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北欧神話

ヘイズルーンとは何の神様か|家系図・物語

Heiðrún  / ヘイズルーン

大地 神獣

ヴァルハラの屋根に立つ牝山羊。乳の代わりに蜜酒を出す。

ヘイズルーンとは何の神様か

ヘイズルーンはひとことで言えば尽きない酒樽です。ヴァルハラの屋根に立つ牝山羊で、乳房から蜜酒を出します。

していることは単純です。レーラズという樹の葉と若芽を食み、その乳房から酒が出る。出た蜜酒は大桶を満たし、戦死者たちがどれだけ飲んでも尽きることがありません。

この山羊がいなければ、ヴァルハラという館は成り立ちません。毎日殺し合って毎晩宴を開く軍勢に、飲み物を切らさず供給し続ける仕組みが必要だからです。

食べるほうは、毎日煮られては翌朝よみがえる猪セーフリームニルが受け持ちます。飲む側を一頭の山羊が、食べる側を一頭の猪が支えている。

名の意味ははっきりしません。「明るい」「輝く」に通じる語を含むとする説がありますが、決着していません。

ヘイズルーンの名前の表記と読み方

古ノルド語では Heiðrún。日本語ではヘイズルーン、ハイズルーン、ヘイドルーンなどと書かれ、表記が定まっていません。

名の前半 heið- は「明るい」「澄んだ」に通じる語とする説があります。後半の -rún は「秘密」「ルーン」を指す語です。あわせて読むと「明るい秘密」のような形になりますが、意味が通るとは言いがたく、断定はされていません。

北欧の神話には、名前の意味がわからないまま伝わった存在が数多くいます。語源を無理に決めないのが、この分野の作法です。

Heiðrún(ヘイズルーン)

古ノルド語の表記。前半は「明るい」に通じる語とする説がある。

Heidrun(ハイズルーン)

特殊な字を置き換えた綴り。英語圏の資料で広く使われる。

Læraðr(レーラズ)

この山羊が葉を食む樹の名。世界樹と同じものとする説がある。

ヘイズルーンの物語

  1. 尽きない蜜酒 ─ ヴァルハラの仕組み
  2. レーラズという樹 ─ 世界樹と同じものか
  3. 山羊という家畜 ─ なぜ牛ではないのか
  4. この山羊について語られていないこと

尽きない蜜酒 ─ ヴァルハラの仕組み

ヴァルハラの日課は特殊です。勇士たちは昼のあいだ庭で殺し合い、日が暮れると傷が癒えて宴の席に着きます。

これを毎日くり返すには、尽きない食べ物と飲み物が要ります。

飲み物を受け持つのがヘイズルーンです。この山羊の乳房から出る蜜酒が大桶を満たし、どれだけ飲んでも空にならないと歌われます。

食べ物を受け持つのは猪セーフリームニル。料理人アンドフリームニルが鍋エルドフリームニルで毎日煮ますが、翌朝には元通りによみがえります。

減らないものだけで組まれた館。 終わりの日に向けて軍勢を蓄え続けるという目的が、その設計に表れています。

レーラズという樹 ─ 世界樹と同じものか

ヘイズルーンが葉を食む樹の名は、レーラズといいます。

この樹が何なのかが、古くから議論されてきました。世界樹ユグドラシルと同じものを指すのではないか、という説が有力です。 ヴァルハラの上に立つ樹という説明が、世界樹の描かれ方と重なるためです。

ただし、原典がその同一性をはっきり書いている箇所はありません。別の樹だと考える研究者もいます。

同じ樹の葉は、牡鹿エイクスュルニルも食んでいます。二頭は同じ場所で、同じものを食べています。

そして片方からは蜜酒が出て、もう片方の角からは世界じゅうの川になる水が滴ります。一本の樹の葉が、酒と水に分かれていくという奇妙な仕組みです。

山羊という家畜 ─ なぜ牛ではないのか

ヴァルハラの飲み物を出すのが山羊であることには、暮らしの裏づけがあります。

北欧、とくにアイスランドやノルウェーの山がちな土地では、牛より山羊のほうが飼いやすい家畜でした。痩せた草地でも育ち、木の葉も食べ、乳をよく出します。

神話に出てくる家畜は、その土地で実際に飼われていた家畜です。 トールの車を引くのも山羊であり、原初の乳を出すのは牝牛でした。牛は豊かな土地の家畜、山羊は厳しい土地の家畜です。

