愛と戦いの女神。戦死者の半分を受け取る。

エミール・デプラー 「フレイヤ」 1905年 / パブリックドメイン 出典
フレイヤとは何の神様か
フレイヤはひとことで言えばもっとも複雑な女神です。愛・美・豊穣を司りながら、同時に戦いの神でもあります。
意外に知られていないのが、この二つ目です。
戦死者の半分はフレイヤのものであり、残る半分をオーディンが取る。
主神と戦場の獲物を折半しているのです。しかも新エッダ?は、フレイヤが先に選ぶと記します。
名は「女主人」を意味する称号で、本名ではありません。兄フレイ(主)と対になっています。
持ち物は首飾りブリーシンガメン、鷹の羽衣、そして二匹の猫が引く車。
さらにこの女神は、魔術セイズ?をアース神族?に伝えました。 オーディンが操る呪術は、もとをたどればフレイヤから学んだものです。
夫オーズが去ったあと、探し歩きながら黄金の涙を流し続けたとされます。
フレイヤの名前の表記と読み方
古ノルド語では Freyja。日本語では「フレイヤ」「フレイア」が使われます。
フリッグと混同されやすいので注意してください。名前が似ており、どちらも愛にかかわりますが、フレイヤはヴァン神族?、フリッグはアース神族です。
別名が非常に多い女神で、新エッダは「夫を探して各地をさまよったとき、行く先々で別の名を名乗った」と説明しています。
Freyja(フレイヤ)
古ノルド語の表記。「女主人」を意味する称号で、本名ではないとされる。
Vanadís(ヴァナディース)
「ヴァン神族の女神」の意。元素バナジウムの名はこの別名に由来する。
Mardöll(マルデル)
「海を輝かせるもの」の意とされる別名。
Gefn(ゲヴン)
「与えるもの」の意。豊穣の側面を表す別名。
Sýr(シュール)
「雌豚」の意。豊穣の獣である猪との結びつきを示す。
フレイヤの物語
- 人質として渡る ─ そして魔術を伝える
- 首飾りを買う ─ 四人の小人と四夜
- 戦死者を選ぶ ─ オーディンとの折半
- 巨人に狙われ続ける ─ 神々の担保
- 夫を探す ─ 黄金の涙
- ラグナロクのあと ─ 語られない結末
人質として渡る ─ そして魔術を伝える
フレイヤは、アース神族とヴァン神族の和睦にあたり、人質として父ニョルズ、兄フレイとともにアースガルズ?へ渡りました。
しかしこの女神は、ただ渡されただけではありません。あるものを持ち込みました。
セイズを最初にアース神族へ教えたのは、フレイヤであった。
セイズとは、運命を操り、他人の心を変え、未来を見る魔術です。ヴァン神族に伝わる術でした。
オーディンはこれをフレイヤから学びます。
北欧神話最大の魔術師である主神が、その術を人質として来た女神から教わった。 これは非常に重要な事実です。
しかも当時、セイズは男が使うと恥とされる術でした。ロキが「ロキの口論」でオーディンを罵るとき、まさにこの点を突きます。
主神の力の源が、ヴァン神族の女神にある。 アース神族の側から見れば、あまり触れたくない事実だったはずです。
首飾りを買う ─ 四人の小人と四夜
フレイヤを象徴する宝が、首飾りブリーシンガメンです。
入手の経緯は、後代の写本に生々しく記されています。
岩の下で四人の小人が、見たこともないほど美しい黄金の首飾りを作っていました。フレイヤは譲ってほしいと申し出ます。金でも銀でも払うと言いました。
小人たちは金を求めませんでした。代わりに出した条件は、四人それぞれと一夜を過ごすことでした。
フレイヤは承知した。 そして四夜ののち、首飾りを手にした。
この話をロキがオーディンに告げ口し、首飾りは一度盗み出されます。取り返したのはヘイムダルで、二柱はアザラシに化けて争いました。
この逸話は、この女神が「欲しいものを、代価を払って手に入れる」神であることを示しています。兄フレイが剣を手放したのと、同じ性格です。
戦死者を選ぶ ─ オーディンとの折半
フレイヤについて、もっとも見落とされている事実があります。
この女神は戦の神です。
古エッダ?はこう記します。
フレイヤは戦場へ赴くたび、殺された者の半分を得る。 残る半分はオーディンのものである。
新エッダはさらに踏み込みます。
彼女は戦場へ馬を進め、半分を選び取る。 オーディンが残りを取る。
先に選ぶのはフレイヤのほうです。
死者を迎える館の名はフォールクヴァング(軍勢の野)。オーディンのヴァルハラ?と並ぶ、もうひとつの戦士の館です。
