復讐のためだけに生まれた神。一夜で育ち、その日のうちに討った。
ヴァーリとは何の神様か
ヴァーリはひとことで言えば報いを果たすために生まれた神です。オーディンと、巨人の娘リンドとのあいだの子で、司法をつかさどる神の一人に数えられます。
この神には、生まれた理由がはっきりしています。光の神バルドルが盲目のヘズの手にかかって死んだあと、その報いを果たす者として世に出されました。
生まれて一夜のうちに戦いに出て、その日のうちに役目を終えます。 手も洗わず、髪も梳かないまま。古エッダ?はそう歌います。
一日も子どもでいなかった神です。成長も、迷いも、学びも語られません。生まれ、討ち、それで終わりです。
そしてラグナロク?を生き延びます。焼け落ちた世界にふたたび現れる神々の顔ぶれの中に、この名が挙がります。復讐だけを負わされた者が、新しい世界に残るという、収まりの悪い結末です。
ヴァーリの名前の表記と読み方
古ノルド語では Váli(ヴァーリ)。日本語ではヴァリとも書かれます。語源ははっきりしていません。
注意が必要なのは、ロキの息子にも同じ名の者がいることです。 ロキが罰せられる場面で、息子ヴァーリが狼に変えられ、もう一人の息子ナルヴィを引き裂きます。その腸でロキが岩に縛られました。この二柱はまったく別の存在です。
さらにサクソ・グラマティクスの『デンマーク人の事績』には、オーディンとリンダの子ボウスが、バルドルを殺したホテルスを討つ話があります。名は違いますが、同じ筋を別の書物が伝えたものとみられています。
Váli(ヴァーリ)
古ノルド語の表記。語源は定まっていない。
Vali(ヴァリ)
長音を落とした表記。日本語の書物ではこちらも使われる。
Bous(ボウス)
デンマーク人の事績が伝える名。オーディンとリンダの子でホテルスを討つ人物として書かれる。
ヴァーリの物語
リンドの子 ─ 母をめぐる話
ヴァーリの母はリンド。巨人の娘、あるいは東方の王の娘として語られます。
バルドルの死のあと、オーディンは復讐する子を得るために、この女のもとへ向かいました。
『デンマーク人の事績』はこの経緯を細かく書きますが、内容は主神の名誉になるものではありません。拒まれ続けたオーディンが、姿を変えて近づき、力ずくで意を通したと伝えられます。
エッダのほうは経緯を書かず、子が生まれた事実だけを記します。
同じ出来事を、書物が二通りに伝えている。 北欧神話ではよくあることですが、この一件はとくに差が大きく残りました。
一夜の子 ─ 手も洗わず、髪も梳かず
古エッダは、この神の一生をほとんど一節で片づけます。
手も洗わず、髪も梳かないまま、バルドルの敵を薪の上に運んだ。
生まれた夜のうちに大人になり、ヘズを討ち、その亡骸を火葬の薪へ運んだ、という意味です。
身支度をする時間さえ与えられていません。 北欧の詩は、洗うことと梳くことを「日々の暮らし」の印としてよく使います。それを一つも済ませていない、という言い方で、この神が暮らしを持たなかったことを示しています。
生まれた目的が果たされた時点で、語ることが無くなります。以後、この神が何かをした記録はほとんどありません。
ヘズを討つ ─ 誰も悪くない復讐
討たれたヘズは、バルドルの弟であり、盲目の神でした。
ヘズには殺意がありません。神々が「傷つかないバルドル」に物を投げて遊ぶ輪に加われずにいたところ、ロキが近づいて宿り木の枝を握らせ、方向を教えたのです。何を投げたのかも見えていませんでした。
それでも報いは果たされます。仕組んだロキではなく、投げた手のほうが討たれました。
悪意のない者が殺し、悪意のない者が討たれる。 この神話の復讐は、罪の重さではなく、血のつながりと結果で動きます。
そして終末のあと、ヘズもバルドルとともに戻ってきます。討った者と討たれた者が、同じ新しい世界に並びます。
ヴァーリの家系図と家族
ヴァーリの性格と人物像
ヴァーリは、内面を持たされなかった神です。
迷いも、怒りも、悲しみも書かれていません。母のもとで育った時間もなく、誰かと言葉を交わした記録もない。あるのは、生まれた理由と、果たした結果だけです。
これは書き手の手抜きではなく、そういう神として作られているとみるべきでしょう。北欧の社会では、殺された者の血族が報いを果たすことが強く求められました。ヴァーリは、その決まりごとを神の形にしたものです。
人格ではなく、規範が歩いている。 この神を読むと、そう感じられます。
それでも一点だけ、はっきりした手ざわりが残ります。手も洗わず、髪も梳かないまま出ていったという一行です。急いでいたのだということだけは、はっきり伝わってきます。
ヴァーリゆかりの地と遺跡
ヴァーリを祀った場所は見つかっていません。 神殿の記録も、この神の名を確かに含むと言い切れる地名も、確かめられませんでした。
北欧の神々のうち、地名に残ったのはオーディン、トール、フレイ、ウルなど、実際に人が願いをかけた神に限られます。復讐という一つの働きしか持たない神には、祈る場面がありません。
本文で触れた『デンマーク人の事績』の伝えでは、この神はボウスという別の名で書かれます。名の食い違いも、信仰の痕跡が薄い一因と考えられます。
ヴァーリが現代に残した痕跡
この神の名は、遺跡ではなく、書物どうしの食い違いの形で残りました。
『デンマーク人の事績』のボウス: サクソ・グラマティクスの年代記に、オーディンとリンダの子ボウスがホテルスを討つ話がある。同じ筋を別の名で伝えたものとみられている。
同名のロキの子: ロキの息子にも同じ名の者がおり、狼に変えられて兄弟を引き裂く。別の存在だが、資料でしばしば混同される。
生き残る神の一覧: 『巫女の予言』が歌うラグナロク後の顔ぶれに、この神の名が挙がる。復讐の神が新しい世界に残る点は、古くから議論の的である。
ヴァーリが司るもの
復讐
バルドルの報いを果たすために生まれ、生まれた夜のうちに討った神である。
勝利
一夜で成長して戦いに出た、その速さで語られる。
約束を守ること
司法をつかさどる神の一人に数えられ、血族の報いという規範を体で示す。
ヴァーリについてよくある質問
ヴァーリはどんな神ですか。
オーディンと巨人の娘リンドの子で、バルドルの報いを果たすために生まれた神です。生まれて一夜のうちに成長し、ヘズを討ちました。
なぜヘズを討ったのですか。
ヘズがバルドルを射たからです。ただしヘズは盲目で、ロキに枝を握らされて方向を教えられただけであり、殺意はありませんでした。
ロキの息子のヴァーリと同じですか。
別の存在です。ロキの息子のヴァーリは、罰の場面で狼に変えられ、兄弟を引き裂きます。名前が同じなだけで、まったく違います。
ラグナロクで死にますか。
生き延びます。ヴィーザル、モージ、マグニらとともに、焼けた世界のあとに残る神々の顔ぶれに名が挙がります。
ヴァーリと併せて覚えたい言葉・用語
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
ラグナロク(Ragnarök)
北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。