もなかった。 大地もなく、上に天もなかった。ただ大きく口を開けた裂け目があるだけで、草はどこにもなかった。
この裂け目をギンヌン?ガガプといいます。
その南には、炎の国ムスペルヘイム。北には、氷の国ニヴルヘイム。
氷が炎の熱で溶け、滴が落ちました。
その滴に生命が宿り、人の姿となった。 その名をユミルという。
熱と冷たさが出会った場所に、最初の存在が生まれました。 材料はそれだけです。
ひとりで増える ─ 腋と足から
殺される ─ 血の洪水
オーディンと兄弟のヴィリ・ヴェーは、ユミルを殺しました。
理由は書かれていません。ただ殺したとだけあります。
その結果が凄まじいものでした。
ユミルの傷から血が流れ出し、その洪水で霜の巨人はすべて溺れ死んだ。
一族全滅です。
ただし一人だけ助かりました。
ベルゲルミルだけが、妻とともに箱舟に乗って逃れた。 そこから新しい霜の巨人の一族が生まれた。
洪水と、箱舟で助かる一組。 世界各地の神話に共通する型が、ここにも現れます。
そして生き延びた巨人の子孫が、のちに神々と敵対し続けることになります。
ラグナロク?の原因は、この殺害にさかのぼります。
世界になる ─ 体の部位ごとに
神々はユミルの死体をギンヌンガガプの中央へ運び、切り分けました。
新エッダ?は対応を明記しています。
肉から大地を作った。血から海と湖を。骨から山を。歯と砕けた骨から岩と小石を。
続きます。
頭蓋骨から天空を作り、四隅を四人の小人に支えさせた。その小人の名は東・西・南・北という。
脳を空に投げ上げ、雲とした。
髪の毛から木を作った。
睫毛で城壁を巡らせ、そのなかを人間の住む世界とした。名をミッドガルド?という。
さらに、炎の国から飛んできた火花を空に固定して、太陽・月・星にしました。
世界のすべての部品に、由来があります。
山を見れば骨、海を見れば血、雲を見れば脳。この世界に、巨人の体でないものは何もありません。
死体の上に住む ─ この神話の世界観
ここまでを踏まえると、北欧神話の性格がはっきりします。
神々は、自分たちが殺した相手の死体の上に住んでいます。
大地は肉、空は頭蓋骨、雲は脳。歩けば骨を踏み、海を渡れば血の上を進む。
しかも、その殺害によって一族を溺れさせ、生き残りの子孫から永久に恨まれています。
巨人が繰り返しアースガルズ?を攻めるのも、ラグナロクで巨人の側が神々を滅ぼしに来るのも、発端はここです。
さらに言えば、神々自身も巨人の血を引いています。 オーディンの母は巨人の娘、ロキは巨人の子、トールの母も大地の女神。
殺した相手の体の上に、殺した相手の血を引いた者たちが住んでいる。
この神話が最初から終末を抱え込んでいる理由は、世界の作られ方そのものにあります。
ユミルの家系図と家族
ユミルの性格と人物像
ユミルには、性格がありません。
言葉をひとつも発していません。行動と呼べるのは、眠って汗をかいたことと、乳を飲んだことだけです。
存在しただけの神です。
しかし、この存在なしには何も始まりません。大地も、海も、山も、空も、人間の世界も、すべてこの巨人の体です。
注目すべきは、北欧神話が世界を「作られたもの」ではなく「加工されたもの」として描いていることです。
無から生み出したのではありません。すでにあったものを、殺して、切って、並べ替えた。
創造ではなく解体です。
そして神々は、その解体の当事者として、永久に報復される側に回りました。
ユミルは何もしていません。ただ最初にいたというだけで殺され、世界の材料になりました。北欧神話の暴力性は、一行目から始まっています。
ユミルゆかりの地と遺跡
ユミルを祀った場所はありません。
殺されて世界の材料にされた巨人なので、信仰の対象ではありません。
しかし、その情景は今も見られます。火と氷がぶつかる場所が、アイスランドに実在するからです。
シンクヴェトリル国立公園(Þingvellir)
大地の裂け目が地表に出ている場所
シンクヴェトリル国立公園の住所: アイスランド シンクヴェトリル
シンクヴェトリル国立公園に残るもの: 地溝
ユーラシアプレートと北米プレートの境目が、地上に現れている場所です。歩いて谷底へ降りると、両側に切り立った岩壁が続きます。
