名がそのまま「大地」を意味する女神。雷神トールの母。
ヨルズとは何の神様か
ヨルズはひとことで言えば大地そのものです。古ノルド語の Jǫrð は固有名詞であると同時に、いまも「大地」を指す普通名詞です。
新エッダ?『ギュルヴィたぶらかし』は、この女神をアース神族?の一人に数えます。ただし生まれは巨人の側で、夜の女神ノートの娘とされます。
主神オーディンとのあいだに生まれたのが、雷神トールでした。スカルド詩はトールを呼ぶとき、父の名ではなく「ヨルズの子」という言い方をくり返し使います。
物語らしい物語を持たない女神です。事件を起こさず、旅もせず、誰とも争いません。それでも北欧神話でもっとも人気のある神の母として、名前だけは何度も呼ばれ続けます。
フロージュン、フィヨルギュンという別の名でも呼ばれます。どれも大地を指す古い語で、同じ女神なのか、似た神が後にまとめられたのかは決着していません。
ヨルズの名前の表記と読み方
古ノルド語では Jǫrð(ヨルズ)。現代のアイスランド語でも、ほぼ同じ形の語が「大地」「地球」を指す日常語として使われています。神の名がそのまま普通名詞として生き残っている、数少ない例です。
フィヨルギュンという名には注意が必要です。女性形のフィヨルギュンはトールの母、つまりこの女神を指しますが、男性形のフィヨルギュンは女神フリッグの父とされる別の神です。日本語ではどちらも同じカタカナで書かれるため、混同が起きやすくなっています。
フロージュンのほうは、語源そのものがわかっていません。大地を意味する古い語だとする説、地名から来たとする説などがあります。
Jǫrð(ヨルズ)
古ノルド語の表記。そのまま「大地」を意味する語である。
Hlóðyn(フロージュン)
スカルド詩でトールの母を指す別名。語源は定まっていない。
Fjǫrgyn(フィヨルギュン)
同じくトールの母を指す名。男性形フィヨルギュンは別の神とされる。
ヨルズの物語
トールの母 ─ 父ではなく母で呼ばれる神
北欧の詩は、神を呼ぶときに親の名を添える言い回しを好みます。オーディンの子、ボルの子、といった形です。
ところがトールについては、「ヨルズの子」という母方の呼び方が、たびたび使われます。
理由ははっきり書かれていません。ただ、トールという神の性格を考えると腑に落ちます。雷は空から降りますが、雷神が守るのは畑であり、家であり、人の住む大地です。
天の主神と、大地の女神の子。 その組み合わせ自体が、この神の役どころを言い当てています。
巨人の血 ─ アース神族に数えられながら
ヨルズの母は、夜の女神ノートです。ノートはヨトゥンヘイムに住む巨人ナルヴィ(ネルとも)の娘で、髪も姿も生まれつき黒いとされます。
ノートは三度結婚しました。二番目の夫アンナルとのあいだに生まれた娘が、ヨルズです。三番目の夫はアース神族のデリングで、その子が昼の神ダグでした。
つまりヨルズは、夜の娘であり、昼の異父姉にあたります。
アース神族に数えられながら、母方をたどれば巨人に行き着く。 北欧の神々の血筋は、ほとんどがこの形をしています。神と巨人は敵同士でありながら、絶えず縁を結び続けました。
物語を持たない女神 ─ なぜ記録が少ないのか
ヨルズには、まとまった物語がひとつもありません。事件を起こさず、旅にも出ず、台詞も残っていません。
これは記録が失われたというより、もともとそういう神だったと考えるほうが自然です。大地は動かず、語らず、ただそこにあります。その性質が、そのまま記録の少なさになっています。
同じことは、他の神話の大地の女神にも起こりました。名前と系譜だけがはっきりしていて、物語がない。
語ることが少ないという事実そのものが、この女神が何であるかを示しています。
大地を指す言葉として ─ 神名が普通名詞になる
北欧の詩にはケニングという言い回しがあります。ものを直接言わず、別の言い方で示す技法です。
大地を指すとき、詩人は「オーディンの妻」「トールの母」といった言い方をしました。逆に、女神の名をそのまま「土地」「国」の意味で使うこともありました。
大地は妻と呼ばれ、母と呼ばれ、そして娘とも呼ばれる。
神の名と普通名詞のあいだに、はっきりした線が引かれていません。 ヨルズという語は、女神を指しながら、同時に足元の土そのものを指し続けました。
現代のアイスランド語でも、この語は生きた日常語です。千年後の天気予報の中に、女神の名がそのまま残っています。
ヨルズの家系図と家族
ヨルズの性格と人物像
ヨルズは、説明されない神です。
性格を書いた文がありません。優しいとも厳しいとも、賢いとも書かれていない。わかるのは、誰の娘で、誰と結ばれ、誰を生んだかだけです。
それでもこの女神が消えなかったのは、呼ばれ続けたからです。トールという人気のある神を語るたびに、その母の名が出てきます。詩人が大地を指すたびに、その名が使われます。
語る物語を持たないまま、言葉のほうに残った神。 神殿も祭りの記録も乏しいのに、名前だけは千年を越えて日常語として生きています。
巨人の血を引き、主神と結ばれ、雷神を生む。北欧神話の骨組みを、静かに支えている一柱です。
ヨルズゆかりの地と遺跡
ヨルズを祀った建物や祭りの記録は、見つかっていません。 トールやフレイの名を持つ地名は北欧各地にありますが、この女神の名を確かに含むと言い切れる地名は確かめられませんでした。
理由の一つは、名前が普通名詞と同じであることです。「大地」を意味する語は地名にいくらでも入るため、女神に由来するのか、単に土地を指しているだけなのかを分けられません。
本文で触れたとおり、この女神は物語ではなく言葉として残りました。祀られた場所を探すより、詩の言い回しの中に探すほうが確かです。
ヨルズが現代に残した痕跡
ヨルズの名は、遺跡ではなく言葉のほうに残りました。北欧の日常語と、詩の技法の中に見つかります。
アイスランド語の「大地」: 「大地」「地球」を意味する現在も使われる語。女神の名とほぼ同じ形で、日常語としてそのまま生きている。
トールを指すケニング: 古い詩は雷神を「ヨルズの子」と呼んだ。父ではなく母の名で呼ばれる、めずらしい言い回しである。
ゲルマン語に共通する大地の語: 英語やドイツ語で「地」を表す語と同じ系統に属するとされる。北ヨーロッパの各言語に、同じ由来の語が広く残っている。
ヨルズが司るもの
大地
名がそのまま大地を意味し、土地そのものと同一視された。
豊穣
大地の化身として、作物を実らせる力と結びつけられた。
出産
雷神トールの母として、母であることそのもので語られる女神である。
ヨルズについてよくある質問
ヨルズはどんな女神ですか。
大地そのものを表す女神です。名前が古ノルド語の「大地」という普通名詞と同じで、新エッダではアース神族の一人に数えられます。
ヨルズとトールはどういう関係ですか。
母と子です。オーディンとのあいだに生まれたのがトールで、詩ではトールを「ヨルズの子」と呼ぶ言い方がくり返し使われます。
ヨルズは神ですか、巨人ですか。
新エッダはアース神族に数えます。ただし母は夜の女神ノートで、その父は巨人とされるため、血筋をたどれば巨人に行き着きます。
フィヨルギュンやフロージュンとは同じ神ですか。
同じ女神を指す別名として扱われるのが一般的です。ただしフィヨルギュンには男性形の同名の神が別におり、混同しやすいので注意が必要です。
ヨルズと併せて覚えたい言葉・用語
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。