杖を持つ予言の巫女。北欧神話は、この女の語りとして始まる。
ヴォルヴァとは何の神様か
ヴォルヴァはひとことで言えば予言する女です。神ではなく、古い北欧の社会に実際にいた職能者を指す言葉です。
担ったのはセイズ?という魔術でした。家々を渡り歩き、先々の年の実りや、その家の子の行く末を告げます。スパーコナ(予言する女)とも呼ばれ、日本語ではおおむね巫女と訳されます。
この存在が北欧神話で決定的なのは、神話そのものが、一人のヴォルヴァの語りとして書かれていることです。 古エッダ?の巻頭に置かれた『巫女の予言』は、オーディンに呼び出された巫女が世界の始まりから終末までを語る詩です。
もうひとつ、『バルドルの夢』ではオーディンが死者の国まで下り、墓の中の巫女を呪文で呼び起こして問いただします。呼ばれた巫女は、迷惑そうに答えます。
北欧神話の一次資料のうち、最も重要な二篇が、この職能の語りの形をとっています。
ヴォルヴァの名前の表記と読み方
古ノルド語では vǫlva(ヴォルヴァ)。アイスランド語でも、ほぼ同じ形で綴られます。英語圏ではヴァラという形も使われました。
語源は、杖を意味する語に結びつけるのが有力です。この職能者は儀式で杖を持ったとされ、その姿から名が付いたと考えられています。名前そのものが、道具から来ている職業名だということになります。
呼び名は一つではありません。スパーコナ(予言する女)、ヴィーセンダコナ(知る女)など複数の語が伝わります。男の術者を指すセイズマズルという語もありますが、こちらは社会から蔑まれることがありました。
Vǫlva(ヴォルヴァ)
古ノルド語の表記。複数形はヴォルル。杖を意味する語と結びつけられる。
Spákona(スパーコナ)
「予言する女」の意。ほぼ同じ職能を指す別の呼び名。
Vǫluspá(ヴォルスパー)
『巫女の予言』の原題。「ヴォルヴァの予言」を意味する。
ヴォルヴァの物語
セイズ ─ 実際に行われていた魔術
セイズは、キリスト教が広まる前の北欧で行われていた魔術の呼び名です。運命を見通し、また変えるとされました。
サガはその様子を伝えます。家に招かれた巫女が高い座に上がり、周りの者が特定の歌をうたい、術者が幻の旅に出る。術者の魂が体を離れて知らせを持ち帰る、という形です。
担い手はほとんどが女性でした。男が行うとエルギと呼ばれる社会の禁忌に触れるとされ、迫害を受けることもありました。
神話では、この術はオーディンとフレイヤに結びつけられます。フレイヤがアース神族?にセイズを教えたと伝えられており、主神さえも女神から習った術ということになります。
巫女の予言 ─ 神話の全体を語る
古エッダの巻頭に置かれた『巫女の予言』は、北欧神話を研究するうえで最も重要な資料の一つとされます。
形式が独特です。オーディンに呼び出された一人の巫女が、一人称で語り続けます。 世界の創造、黄金の時代、最初の戦争、バルドルの死、ラグナロク?、そして焼けた世界からの再生まで。
巫女はときどき語りを止めて、こう問いかけます。
まだ知りたいか。それとも、これで足りるか。
聞いているのは主神ですが、話の主導権は巫女の側にあります。 神々の未来を知っているのは巫女のほうであり、オーディンは聞く側に回っています。
写本は『王の写本』と『ハウクスボーク』に残り、王の写本では六十三の聯から成ります。
バルドルの夢 ─ 墓から呼び起こされる
光の神バルドルが死の夢を見たとき、オーディンは自ら馬を駆って死者の国へ下りました。
目当ては、東の門のそばに葬られた古い巫女の墓です。オーディンは死者を呼び起こす呪文を唱えました。
誰だ、私に休みを与えず、無理に呼び起こす者は。
巫女は迷惑がりながらも問いに答えます。ヘルの館がなぜ飾り立てられているのか。誰が待たれているのか。誰がバルドルを殺すのか。誰が復讐するのか。
答え終えた巫女は、相手の正体を見抜いて突き放します。眠らせておいてくれ、と言い残して、墓へ戻っていきます。
死んでいても、知っていることは知っている。 北欧の死者観がよく出ている一篇です。
墓から出た杖 ─ 物語だけではなかった