愛の女神が戦場に現れ、死んだ戦士を主神より先に選り分けていく。この二面性が、フレイヤという神の本質です。
巨人に狙われ続ける ─ 神々の担保
フレイヤは、巨人たちが繰り返し要求した神でもあります。
アースガルズの城壁を築く職人は、報酬としてフレイヤと太陽と月を求めました。
トールの槌ミョルニル?を盗んだ巨人スリュムは、返す条件としてフレイヤを花嫁に寄越せと言いました。
このとき神々は、あろうことかフレイヤに嫁ぐよう頼みます。
フレイヤは激怒し、その鼻息で神々の館が震えた。 ブリーシンガメンははじけ飛んだ。
私がおまえと巨人の国へ行けば、私は男に飢えた女のなかでもっとも淫らな女ということになる。
断固として拒否しました。
結局、トール自身が花嫁衣装を着て乗り込むことになります。北欧神話でもっとも笑える場面ですが、その発端はフレイヤが拒んだことです。
差し出されそうになるたび、この女神は自分で拒みました。
夫を探す ─ 黄金の涙
フレイヤにはオーズという夫がいました。
この神については、ほとんど何も分かっていません。名がオーディン(Óðinn)と酷似しているため、もとは同じ神だったとする説が有力です。
そのオーズが、ある日去りました。
フレイヤは夫を求めて諸国をさまよい、行く先々で異なる名を名乗った。
別名がこれほど多いのは、そのためだと新エッダは説明します。
そして、この女神は泣き続けました。
フレイヤは赤い黄金の涙を流す。
黄金そのものが「フレイヤの涙」と呼ばれ、詩の言い回しとして使われました。
戦場で死者を選ぶ女神が、夫を探して泣き歩く。 北欧神話でもっとも人間らしい姿のひとつです。
ラグナロクのあと ─ 語られない結末
終末の日、多くの神が死にます。オーディンは狼に呑まれ、トールは大蛇と相討ち、フレイは炎の巨人に討たれ、ヘイムダルとロキは互いを殺します。
フレイヤの最期は、どこにも書かれていません。
死んだとも、生き残ったとも記されない。ただ、記述が途切れます。
兄フレイの死は明記され、父ニョルズは「賢明な力のもとへ帰る」と書かれています。この女神だけが宙に浮いたままです。
これを「記録が失われた」と見るか、「戦死者を選ぶ側の神だから、終末の外側にいる」と見るかは、解釈が分かれます。
北欧神話でもっとも祀られた女神が、どう終わったのかは分からない。 それがこの神話の残し方でした。
フレイヤの家系図と家族
フレイヤの性格と人物像
フレイヤは、自分で決める女神です。
首飾りが欲しければ、対価を払って手に入れます。巨人に差し出されそうになれば、館が震えるほど怒って拒みます。夫が去れば、待たずに自分で探しに行きます。
待つ女神ではありません。
同時に、この女神は北欧神話の女神のなかで唯一、明確な力を持っています。 魔術セイズの使い手であり、それを主神に教えた側であり、戦場で死者を選ぶ権利を持つ。
ロキは「ロキの口論」でこの女神を「ここにいる神々と妖精のすべてと寝た」と罵りました。しかしそれは、この女神が誰にも従属していないことの裏返しでもあります。
愛の女神でありながら戦場に立ち、豊穣の神でありながら魔術を操り、泣きながら自分で探しに行く。
ひとつの役割に収まらない。 それがフレイヤという神です。
書物によってフレイヤの記述が異なるところ
北欧神話は一冊にまとまっていません。フレイヤについても、 書物によって記述が分かれる箇所が1件あります。 どちらか一方に決めず、両方を出典つきで載せています。
戦死者を先に選ぶのは、オーディンかフレイヤか
古エッダ13世紀の写本
グリームニルの言葉 第14節
- オーディン ─ 戦死者を半分ずつ取る ─ フレイヤ
古エッダは「フレイヤは戦場へ赴くたび、殺された者の半分を得る。残る半分はオーディンのものである」と記す。取り分が半分ずつであることだけを述べ、どちらが先に選ぶかには触れていない。
新エッダ1220年頃
ギュルヴィたぶらかし 第24章
- フレイヤ ─ フレイヤが先に選ぶ ─ オーディン
新エッダは「彼女は戦場へ馬を進め、半分を選び取る。オーディンが残りを取る」と記す。選ぶ順序が明示されており、主神より先に選ぶことになる。愛の女神とされるフレイヤが、戦場の分配で優先権を持つ点が大きく異なる。
フレイヤゆかりの地と遺跡
フレイヤ専用の神殿は特定されていません。 しかし地名の多さと出土品から、実際に広く祀られていたことは確かとされています。
興味深いのは、キリスト教化のあともこの女神の記憶が残ったことです。北欧の民間伝承では、魔女や妖精の姿を借りて語り継がれました。祀ることが禁じられても、消えなかった神です。
