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北欧神話

アウズンブラとは何の神様か|家系図・物語

Auðumbla  / アウズンブラ

大地 原初の神

氷を舐めて最初の神を掘り出した、原初の牝牛。

アウズンブラとは何の神様か

アウズンブラはひとことで言えば世界の最初の生きものの一頭です。原初の巨人ユミルとほぼ同時に、虚空ギンヌンガガプの霜から生まれました。

名は「豊かな、角のない牛」を意味すると解されます。アウドムラ、アウズフムラとも書かれます。

この牛が果たした役目は二つあります。ひとつは、体から流れ出す四本の乳の川でユミルを養ったこと。もうひとつが決定的です。塩気を含んだ氷を舐め続け、そこから最初の神ブーリを掘り出したことです。

ブーリの子がボル、ボルの子がオーディンとその兄弟でした。つまり神々の血筋は、この牛の舌から始まっています。

出てくるのは新エッダのほぼ一か所きりで、性格も、その後の行方も語られません。それでも世界の始まりに欠かせない一頭として、必ず名前が挙がります。

アウズンブラの名前の表記と読み方

名前は二つの部分に分けて読まれます。前半の auð- は「豊かさ」「富」、後半の -humla は「角のない牛」を指す語とされます。あわせて「乳の豊かな、角のない牛」ほどの意味になります。

綴りが写本によって揺れており、決定版がありません。 アウズンブラ、アウズフムラ、アウドムラ、いずれの表記も見かけます。日本語の書物ではアウズンブラとアウドムラが多く使われています。

角がないという点は見落とされがちですが、名前に含まれている以上、語り手が意識していた特徴だと考えられます。

Auðumbla(アウズンブラ)

新エッダの写本に見られる綴りのひとつ。

Auðhumla(アウズフムラ)

別の綴り。humla は「角のない牛」を指す語とされる。

Auðumla(アウドムラ)

日本語の書物でよく使われる表記。

アウズンブラの物語

  1. 虚空の霜から ─ 生まれ方
  2. 四本の乳の川 ─ 巨人を養う
  3. 氷を舐める ─ 三日で現れた神
  4. なぜ記録が一か所しかないのか

虚空の霜から ─ 生まれ方

世界の初めにあったのは、ギンヌンガガプという巨大な裂け目でした。北からは氷の国ニヴルヘイムの寒気が、南からは火の国ムスペルヘイムの熱気が吹きつけています。

熱が霜に触れ、滴が垂れました。その滴から生まれたのが、原初の巨人ユミルです。

そして同じ滴から、この牝牛も生まれました。 巨人と牛が、ほとんど同時に世界に現れたことになります。

新エッダは、ギュルヴィという王の問いに答える形でこの話を進めます。「ユミルはどうやって生きていたのか」と問われて、スノッリが持ち出したのがアウズンブラでした。

四本の乳の川 ─ 巨人を養う

アウズンブラの体からは、四本の川となって乳が流れ出しました。ユミルはそれを飲んで生き延びます。

巨人が育ち、その脇の下と足から巨人族が増えていきました。つまり霜の巨人という一族は、まるごとこの牛の乳で育ったことになります。

後にユミルは神々に殺され、その体から世界が作られます。海も、大地も、山も、天も、もとをたどればこの乳から育った肉です。

世界の材料を養ったのは、一頭の牛でした。

氷を舐める ─ 三日で現れた神

では、牛は何を食べていたのか。ギュルヴィはそう問います。答えはこうでした。

彼女は塩気のある霜の石を舐めていた。

そして舐めた場所から、人の姿が現れます。新エッダはその過程を細かく書きます。一日目に髪が、二日目に頭が、三日目に体の全部が氷から出てきました。

この人がブーリ、最初に生まれた神です。ブーリの子がボル、ボルが巨人の娘ベストラと結ばれて生まれたのが、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三兄弟でした。

世界の創造者たちは、牛が氷を舐めなければ一柱も生まれていません。

なぜ記録が一か所しかないのか

これほど重要な役どころでありながら、アウズンブラの名は新エッダのほかにほとんど出てきません古エッダには一度も現れず、詩人が作った名前の一覧に一度触れられるだけです。

