炎に囲まれて眠るワルキューレ。愛した男を自ら殺させた。
ブリュンヒルドとは何の神様か
ブリュンヒルドの名前の表記と読み方
古ノルド語では Brynhildr。brynja(鎖帷子)と hildr(戦い)から成り、「鎧をまとった戦い」ほどの意味になります。
名前だけで戦装束の女性を表しており、ワルキューレの名としてよく形の整った語です。
古エッダ?の『シグルドリーヴァの言葉』ではシグルドリーヴァという名で呼ばれます。これが同じ人物の別名なのか、別の乙女なのかは、写本の破損もあって決着していません。
Brynhildr(ブリュンヒルド)
古ノルド語の表記。brynja(鎖帷子)と hildr(戦い)から成る。
Brünhild(ブリュンヒルト)
中高ドイツ語・ドイツ語の表記。『ニーベルンゲンの歌』ではこちら。
Sigrdrífa(シグルドリーヴァ)
「勝利をもたらす者」。古エッダで同一の存在とされる呼び名。
ブリュンヒルドの物語
罰として眠らされる
ブリュンヒルドはワルキューレでした。戦場で誰を死なせるかを選ぶ役です。
ある戦いで、オーディンは老王ヒャールムグンナルに勝ちを与えると決めていました。ところがブリュンヒルドは、若いアグナルを勝たせてしまいます。
罰は重いものでした。
二度と戦の勝敗を選ぶことはならぬ。おまえは嫁がされるだろう。
ブリュンヒルドは答えます。
恐れを知らぬ男のほかには嫁がぬと誓います。
オーディンは眠りの棘を刺し、盾の砦を築き、そのまわりを炎で囲みました。 恐れを知らぬ男でなければ越えられない壁です。
目覚めと、ルーンの知恵
炎を越えたのはシグルズでした。眠る人物の鎖帷子を切り開いてはじめて、それが女性だと知ります。
目覚めたブリュンヒルドは、蜜酒の杯を差し出しながら、シグルズにルーン文字の知恵を教えました。勝利のルーン、波のルーン、言葉のルーン、癒しのルーン。
そして助言します。
身内との諍いを避けよ。誓いを守れ。約束を破る者には災いが返る。
この助言のとおりに、シグルズは破滅します。 自分を殺す原因になることを、殺される男に自分で教えていたことになります。
二人はここで契りを交わしました。
姿を入れ替える ─ 二度目の炎
シグルズはギューキ王の館で、王妃グリームヒルドが差し出した記憶を奪う酒を飲みます。ブリュンヒルドを忘れ、王女グズルーンと結婚しました。
やがて義兄グンナルがブリュンヒルドに求婚しますが、炎を越えられません。そこでシグルズは、
グンナルと姿を入れ替え、馬グラニを駆って炎を越えた。
ブリュンヒルドは、誓いのとおり炎を越えた男に嫁ぎます。その男はグンナルの姿をしたシグルズでした。三夜を共に過ごしましたが、あいだに抜き身の剣を置いたと語られます。
誓いは守られ、同時に破られています。 北欧の物語がとりわけ重く扱う「言葉の約束」が、ここで壊れました。
川辺の口論、そして火葬の炎
真相が露見したのは、二人の女が川で髪を洗ったときでした。どちらの夫が優れているかを言い争ううち、グズルーンが指輪を見せます。シグルズがブリュンヒルドから受け取り、妻に渡した指輪でした。
ブリュンヒルドは自室に籠り、七日間、誰とも口をききませんでした。そして夫グンナルに、シグルズを殺さなければ自分は去ると告げます。
シグルズは殺されました。
知らせを聞いたブリュンヒルドは笑い、そして自らを剣で刺します。遺言はこうでした。
シグルズと同じ火に焼いてほしい。
欺いた男と、同じ炎に入ることを望んで死にました。 復讐と愛が最後まで分かれない終わり方です。
ブリュンヒルドの家系図と家族
ブリュンヒルドの性格と人物像
ブリュンヒルドは、筋を通しすぎた人です。
最初の罰も、オーディンの決定より自分の判断を優先したことによります。誓いを立てれば守り、守られなければ許さない。妥協という選択肢が、この人にはありません。
シグルズを殺させたあとに笑ったという一節は、読む者を戸惑わせます。しかし遺言は、その男と同じ火に焼かれることでした。憎んで殺させ、そのうえで一緒に焼かれたいと望んでいます。
大陸ゲルマンの『ニーベルンゲンの歌』では、この人物は自害しません。力自慢の女王として登場し、物語の後半では影が薄くなります。
北欧の伝えだけが、この人物を最後まで主役として扱いました。
ブリュンヒルドゆかりの地と遺跡
ブリュンヒルドを祀った場所はありません。 神ではなく、伝説の人物だからです。
ドイツのライン地方には「ブリュンヒルデの寝床」と呼ばれる岩がいくつかありますが、いずれも近代に名づけられたもので、古い伝承との結びつきは確かめられませんでした。
ブリュンヒルドが現代に残した痕跡
この人物の名は、オペラを通じて世界中に知られています。
ワーグナー『ニーベルングの指環』: 四夜の楽劇の中心人物ブリュンヒルデ。最終場面で炎に馬を駆り入れる姿は、劇場の代名詞になっている。
「太った女が歌うまで終わらない」: 英語圏の言い回しで、オペラの幕切れを歌うブリュンヒルデ役の歌手に由来するとされる。
西ゴート王女ブルンヒルド: 六世紀に実在したフランク王国の王妃。物語の原型のひとつとする説がある。
ブリュンヒルドが司るもの
勝敗を決めること
ワルキューレとして、戦場で誰を死なせるかを選ぶ役を担っていた。
ルーンの知識
目覚めたのち、シグルズにルーン文字の知恵を授けた。
約束を守ること
誓いを立てれば必ず守り、破られれば決して許さない人物として描かれる。
ブリュンヒルドについてよくある質問
ブリュンヒルドはワルキューレですか。
北欧の伝えではワルキューレ、または楯の乙女として登場します。大陸ゲルマンの『ニーベルンゲンの歌』では力自慢の女王として描かれます。
なぜ炎に囲まれて眠っていたのですか。
オーディンの決定に背いて戦の勝敗を変えたためです。罰として眠らされ、恐れを知らぬ男でなければ越えられない炎で囲まれました。
ブリュンヒルドはなぜシグルズを殺させたのですか。
記憶を失ったシグルズが姿を変えて自分を義兄グンナルに娶らせたと知り、誓いを破られたと受け取ったためです。
ブリュンヒルドとシグルドリーヴァは同じ人ですか。
古エッダでは同一とされます。ただし写本の破損もあり、もとは別の乙女だったとする説も残っています。
ブリュンヒルドと併せて覚えたい言葉・用語
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。