フレイヤの名を持つ地名群(Frö-/Frøy-)
広く祀られた証拠
フレイヤの名を持つ地名群の住所: スウェーデン中部・ノルウェー各地
フレイヤの名を持つ地名群に残るもの: 地名
スウェーデンやノルウェーには、フレイヤの名を含む地名が数多く残っています。
フレイの地名と区別しにくい例も多いのですが、いずれにせよヴァン神族の兄妹が広い範囲で祀られていたことを示しています。
フリッグの地名が極端に少ないのと対照的で、実際に祀られていたのはフレイヤのほうだったと考えられています。
フレイヤが現代に残した痕跡
フレイヤの名は、曜日・元素・言葉に残りました。
金曜日との混同: 英語 Friday の語源はフリッグだが、北欧の一部ではフレイヤの日と解された。二柱がもともと同じ女神だったとする説の根拠のひとつになっている。
元素バナジウム(Vanadium): スウェーデンの化学者が1830年に命名。フレイヤの別名ヴァナディース(ヴァン神族の女神)にちなむ。
「フレイヤの涙」: 黄金を指す詩の言い回し。夫を探して赤い黄金の涙を流したという伝承による。琥珀を指す場合もある。
ドイツ語 Frau(婦人): この女神の名と同じ「女主人」を意味する語にさかのぼる。敬称としての「フラウ」は、もとは女神の称号だった。
フレイヤが司るもの
恋愛・縁結び
愛と美を司る。北欧では恋の願いをこの女神に向けた。
豊穣・子宝
ヴァン神族の本領。別名シュール(雌豚)は豊穣の獣との結びつきを示す。
戦い
戦死者の半分を選び取る。愛の女神でありながら戦場の取り分を持つ。
魔術
運命を操るセイズの使い手。この術をアース神族に伝えたのはこの女神である。
フレイヤが登場するゲーム・アニメ
北欧の女神のなかでもっとも人気があります。 愛と戦いという相反する性格が扱いやすく、現代の作品では強い女性像として描かれることが多くなっています。
ただし魔術セイズの使い手という側面はあまり描かれません。原典でもっとも重要な力が、創作では省かれがちです。
フレイヤが登場するゲーム
フレイヤが登場するアニメ・漫画・映像
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フレイヤについてよくある質問
フレイヤは何の神様ですか。
愛・美・豊穣を司るヴァン神族の女神です。同時に戦いの神でもあり、戦死者の半分を自らの館フォールクヴァングに迎えます。
フレイヤとフリッグの違いは何ですか。
フレイヤはヴァン神族でフレイの妹、フリッグはアース神族でオーディンの妻です。どちらも愛にかかわるため混同されますが、出自の異なる別の神です。
フレイヤはオーディンより先に戦死者を選ぶのですか。
新エッダはそのように記します。フレイヤが戦場で半分を選び取り、残りをオーディンが取るとされます。
ブリーシンガメンとは何ですか。
フレイヤが持つ黄金の首飾りです。四人の小人が作り、それぞれと一夜を過ごすことを条件に譲り受けたと伝えられます。
フレイヤの夫は誰ですか。
オーズという神ですが、記録がほとんど残っていません。名がオーディンと酷似するため、もとは同じ神だったとする説があります。オーズが去ったあと、フレイヤは黄金の涙を流しながら探し歩いたとされます。
フレイヤはラグナロクでどうなりますか。
記されていません。多くの神の最期が明記されるなか、この女神の結末だけが書かれずに終わります。
フレイヤと併せて覚えたい言葉・用語
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。
セイズ(Seiðr)
運命を操り未来を見る魔術。ヴァン神族の術で、フレイヤがアース神族に伝えた。当時、男が使うと恥とされた。
ヴァン神族(ヴぁんしんぞく)
豊穣と富を担う神々の一族。アース神族と戦って和睦し、ニョルズ・フレイ・フレイヤが人質としてアースガルズへ渡った。
アースガルズ(Ásgarðr)
アース神族が住む神々の国。虹の橋ビフレストで地上とつながる。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
ヴァルハラ(Valhöll)
オーディンの館。「戦死者の館」の意。選ばれた戦士が毎日戦い毎晩よみがえって、ラグナロクに備える。
ミョルニル(Mjölnir)
トールの槌。投げれば必ず手に戻る。小人が作ったが、ロキの妨害で柄が短くなった。