そのため「スノッリが物語をつなぐために作った牛ではないか」という疑いが、当然のように出ました。

しかし研究者の見方は違います。世界の初めに原初の牝牛が現れる型は、他の古い神話にも広く見られるからです。 この一致は偶然にしては強すぎるとされ、いまでは古い北欧の伝えに根ざした存在として受け入れられています。

記録が乏しいことと、後から作られたことは、同じではありません。

アウズンブラの家系図と家族

アウズンブラの子・子孫: オーディン氷から掘り出したブーリの曾孫にあたるヴィリとヴェー氷から掘り出したブーリの曾孫にあたる

アウズンブラの性格と人物像

アウズンブラには、性格が書かれていません。何を思い、どこへ行き、いつ消えたのかも語られない。

それでもこの一頭が忘れられないのは、していることの大きさによります。巨人を養い、神を掘り出す。北欧神話の登場人物のうち、これ以上に世界の土台にかかわった存在はほとんどいません。

しかも、争っていません。 北欧神話は殺し合いと欺きの物語ですが、この牛は誰も傷つけず、ただ乳を出し、ただ氷を舐めます。

何のために舐めたのかも書かれていない。塩が欲しかっただけかもしれません。世界でもっとも大きな結果が、まったく意図されずに起きています。

静かで、優しく、そして途方もない。北欧神話のはじまりに置かれた、風変わりな一頭です。

アウズンブラゆかりの地と遺跡

アウズンブラを祀った場所は見つかっていません。 神殿も、地名も、確かめられた遺物もありません。

原初の存在は、そもそも祀られにくいものです。世界が始まる前の出来事に属していて、人の暮らしに手を貸す相手ではないからです。

ただし、北欧に牛の信仰そのものが無かったわけではありません。牛は財産の単位であり、乳と肉を与える最も大切な家畜でした。その暮らしの実感が、世界の初めに一頭の牝牛を置く発想を支えたと考えられます。

アウズンブラが現代に残した痕跡

この牝牛の名は、遺跡ではなく物語の型として残りました。世界の初めに牛を置く語り方は、北欧だけのものではありません。

原初の牝牛という型: 世界の始まりに大きな牛が現れる語り方は、古代の他の神話にも見られる。アウズンブラを古い伝えとみなす根拠のひとつとされる。

塩を舐める岩: 家畜が塩気のある岩を舐める姿は、牧畜の暮らしでは日常の光景である。神話の場面がそこから来ているとする見方がある。

名に残る「豊かさ」: 名の前半 auð- は富と豊かさを指す語で、北欧の人名や地名にも広く使われた要素である。

アウズンブラが司るもの

始まり

世界の最初の生きものの一頭として、物事のはじまりに置かれる。

出産

乳で原初の巨人を養い、氷から最初の神を生み出した働きによる。

豊穣

名に「豊かさ」を含み、尽きない乳の恵みとして語られる。

アウズンブラについてよくある質問

アウズンブラは何ですか。

世界の初めに現れた原初の牝牛です。乳で原初の巨人ユミルを養い、塩気のある氷を舐めて最初の神ブーリを掘り出しました。

どの書物に出てきますか。

新エッダ『ギュルヴィたぶらかし』がほぼ唯一の出典です。古エッダには現れず、詩人の名前の一覧に一度触れられるだけです。

スノッリの創作ではないのですか。

疑う声はありましたが、いまは古い伝えに根ざした存在と考えられています。世界の初めに牝牛が現れる型が、他の古い神話にも見られるためです。

オーディンとはどういう関係ですか。

この牛が氷から掘り出したブーリの、ひ孫にあたるのがオーディンです。ブーリの子がボル、ボルの子がオーディンたち三兄弟になります。

アウズンブラと併せて覚えたい言葉・用語

ヌン(Nun/原初の水)

世界が始まる前からある、暗く動かない水。ここから原初の丘が現れて創造が始まり、世界が終わるときはすべてここへ戻る。

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。