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北欧神話

エイクスュルニルとは何の神様か|家系図・物語

Eikþyrnir  / エイクスュルニル

大地 神獣

角から水が滴る牡鹿。世界の川はここから流れ出す。

エイクスュルニルとは何の神様か

エイクスュルニルはひとことで言えば世界の水源です。ヴァルハラにいる牡鹿で、その枝角から滴る水が、世界じゅうの川になります。

古エッダ『グリームニルの言葉』第25節と、新エッダギュルヴィたぶらかし』第39章に説明があります。牝山羊ヘイズルーンと並んで、レーラズという樹の葉や若芽をむしって食べています。

特別なのは角です。角の先からおびただしい滴が落ち、下方の泉フヴェルゲルミルへ流れ込みます。 そしてその泉から、十一筋ともいわれる川が世界じゅうへ分かれていきます。

つまり、北欧神話のすべての川の水源は、一頭の鹿の角ということになります。

登場する場面はごくわずかで、性格も語られません。それでも世界の水の仕組みを一手に引き受けている点で、忘れられない一頭です。

エイクスュルニルの名前の表記と読み方

古ノルド語の Eikþyrnir は、eik(樫)と þyrnir(棘)を合わせた名と解されます。「樫の棘」ほどの意味です。

枝角の形を、棘の生えた樫の枝に見立てた名づけだとされます。 牡鹿の角は年ごとに落ちて生え変わり、木の枝のように分かれます。その姿を樹に重ねた見方です。

日本語ではエイクスュルニル、エイクスュルニールなどと書かれます。長い名のうえに日本語にない音を含むため、資料によって表記が揺れます。

Eikþyrnir(エイクスュルニル)

古ノルド語の表記。「樫の棘」と解される。

Eikthyrnir(エイクスュルニル)

特殊な字を置き換えた綴り。英語圏の資料で使われる。

Hvergelmir(フヴェルゲルミル)

この鹿の角から滴る水が流れ込む泉。「沸き立つ鍋」の意。

エイクスュルニルの物語

  1. 角から落ちる水 ─ 川のはじまり
  2. 同じ樹を食む二頭 ─ 山羊と鹿
  3. 世界樹の生きもの ─ それぞれの持ち場
  4. なぜ鹿だったのか

角から落ちる水 ─ 川のはじまり

『グリームニルの言葉』は、この鹿の役目を短く歌います。

ヴァルハラの上に立ち、レーラズの葉を食む。そしてその角からおびただしい滴が落ち、フヴェルゲルミルへ流れ込む。

フヴェルゲルミルは、氷の国ニヴルヘイムにある泉です。名は「沸き立つ鍋」「叫ぶ大釜」を意味します。世界樹ユグドラシルの根の下にある三つの泉のひとつで、竜ニーズヘッグが棲んでいます。

この泉から、スヴォル、グンスラー、フィヨルム、ギョッルなど、十一筋の川が流れ出します。

世界の水は、鹿の角から泉へ、泉から川へと下っていきます。 雨でも山でもなく、一頭の獣が起点に置かれています。

同じ樹を食む二頭 ─ 山羊と鹿

エイクスュルニルは一頭ではありません。牝山羊ヘイズルーンが、同じレーラズの葉を食んでいます。

二頭は同じ場所で、同じものを食べています。それなのに、出てくるものが違います。

山羊からは蜜酒が、鹿の角からは世界じゅうの川になる水が出ます。

同じ葉から酒と水が分かれる。この対比は、明らかに意図されたものです。 飲む者を酔わせるものと、世界を潤すもの。館の内側の恵みと、外側の恵みが、一本の樹から出ています。

レーラズが世界樹と同じものかどうかは決着していませんが、この一本が二つの恵みの元になっていることは、どちらの読み方でも変わりません。

世界樹の生きもの ─ それぞれの持ち場

北欧の世界樹には、多くの獣が配されています。

頂には鷲がとまり、その眉間には鷹ヴェズルフェルニルがいます。根では竜ニーズヘッグが噛み、リスラタトスクが上下を走って悪口を運びます。そして枝を食い荒らす四頭の牡鹿がいます。