天上の館の飲み物が、いちばん身近な家畜から出ている。 北欧神話の想像力は、いつも足元から始まります。

この山羊について語られていないこと

ヘイズルーンについて確かなのは、立つ場所と、食べるものと、出すものだけです。

性格も、生まれも、ラグナロクの後どうなったのかも書かれていません。世界が焼け落ちたとき、この山羊がどうなったかを伝える記述は見つかっていません。

これは記録が失われたというより、役目が単純だからでしょう。館の設備の一部として置かれた存在に、物語は要りません。

それでも、この一頭が忘れられないのは、担っている役目が羨ましいからです。 尽きない酒という発想は、飢えと渇きが身近だった時代の、いちばん素朴で強い願いの形です。

ヘイズルーンの家系図と家族

ヘイズルーンの性格と人物像

ヘイズルーンは、願いの形そのものです。

性格はありません。喜びも怒りも語られず、誰とも言葉を交わさない。ただ葉を食み、酒を出します。

それでも、この一頭が北欧神話でよく知られているのは、やっていることが誰にでもわかるからです。飲み物が尽きない。それだけで、聞いた人の心をつかみます。

天国の描き方には、その土地の暮らしの厳しさが映ります。 ヴァルハラで約束されているのは、傷が毎晩癒えること、肉が毎朝よみがえること、そして酒が減らないこと。

豪華なものは何もありません。 尽きないという一点だけが、繰り返し強調されています。

屋根の上に立つ一頭の山羊は、その願いをいちばん静かに体で示している存在です。

トールの車を引くタングリスニとタングニョーストも、食べられては翌日よみがえります。尽きない食と飲み物は、この神話の館を成り立たせている約束事です。

ヘイズルーンゆかりの地と遺跡

ヘイズルーンを祀った場所はありません。 神ではなく、館に置かれた生きものだからです。

北欧の出土品には山羊をかたどったものがありますが、この一頭を表すと確かめられる遺物は見つかっていません。 山羊はトールの車を引く二頭とも結びつくため、図だけでどちらを指すかを決めることはできません。

なお、クリスマスに藁で編んだ山羊を飾る北欧の習わしは、この山羊ではなくトールの山羊に結びつけられて語られることが多いようです。どちらとも断定できる根拠は確かめられませんでした。

ヘイズルーンが現代に残した痕跡

この山羊の名は、詩の一場面として残りました。尽きない酒という発想は、後の物語にも受け継がれています。

尽きない器という発想: 減らない酒、よみがえる肉という考え方は、後のヨーロッパの物語にも繰り返し現れる。

レーラズという樹: この山羊が葉を食む樹の名。世界樹ユグドラシルと同じものとする説があるが、原典は同一とは書いていない。

北欧の山羊飼い: 痩せた土地でも育ち、木の葉を食べて乳を出す山羊は、北欧の暮らしで最も身近な家畜だった。

ヘイズルーンが司るもの

豊穣

尽きない蜜酒を出し続ける、恵みの絶えない家畜として語られる。

循環

樹の葉を食み、酒に変えて出すという繰り返しを担う。

死後の栄誉

ヴァルハラに迎えられた戦死者たちの宴を支える存在である。

ヘイズルーンについてよくある質問

ヘイズルーンとは何ですか。

ヴァルハラの屋根に立つ牝山羊です。レーラズという樹の葉を食み、乳房から蜜酒を出します。

蜜酒は誰が飲むのですか。

ヴァルハラに迎えられた戦死者エインヘリャルです。大桶を満たすほど出るため、どれだけ飲んでも尽きません。

レーラズは世界樹ですか。

同じものとする説が有力ですが、原典がはっきり書いているわけではありません。別の樹と考える研究者もいます。

トールの山羊と同じですか。

別です。トールの車を引くのはタングリスニとタングニョーストという二頭で、食べられては翌朝よみがえります。

ヘイズルーンと併せて覚えたい言葉・用語

ヴァルハラ(Valhöll)

オーディンの館。「戦死者の館」の意。選ばれた戦士が毎日戦い毎晩よみがえって、ラグナロクに備える。

ユグドラシル(Yggdrasill)

世界を貫いて立つ巨大な樹。三つの根がそれぞれ別の世界へ伸び、その根元に泉がある。

ラグナロク(Ragnarök)

北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。