主神。知識を求めて片目を捧げ、自らを木に吊るした。

エミール・デプラー 「バルドルの馬を癒すヴォーダン」 1905年 / パブリックドメイン 出典
オーディンとは何の神様か
オーディンはひとことで言えば知識を求め続ける神です。戦・詩・魔術・死者を司り、アース神族?を率いる主神とされます。
この神を理解する鍵は、自分を差し出して知識を得るという一点にあります。知恵の泉の水を飲むために片目を捧げ、ルーン文字を得るために自らを世界樹に九夜吊るし、槍で自分を貫きました。
二羽の鴉フギン(思考)とムニン(記憶)を世界に放って情報を集め、八本足の馬スレイプニルに乗ります。
そして終末ラグナロク?を知りながら、それに備え続けます。 戦死者を集め、軍勢を蓄え、しかし自分が狼に呑まれて死ぬことも知っている。避けられない結末を知りつつ準備するという姿勢が、この神を貫いています。
オーディンの名前の表記と読み方
古ノルド語では Óðinn。語源の「óðr」は激情・詩想・狂乱を表し、詩人が言葉に憑かれる状態と、戦士が我を忘れる状態の両方を指します。詩と戦を同じ神が司る理由が、名前そのものに現れています。
古英語形の Wōden が、英語の Wednesday の語源です。
Óðinn(オーディン)
古ノルド語の表記。「óðr(激情・詩想)」に由来し、「狂乱を司る者」の意とされる。
Wōden(ウォーデン)
古英語での名。英語の Wednesday はここから来ている。
Wotan(ヴォータン)
ドイツ語圏での名。ワーグナーの楽劇ではこの名で登場する。
Alfaðir(アルファズル)
「万物の父」を意味する称号。
オーディンの物語
世界を作る ─ 巨人の死体から
世界が始まる前、氷と炎の狭間に原初の巨人ユミルが生じました。
オーディンは兄弟ヴィリ、ヴェーとともにユミルを殺し、その死体で世界を作ります。
肉は大地に、血は海に、骨は山に、歯は岩に、髪は木に、頭蓋骨は天空に、脳は雲になった。
世界そのものが巨人の死体でできている。 北欧神話の性格をもっともよく表す場面です。
続けて、浜辺に流れ着いた二本の流木から最初の人間を作りました。オーディンが息を、他の二柱が知恵と姿を与えたとされます。
片目を捧げる ─ 知恵の泉
世界樹ユグドラシル?の根元に、ミーミルの泉があります。そこの水を飲めば知恵が得られました。
オーディンは水を求めました。番人ミーミルは代償を要求します。
片目を置いていけ。
オーディンは応じました。自らの目をえぐって泉に沈め、水を飲みます。
主神が、知識のために身体の一部を差し出す。 全能であることを前提としない、この神話の考え方がここに現れています。
以後オーディンは隻眼で描かれます。
ルーンを得る ─ 自らを木に吊るす
オーディンはさらに、ルーン文字という究極の知識を求めました。
古エッダ?は、この神自身の言葉として記します。
われは知る、風吹きすさぶ樹に九夜の間、われ吊られたるを。槍もて傷つけられ、オーディンにわれ自身を捧げ、われ自身にわれを捧げて。
自分を自分に捧げる。 誰にも助けられず、飲まず食わずで九夜。ついに叫び声とともにルーンを掴み取り、落下しました。
知識を得るために自分を犠牲にするという、この神の一貫した姿勢がもっとも極まった場面です。
戦死者を集める ─ ヴァルハラ
ラグナロク ─ 知りながら備える
オーディンは、巫女に世界の終わりを予言させました。そこで告げられたのがラグナロクです。
三年続く冬のあと、狼が太陽を呑み、世界樹が震え、縛められていた者たちが解き放たれる。神々と巨人が最後の戦いをして、世界は焼け落ちる。
そしてオーディン自身は、狼フェンリルに呑み込まれて死ぬ。
この神は、それを知っています。知ったうえで戦死者を集め、軍勢を蓄え、備え続けました。
変えられない結末を知りながら、なお準備する。 北欧神話がもっとも強く打ち出している主題です。
戦いのあと、世界は海に沈み、やがて新しい大地が浮かび上がります。生き残った神々と、隠れていた人間の男女から、世界は再び始まります。
オーディンの家系図と家族
オーディンの性格と人物像
オーディンは、代償を払い続ける神です。
目を差し出し、自分を木に吊るし、槍で自分を貫く。得ようとしているのは常に知識です。力ではありません。
そして手に入れた知識が教えたのは、自分が死ぬということでした。それでも準備をやめません。
一方で、褒められた神ではありません。約束を破り、人を欺き、戦を煽ります。ヴァルキュリャに「誰を死なせるか」を選ばせるのはこの神です。勝つべき者を負けさせることもあります。
知識のためなら手段を選ばず、その知識に苦しめられる。 日本神話のアマテラスが統治者として描かれるのに対し、この神は探究者として描かれています。
書物によってオーディンの記述が異なるところ
北欧神話は一冊にまとまっていません。オーディンについても、 書物によって記述が分かれる箇所が1件あります。 どちらか一方に決めず、両方を出典つきで載せています。
戦死者を先に選ぶのは、オーディンかフレイヤか
古エッダ13世紀の写本
グリームニルの言葉 第14節
- オーディン ─ 戦死者を半分ずつ取る ─ フレイヤ
古エッダは「フレイヤは戦場へ赴くたび、殺された者の半分を得る。残る半分はオーディンのものである」と記す。取り分が半分ずつであることだけを述べ、どちらが先に選ぶかには触れていない。
新エッダ1220年頃
ギュルヴィたぶらかし 第24章
- フレイヤ ─ フレイヤが先に選ぶ ─ オーディン