ヴォルヴァは書物の中の存在にとどまりません。考古学の側からも手がかりが出ています。
北欧各地の女性の墓から、杖と解される鉄や青銅の棒が副葬品として見つかっています。実用の道具とは形が違い、儀式の道具ではないかとされます。
名前そのものが杖に由来するという説と、この出土は重なります。
書物が伝える職能が、土の中からも同じ形で出てくる。 神話の登場人物としてではなく、実在した職業としてこの存在を見る根拠になっています。
ただし、棒がすべて儀式の杖だと決まったわけではありません。断定は避けられています。
ヴォルヴァの家系図と家族
ヴォルヴァの性格と人物像
ヴォルヴァは、神々より上に立つ声です。
北欧神話でオーディンは知識のために片目を捧げ、九夜を樹に吊るされ、死者の言葉まで学びました。それでも未来を知りたいときは、巫女に聞きに行くしかありません。
そして巫女は、へりくだりません。『巫女の予言』では語りを止めて聞き手を試し、『バルドルの夢』では呼び起こされたことに腹を立て、答え終えると帰ってしまいます。
主神が頼み、巫女が答える。この上下の向きが、北欧神話の背骨になっています。
神々にも運命があり、その運命は神が決めたものではない。だから知るには、外の誰かに聞くほかない。その「外の誰か」が、生身の女たちだったことに、この神話の性格がよく出ています。
神々の前に立った巫女としては、三度焼かれて三度よみがえったグルヴェイグの名も挙げられます。
ヴォルヴァゆかりの地と遺跡
ヴォルヴァを祀った場所はありません。 祀られる側ではなく、祀りと占いを行う側だからです。
かわりに残ったのが墓です。北欧各地の女性の墓から、儀式の杖と解される棒や、外国産の装身具を伴う副葬品が見つかっています。特別な扱いを受けた女性がいたことは確かですが、その墓の主が巫女だったと断定できる例は多くありません。
個々の遺跡の所在地については、この記事では確かめられたものだけを扱う方針のため、欄を空けています。
ヴォルヴァが現代に残した痕跡
この職能の名は、詩の題名と、後の時代の言葉づかいに残りました。
『巫女の予言』という題: 原題ヴォルスパーは「ヴォルヴァの予言」の意。北欧神話を伝える最も重要な詩の題名に、この職能の名が入っている。
墓から出る杖状の副葬品: 女性の墓から、実用の道具とは形の違う鉄や青銅の棒が見つかっている。儀式の杖とする見方があるが、断定はされていない。
セイズという語: この職能が担った魔術の呼び名。近代以降、北欧の古い信仰を再構成しようとする人々によって再び用いられている。
ヴォルヴァが司るもの
魔術
セイズと呼ばれる魔術を担い、先々を告げる職能そのものである。
予知
世界の始まりから終末までを語る役を負う。
死者の導き
墓の中から呼び起こされて答える場面が伝わり、死者と生者の境に立つ存在とされた。
ヴォルヴァについてよくある質問
ヴォルヴァは神様ですか。
神ではありません。古い北欧の社会にいた予言と魔術の職能者を指す言葉で、日本語ではおおむね巫女と訳されます。
なぜ北欧神話で重要なのですか。
神話の全体を伝える『巫女の予言』が、オーディンに呼び出された一人のヴォルヴァの語りという形で書かれているためです。
セイズとは何ですか。
キリスト教が広まる前の北欧で行われていた魔術です。運命を見通し、また変えるとされ、担い手のほとんどは女性でした。
実在したのですか。
サガの記述に加え、女性の墓から儀式の杖と解される棒が出土しており、実在した職能とみる見方が有力です。ただし個々の墓の主を巫女と断定できる例は多くありません。
ヴォルヴァと併せて覚えたい言葉・用語
セイズ(Seiðr)
運命を操り未来を見る魔術。ヴァン神族の術で、フレイヤがアース神族に伝えた。当時、男が使うと恥とされた。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。
ラグナロク(Ragnarök)
北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。