この四頭とエイクスュルニルの関係ははっきりしません。同じ鹿を指すのか、別の存在なのか、原典は書き分けていません。

世界樹は、絶えず食われ、噛まれ、それでも枯れないものとして描かれます。 ノルンが泉の水をかけて育てる一方で、下から削られ続けています。

支えと破壊が同時に働く。 その仕組みの一部に、この鹿も置かれています。

なぜ鹿だったのか

世界の水源に鹿が置かれた理由は、原典には書かれていません。ただ、いくつか手がかりはあります。

ひとつは角の形です。枝分かれした角は樹に似ており、そこから水が滴る図は、木から雫が落ちる情景をそのまま写しています。

もうひとつは、鹿が北欧の森でもっとも目につく大型の獣だったことです。山羊や牛は飼う家畜ですが、鹿は森のものです。

家畜が館の内側の恵みを、野の獣が外の世界の恵みを担っている。 この配置は、偶然にしてはよくできています。

ただし、これらは後の読み手による解釈です。原典は理由を語りません。

エイクスュルニルの家系図と家族

エイクスュルニルの性格と人物像

エイクスュルニルは、装置に近い存在です。

性格も、感情も、言葉もありません。葉を食み、角から水を落とす。それだけです。

それでも、この一頭が北欧神話の資料に必ず名を挙げられるのは、世界の仕組みの一部を確かに担っているからです。

北欧神話は、大きなことを身近なもので説明します。風は鷲が翼を広げるから吹き、詩の才は殺された賢者の血から絞られ、世界の川は一頭の鹿の角から滴ります。

説明として正しいかどうかは問題ではありません。 大事なのは、目に見える形で語られていることです。

森で鹿を見た人が、角から落ちる雨粒を思い浮かべ、あの水が川になるのだと考える。そういう受け取り方ができる神話の作り方が、この一頭に表れています。

エイクスュルニルゆかりの地と遺跡

エイクスュルニルを祀った場所はありません。 神ではなく、館に置かれた獣だからです。

北欧の出土品や岩絵には鹿を描いたものがありますが、この一頭を指すと確かめられる図は見つかっていません。 鹿は狩りの対象としても、世界樹の四頭としても描かれうるため、図だけで判別することはできません。

名前が出てくるのも古エッダと新エッダの各一か所ずつで、それ以外の記録は確かめられませんでした。

エイクスュルニルが現代に残した痕跡

この鹿の名は、二つの書物の短い記述として残りました。世界の水源を獣に求める語り方は、ほかにあまり例がありません。

フヴェルゲルミルという泉: 角から滴る水が流れ込む泉。世界樹の根の下にある三つの泉のひとつで、竜ニーズヘッグが棲む。

十一筋の川: この泉から流れ出すとされる川の名が、書物に列挙されている。うちギョッルは死者の国との境を流れる。

世界樹の四頭の牡鹿: 世界樹の枝を食い荒らす鹿が別に四頭いる。この一頭と同じものかどうかは、原典が書き分けていない。

エイクスュルニルが司るもの

循環

樹の葉を食み、角から水を落とし、泉から川へと流れを回す役を担う。

豊作

世界じゅうの川の水源とされ、水の恵みの起点に置かれる。

世界を保つこと

世界樹に配された生きものの一つとして、世界の仕組みの一部を受け持つ。

エイクスュルニルについてよくある質問

エイクスュルニルとは何ですか。

ヴァルハラにいる牡鹿です。レーラズという樹の葉を食み、その枝角から落ちる滴が世界じゅうの川の水源になります。

水はどこへ流れますか。

氷の国ニヴルヘイムにある泉フヴェルゲルミルです。その泉から十一筋ともいわれる川が世界じゅうへ分かれていきます。

ヘイズルーンとの関係は何ですか。

同じレーラズという樹の葉を食む二頭です。山羊からは蜜酒が、鹿の角からは川になる水が出ます。

世界樹の四頭の牡鹿と同じですか。

はっきりしていません。世界樹の枝を食い荒らす鹿が別に四頭いますが、原典は同じものかどうかを書き分けていません。

エイクスュルニルと併せて覚えたい言葉・用語

ヴァルハラ(Valhöll)

オーディンの館。「戦死者の館」の意。選ばれた戦士が毎日戦い毎晩よみがえって、ラグナロクに備える。

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。

ユグドラシル(Yggdrasill)

世界を貫いて立つ巨大な樹。三つの根がそれぞれ別の世界へ伸び、その根元に泉がある。