北欧神話は、はじめにギンヌンガガプ(大きく口を開いた裂け目)があったと語ります。その南に火の国、北に氷の国。
その裂け目が、目の前にある。
930年からアイスランドの民会(アルシング)が開かれた地でもあり、世界最古級の議会の跡として世界遺産に登録されています。
レイキャビクから車で約45分。ゴールデンサークルの一部。
ミーヴァトン(Mývatn)
火と氷が同居する景観
ミーヴァトンの住所: アイスランド ミーヴァトン
ミーヴァトンに残るもの: 溶岩原と温泉
湖のまわりに溶岩原、噴気孔、泥火山、そして冬には氷が並びます。
ユミルは、火の国ムスペルヘイムの熱と、氷の国ニヴルヘイムの霜が出会って溶けた滴から生まれました。
熱で氷が溶け、そこから最初の生き物ができる。
この土地では、それが比喩ではありません。 氷河の下で火山が噴き、溶けた水が流れ出す現象が実際に起きます。
近くのディムボルギルは「暗い城」を意味する奇怪な溶岩地形で、伝承の舞台になってきました。
夏は虫が非常に多い(ミーヴァトンは「蚊の湖」の意)。
ユミルが現代に残した痕跡
ユミルの名は地名には残りませんでしたが、世界の見方として残りました。
インドのプルシャ・ヤマとの類似: インドの『リグ・ヴェーダ』にも、原初の存在が解体されて世界になる話がある。ユミルとヤマは同じ語源にさかのぼるとされ、共通の古い伝承の名残と考えられている。
土星の衛星ユミル(Ymir): 2000年に発見された土星の衛星に、この巨人の名が付けられている。
「世界は巨人の死体」という発想: 山を骨、海を血、雲を脳と見る表現は、古ノルド語の詩の言い換え技法として実際に用いられた。
創作での定番の名: 巨大な始祖的存在の名として、ゲームや漫画で繰り返し使われている。
ユミルが司るもの
大地
その肉が大地になったとされる。歩く場所そのものがこの巨人の体である。
海
その血が海と湖になった。
始まり
何もない裂け目に最初に生じた存在。北欧神話のすべてはここから始まる。
ユミルが登場するゲーム・アニメ
「最初の巨人」という一点で使われる名です。人格が描かれることはほとんどなく、世界の起源を示す記号として登場します。
それは原典でも同じです。この巨人は原典でも何も語っていません。
ユミルが登場するゲーム
ユミルが登場するアニメ・漫画・映像
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ユミルについてよくある質問
ユミルとは何ですか。
北欧神話で最初に生じた原初の巨人です。炎の国と氷の国のあいだで氷が溶け、その滴から生まれました。オーディンたちに殺され、その死体から世界が作られます。
ユミルからどうやって世界ができたのですか。
肉が大地、血が海と湖、骨が山、歯が岩、髪が木、頭蓋骨が天空、脳が雲になりました。睫毛は人間の住む世界ミッドガルドの城壁になっています。
ユミルはどうやって子を作ったのですか。
配偶者はいません。眠っているあいだに汗をかき、左の腋の下から男女の巨人が、両足のあいだから息子が生まれました。
ユミルが殺されたとき何が起きましたか。
傷から流れ出た血が洪水となり、霜の巨人はすべて溺れ死にました。ベルゲルミルとその妻だけが箱舟で助かり、そこから新しい巨人の一族が生まれます。
なぜオーディンはユミルを殺したのですか。
理由は記されていません。原典はただ殺したとだけ書きます。この殺害が、巨人と神々が敵対し続ける発端になっています。
ユミルと併せて覚えたい言葉・用語
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
ヌン(Nun/原初の水)
世界が始まる前からある、暗く動かない水。ここから原初の丘が現れて創造が始まり、世界が終わるときはすべてここへ戻る。
ラグナロク(Ragnarök)
北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
ミッドガルド(Miðgarðr)
人間が住む世界。ユミルの睫毛で作った城壁に囲まれているとされる。
アースガルズ(Ásgarðr)
アース神族が住む神々の国。虹の橋ビフレストで地上とつながる。