新エッダは「彼女は戦場へ馬を進め、半分を選び取る。オーディンが残りを取る」と記す。選ぶ順序が明示されており、主神より先に選ぶことになる。愛の女神とされるフレイヤが、戦場の分配で優先権を持つ点が大きく異なる。
オーディンゆかりの地と遺跡
北欧神話には、現在も参拝できる神殿がありません。 キリスト教化の過程で祭祀の場が失われたためです。
そのため、実際に訪ねられるのは遺跡と博物館になります。ウプサラの祭祀跡、各地のルーン石碑、出土した護符。文字で書かれた神話より古い証拠として、むしろ価値の高いものが残されています。
なお、アイスランドには1972年に設立されたアウサトルー信仰協会があり、公認宗教として今も祭祀を行っています。
ガムラ・ウプサラ(Gamla Uppsala)
古代スウェーデンの祭祀の中心地
北欧神話の信仰における最大の聖地とされた場所です。11世紀にドイツの聖職者アダム・フォン・ブレーメンが、ここに黄金の神殿があり、オーディン・トール・フレイの三神像が並んでいたと記録しています。
九年ごとに大祭が行われ、人間を含む生贄が木に吊るされたという記述も残ります。オーディンが自らを木に吊るした神話と対応する記述として、しばしば言及されます。
現在は巨大な王墓が三基残り、隣接する博物館で出土品を見られます。神殿の跡地には後にキリスト教の教会が建てられました。
ウプサラ中心部からバスで約15分。博物館は冬季は開館日が限られる。
スウェーデン歴史博物館(Historiska museet)
ヴァイキング時代の遺物を所蔵
スウェーデン歴史博物館の住所: スウェーデン ストックホルム
スウェーデン歴史博物館に残るもの: ヴァイキング時代の出土品
ヴァイキング時代の遺物を大量に所蔵する博物館です。オーディンを表したとされる小像や、ルーン石碑、武具、装身具が展示されています。
とくに知られるのが、片目を強調した小さな像や、二羽の鴉を伴う人物を刻んだ兜の飾り板です。神話の描写と考古遺物が直接つながる例として重要です。
神話が文字で記録されるより前の時代の遺物であり、13世紀のエッダより古い証拠にあたります。
常設展は入場無料。金の間には出土した金製品が集められている。
オーディンが現代に残した痕跡
北欧の神々の名は、現代のヨーロッパ言語のなかに今も生きています。 とくに曜日名は、日常的に使われながらその由来が意識されない代表例です。
Wednesday(水曜日): 古英語の Wōdnesdæg「ウォーデンの日」に由来する。ウォーデンはオーディンの古英語形。ローマの曜日名では水星(メルクリウス)の日にあたり、両者が対応づけられた。
オランダ語 woensdag: 同じく「ウォーデンの日」。ドイツ語では Mittwoch(週の半ば)に置き換えられ、神名が残らなかった。
地名 Odense(オーデンセ): デンマークの都市。「オーディンの聖域」を意味する。アンデルセンの生地としても知られる。
ルーン文字: オーディンが自らを犠牲にして得たとされる文字。実際に北欧各地の石碑に刻まれ、数千点が現存する。
wednesday の綴り: 発音されない d が残っているのは、Wōden の名を綴りが保存しているため。
オーディンが司るもの
知識・詩想
ルーンと詩の蜜酒を得た神であることによる。
戦・勝利
戦死者を選び、戦の帰趨を左右する神とされた。
魔術・予言
セイズという魔術を用い、未来を知る神であることによる。
死者の導き
戦死者をヴァルハラへ迎える役割による。
オーディンが登場するゲーム・アニメ
現代の作品ではマーベル版のイメージが強いですが、原典のオーディンは老いた隻眼の放浪者として描かれます。若く力強い王ではありません。 旅人の姿で人間の前に現れ、謎かけをする場面が多くあります。
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オーディンについてよくある質問
オーディンは何の神様ですか。
知識・戦・詩・魔術・死者を司るアース神族の主神です。
なぜオーディンは片目なのですか。
知恵の泉の水を飲むため、番人ミーミルへ片目を差し出したからです。
水曜日 Wednesday はオーディンと関係がありますか。
あります。古英語の Wōdnesdæg「ウォーデン(オーディン)の日」が語源です。発音しない d が残っているのは神名の綴りを保存しているためです。
オーディンはラグナロクでどうなりますか。
狼フェンリルに呑み込まれて死にます。その結末を予言によって知りながら、備え続けました。
オーディンゆかりの場所はどこですか。
スウェーデンのガムラ・ウプサラが最大の聖地とされます。デンマークの都市オーデンセは「オーディンの聖域」を意味します。
オーディンと併せて覚えたい言葉・用語
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。
ラグナロク(Ragnarök)
北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。
ユグドラシル(Yggdrasill)
世界を貫いて立つ巨大な樹。三つの根がそれぞれ別の世界へ伸び、その根元に泉がある。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
ヴァルハラ(Valhöll)
オーディンの館。「戦死者の館」の意。選ばれた戦士が毎日戦い毎晩よみがえって、ラグナロクに備える。