食べられては翌朝よみがえる二頭の山羊。トールの車を引く。
タングリスニとタングニョーストとは何の神様か
タングリスニとタングニョーストは、ひとことで言えば食べても減らない家畜です。雷神トールが持つ二頭の魔法の山羊です。
名の意味は、タングリスニが「歯を研ぐもの」、タングニョーストが「歯ぎしりするもの」。どちらも歯にちなむ名です。
仕事は二つあります。ひとつはトールの戦車を引くこと。もうひとつが変わっています。旅の途中で主に食べられ、翌朝よみがえることです。
条件があります。骨と皮さえ残っていれば、トールが皮の上でミョルニル?を振るうと生き返ります。逆に骨を傷つけられると、生き返っても傷が残ります。
それが実際に起きたのが、巨人の国ウートガルズへの旅でした。宿を借りた農家の子が腿の骨を割ってしまい、トールの激怒を招きます。
タングリスニとタングニョーストの名前の表記と読み方
二頭の名は、どちらも歯にちなんでいます。タングリスニが「歯を研ぐもの」または「臼歯」、タングニョーストが「歯ぎしりするもの」です。
なぜ歯なのかは書かれていません。 山羊が草を噛む音から来たとする見方が自然でしょう。夜の宿で、二頭が絶えず歯を鳴らしている音が聞こえていたのかもしれません。
日本語ではタングリスニ、タングリスニルの両方の表記が使われます。二頭をまとめて「トールの山羊」と呼ぶことも多くあります。
北欧の資料では、この二頭が単独で名指されることは少なく、たいてい対で語られます。
Tanngrísnir(タングリスニ)
古ノルド語の表記。「歯を研ぐもの」「臼歯」と解される。
Tanngnjóstr(タングニョースト)
もう一頭の名。「歯ぎしりするもの」を意味する。
Tanngrisnir(タングリスニル)
日本語の資料で見られる別の表記。
タングリスニとタングニョーストの物語
雷の車を引く ─ 音の正体
食べて、よみがえらせる ─ 尽きない食料
旅の途中、トールはこの二頭を屠って食べます。
翌朝、皮を広げて骨を集め、その上でミョルニルを振るうと、山羊は起き上がって元通りになります。
条件は、骨と皮が揃っていること。 肉は食べてしまってかまいません。
食べても減らない家畜という発想は、飢えが身近だった土地でこそ強く響きます。 ヴァルハラ?の猪セーフリームニルも同じ仕組みです。
神々の恵みとして繰り返し語られるのは、金でも宝石でもなく、尽きない食べ物でした。北欧神話の願いの形が、はっきり出ています。
シャールヴィの過ち ─ 折れた脚
巨人の国ウートガルズへ向かう旅の途中、トールは農家に宿を借りました。
礼として山羊を屠り、家の者に振る舞います。ただし、骨を傷つけないよう言い置きました。
ところが、家の子シャールヴィが髄を吸いたさに腿の骨を割ってしまいます。
翌朝、よみがえった山羊は足を引きずっていました。
トールは眉をひそめ、槌の柄を握る指の関節が白くなった。
神の怒りを鎮めるために、農家は子ども二人を差し出しました。 シャールヴィと妹レスクヴァです。
二人はその後、トールの従者として旅に同行します。一本の骨の代償が、家の子二人でした。
山羊という家畜 ─ 北欧の暮らしから
雷神の乗り物が山羊であることには、暮らしの裏づけがあります。
北欧、とくに山がちで痩せた土地では、牛より山羊のほうが飼いやすい家畜でした。木の葉も食べ、岩場も歩き、乳をよく出します。
神話に出てくる家畜は、その土地で実際に飼われていた家畜です。 ヴァルハラの蜜酒を出すのも牝山羊でした。
北欧のクリスマスに藁で編んだ山羊を飾る習わしがあり、これをトールの山羊に結びつけて語ることがあります。ただし、その結びつきを確かめられる古い記録は見つかっていません。
言い伝えの由来を語るときは、確かめられたところで止めておくのが安全です。
タングリスニとタングニョーストの家系図と家族
タングリスニとタングニョーストの性格と人物像
この二頭は、耐える側の存在です。
主の車を引き、主の腹を満たし、翌朝また立ち上がる。それを繰り返します。感情も、言葉も語られません。
ただ一度だけ、足を引きずるという形で結果が残りました。骨を割られた側の痛みが、物語の中に一箇所だけ刻まれています。
そしてその過ちを償ったのは、山羊ではなく人間の子ども二人でした。 山羊自身が何かを求めた場面はありません。
この神話の家畜は、道具であると同時に、壊れうるものとして描かれます。何度でもよみがえるが、扱いを誤れば傷が残る。
尽きないものにも限度がある。 トールの山羊は、その一点を足の傷で示し続けています。
タングリスニとタングニョーストゆかりの地と遺跡
この二頭を祀った場所はありません。 神ではなく、神の家畜だからです。
北欧の出土品には山羊を表したものがありますが、この二頭だと確かめられる遺物は見つかっていません。 山羊はヴァルハラの牝山羊ヘイズルーンとも結びつくため、図だけで判別することはできません。
トールの車を描いたと解される図が刻まれた石はいくつかありますが、引いている獣がこの二頭だと確かめられるものは限られます。 ここでは欄を空けています。
タングリスニとタングニョーストが現代に残した痕跡
この二頭の名は、雷という自然現象の説明と、北欧の冬の習わしのそばに残りました。
雷鳴の説明: 新エッダは、トールが車を走らせると雷鳴が轟くと伝える。雷の音が、山羊の引く車の音として説明されている。
藁の山羊: 北欧のクリスマスに藁で編んだ山羊を飾る習わしがある。トールの山羊に結びつけて語られるが、それを確かめられる古い記録は見つかっていない。
シャールヴィとレスクヴァ: 骨を割った代償として差し出された農家の子ども二人。その後トールの従者として旅に同行する。
タングリスニとタングニョーストが司るもの
再生
骨と皮さえ残っていれば、槌の祝福で翌朝よみがえる。
循環
食べられては生き返ることを繰り返す、尽きない家畜である。
約束を守ること
骨を傷つけないという言いつけを破った者が、重い代償を払う話として語られる。
タングリスニとタングニョーストについてよくある質問
タングリスニとタングニョーストとは何ですか。
雷神トールの車を引く二頭の魔法の山羊です。名はそれぞれ「歯を研ぐもの」「歯ぎしりするもの」を意味します。
なぜ食べられるのですか。
旅の食料になるからです。骨と皮さえ残っていれば、トールが槌を振るうことで翌朝よみがえります。
なぜ足を引きずったのですか。
農家の子シャールヴィが髄を吸うために腿の骨を割ってしまったからです。骨を傷つけると、生き返っても傷が残ります。
シャールヴィはどうなりましたか。
トールの怒りを鎮めるため、妹レスクヴァとともに差し出され、その後は従者として旅に同行しました。
タングリスニとタングニョーストと併せて覚えたい言葉・用語
ミョルニル(Mjölnir)
トールの槌。投げれば必ず手に戻る。小人が作ったが、ロキの妨害で柄が短くなった。
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
ヴァルハラ(Valhöll)
オーディンの館。「戦死者の館」の意。選ばれた戦士が毎日戦い毎晩よみがえって、ラグナロクに備える。