主神の肩にとまる二羽の鴉。名は「思考」と「記憶」。
フギンとムニンとは何の神様か
フギンとムニンはひとことで言えばオーディンの目と耳です。フギンは「思考」、ムニンは「記憶」を意味します。
新エッダ?『ギュルヴィたぶらかし』第38章によれば、二羽は夜明けに放たれて世界中を飛び、夜になると戻ってオーディンの肩にとまり、耳に見聞きしたことをささやきます。オーディンを指す言い換えに「鴉神」があるのは、この二羽のためです。
『ヘイムスクリングラ』の序章は、オーディンが二羽に人間の言葉を教えこんだと伝えます。
もっとも心を打つのは、古エッダ?『グリームニルの言葉』第20節で、オーディン自身が漏らす不安です。世界の知を集める神が、二羽が戻らないことを恐れている。 ここが、この二羽をただの使いから引き上げています。
フギンとムニンの名前の表記と読み方
Huginn(フギン)は hugr(思考・心)から、Muninn(ムニン)は munr(記憶・望み)から作られた名です。
二羽は「心」と「記憶」という、人の内側にあるはずのものに名を与えて外へ出した存在です。オーディンの一部が体から離れて世界を飛んでいる、という読み方が広く行われています。
北欧の巫術セイズ?には、魂が体を離れて動物の姿で動くという考えがありました。この二羽をその形とみる研究者もいます。
Huginn(フギン)
古ノルド語で「思考」を意味する hugr から。
Muninn(ムニン)
古ノルド語で「記憶」を意味する munr から。
Hrafnaguð(フラヴナグズ)
「鴉神」。この二羽にちなむオーディンの別名。
フギンとムニンの物語
毎日、世界を一周する
新エッダはこう記します。
二羽の鴉が彼の肩にとまり、耳のなかへ、見聞きしたすべてを告げる。
夜明けに送り出され、世界中を飛び、朝食のころに戻ってくる。
オーディンが「あらゆることを知っている」とされる根拠が、ここにあります。神が全知なのではなく、毎日情報を集めさせているのです。
知識を得るために片目を差し出し、自分を木に吊るした神らしい仕組みです。知は与えられるものではなく、取りに行くもの。 北欧神話の主神は、最後までそういう神でした。
戻らないことを恐れる
古エッダ『グリームニルの言葉』第20節に、こうあります。
フギンとムニンは、日ごとに広い大地の上を飛ぶ。わしはフギンが戻らぬのではないかと案じる。だがムニンについては、もっと案じている。
たった三行です。しかし、これほど繰り返し論じられた三行も多くありません。
思考を失うことより、記憶を失うことを恐れている。 世界の知を集め続ける神の、たったひとつの弱みがここに置かれています。
年老いた神の不安と読む人もいれば、老いそのものへの恐れと読む人もいます。
兜に彫られた鳥
この二羽は、遺物のなかにも現れます。
スウェーデン・エーランド島のトシュルンダの型は、兜の装飾板を打ち出すための青銅の型です。そこには、槍を持つ人物と、その両側に鳥を配した図が刻まれています。
イングランドのサットン・フーの兜にも、同じような鳥の意匠が見られます。
いずれも「オーディンと二羽の鴉」と説明されることが多いのですが、銘文があるわけではなく、そう断定できるものではありません。
ただ、槍を持つ人物の両脇に鳥を置くという形が、北ヨーロッパ各地の武具に共通していることは確かです。
フギンとムニンの家系図と家族
フギンとムニンの性格と人物像
この二羽には、性格が描かれていません。台詞もありません。
それでも北欧神話でとりわけ愛されているのは、役割がそのまま名前になっているからでしょう。思考と記憶。どちらも人の中にあるはずのものが、鳥の姿で外を飛んでいる。
ムニンについては、もっと案じている。
この一行が示すのは、集めた知は、覚えていなければ無いのと同じだという感覚です。
ヴァイキング時代の旗には鴉が描かれ、戦場に鴉が集まることは勝利の印とされました。この鳥は、知恵の鳥であると同時に、死体に集まる鳥でもありました。 二つの顔が、そのまま主神の二つの顔に重なります。
オーディンの足もとには、二匹の狼ゲリとフレキもいます。鴉が知らせを運び、狼が食を受け取る。主神は四頭の獣に囲まれて座っています。
フギンとムニンゆかりの地と遺跡
この二羽そのものを祀った場所はありません。 オーディンの持ち物として語られたためです。
かわりに、武具の意匠として広く残りました。エーランド島のトシュルンダの型のほか、イングランドのサットン・フーの兜にも似た鳥の飾りがあります。ヴァイキングの旗にも鴉が描かれたと記録されています。
トシュルンダの型(Torslunda-plåtarna)
六〜七世紀。兜の飾りを打ち出す青銅の型
トシュルンダの型の住所: スウェーデン カルマル県モルビロンガ市トシュルンダ教区(エーランド島)
トシュルンダの型に残るもの: 青銅の型(四枚)
兜の装飾板を打ち出すための型です。槍を持つ人物の両側に鳥を配した図が刻まれており、オーディンと二羽の鴉と解釈されています。
ただし銘文はなく、そう断定できる根拠はありません。 同じ構図が北ヨーロッパの武具に共通していることは確かです。
スウェーデン国立文化財庁の遺跡台帳に登録されている。原品はストックホルムの国立歴史博物館が所蔵する。
フギンとムニンが現代に残した痕跡
この二羽の名は、北欧の言葉と現代の作品に、いまも生きています。
ロンドン塔の鴉: 塔から鴉がいなくなると国が滅びるという言い伝え。北欧の鴉信仰との関わりを指摘する説があるが、確かめられてはいない。
鴉の旗: ヴァイキングの軍旗に鴉が描かれたと年代記が伝える。風に翼が広がれば勝利の印とされた。
マーベル作品での登場: 現代の映像作品でオーディンの肩に鴉が配されるのは、この二羽の描写をふまえたもの。
フギンとムニンが司るもの
知恵
世界中の出来事を集めてオーディンに伝える役を負う。
記憶
ムニンの名がそのまま記憶を意味する。
予兆を知る
鴉が集まることは、北欧では戦の帰趨を告げる印とされた。
フギンとムニンについてよくある質問
フギンとムニンはどういう意味ですか。
フギンは「思考」、ムニンは「記憶」を意味します。どちらも人の内側にあるものの名です。
二羽は何をしているのですか。
夜明けに放たれて世界中を飛び、夜に戻ってオーディンの耳に見聞きしたことをささやきます。
オーディンは全知ではないのですか。
自動的に知っているわけではありません。二羽に集めさせ、ミーミルの泉で片目を捧げ、巫女を呼び起こして問う。知識を取りに行き続ける神です。
なぜムニンのほうを心配しているのですか。
原典は理由を書いていません。集めた知も覚えていなければ無いのと同じだという感覚とも、老いへの恐れとも読まれています。
フギンとムニンと併せて覚えたい言葉・用語
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
セイズ(Seiðr)
運命を操り未来を見る魔術。ヴァン神族の術で、フレイヤがアース神族に伝えた。当時、男が使うと恥とされた。