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北欧神話

ヘルモーズとは何の神様か|家系図・物語

Hermóðr  / ヘルモーズ

冥界 アース神族

死者の国へ馬を駆り、兄バルドルの返還を願った使者。

ヘルモーズとは何の神様か

ヘルモーズはひとことで言えば冥界へ行った使者です。オーディンの息子で、アース神族の一柱にあたります。

名は古ノルド語で「勇気と戦い」を意味し、〈俊敏のヘルモーズ〉とも呼ばれました。ところがこの神が活躍する場面は、神話全体を通じてほぼ一つしかありません。

その一つが大きいのです。バルドルが死んだとき、オーディンの命を受けて八本足の神馬スレイプニルを借り、死者の国ヘルへ下りました。生きた者として冥界へ行き、戻ってきたのは、この神だけです。

交渉は成功しませんでした。しかしヘルモーズが持ち帰った条件が、そのあとの物語をすべて決めます。この神が走らなければ、ロキが罰を受ける理由も生まれませんでした。

ヘルモーズの名前の表記と読み方

古ノルド語では Hermóðr(ヘルモーズ)。her(軍・戦い)と móðr(気力・勇気)の合成で、「勇気と戦い」と解されます。

名前に「ヘル」が入っていますが、死者の国ヘル(Hel)とは語源が別です。 冥界へ下った神なので結びつけたくなりますが、ヘルモーズの「ヘル」は軍勢を指す語で、偶然そう見えているだけです。

日本語ではヘルモード、ヘルモッドとも書かれます。英語圏では Hermod(ハーモッド)の形で紹介されることが多い神です。

Hermóðr(ヘルモーズ)

古ノルド語の表記。「勇気と戦い」を意味する。

Hermóðr inn hvati(ヘルモーズ・イン・フヴァティ)

〈俊敏のヘルモーズ〉を意味する呼び名。

Gjallarbrú(ギャッラルブルー)

ヘルへ向かう途中で渡るギョッル川の橋の名。

ヘルモーズの物語

  1. 九夜の道 ─ スレイプニルを借りる
  2. 橋の番人 ─ 死者に見えない
  3. 条件 ─ 全世界が泣くなら
  4. 運んだもの ─ 三つの贈り物

九夜の道 ─ スレイプニルを借りる

バルドルが死に、神々が悲嘆にくれるなか、誰かがヘルのもとへ行かねばなりませんでした。

名乗り出たのがヘルモーズです。オーディンは自らの愛馬スレイプニルを貸しました。八本足の神馬で、陸も海も、死者の国へも走れる馬です。

主神の馬を借りて冥界へ向かうという役目は、この神以外には与えられていません。 道は深く暗い谷を下り続けます。

新エッダギュルヴィたぶらかし』第49章が、この旅を一続きの場面として記しています。北欧神話のなかでも、行って帰ってくる旅として描かれる数少ない話です。

橋の番人 ─ 死者に見えない

ギョッル川にかかる橋ギャッラルブルーには、番人がいました。巨人の女モーズグズです。

死者はここで名と用向きを述べれば、向こう岸へ渡してもらえます。ところがモーズグズは、この客を見て気づきました。この者は死んでいない。

そこで用向きを尋ね、そのうえでヘルへの行き方を教えます。追い返しはしませんでした。

ヘルモーズは橋を渡り、ヘルの垣根まで来ると、馬に拍車をあてて跳び越えます。 門をくぐるのではなく、越えていく。生きた者がそこにいることを、この動作がよく表しています。

条件 ─ 全世界が泣くなら

館に入ると、高座にバルドルが座っていました。妻ナンナも並んでいます。ヘルモーズは兄と一晩を過ごしました。

翌朝、女王ヘルと会って、兄を返してほしいと願います。返ってきた答えが、北欧神話でもっとも有名な条件です。

生きているものも死んだものも、すべてがバルドルのために泣くならば、返そう。

交渉は成立したように見えました。 ヘルモーズは急いで戻り、報告します。フリッグの頼みで、あらゆる生きものと生きていないものが泣きました。

ただ一人、女巨人セックだけが泣きませんでした。それはロキが姿を変えたものでした。バルドルは戻れませんでした。

運んだもの ─ 三つの贈り物

帰り道、ヘルモーズは託されたものを運びます。この場面が、この神の役どころをいちばんよく表しています。

バルドルからは、父オーディンへ腕輪ドラウプニル。バルドルとともに焼かれたはずの品が、死者の国から返されます。

妻ナンナからは、義母フリッグへの布と、女神フッラへの指輪。

交渉には失敗したのに、預かり物はすべて届けています。 この神に与えられた仕事は、勝つことでも救うことでもなく、往復して届けることでした。名に「俊敏の」が冠されている理由も、そこにあります。

ヘルモーズの家系図と家族

ヘルモーズの親: オーディン

ヘルモーズのきょうだい: バルドル

ヘルモーズの性格と人物像

ヘルモーズは、任務を果たす神です。

北欧神話の登場人物は、たいてい自分の欲や恨みで動きます。オーディンは知識を求め、ロキは面白がり、トールは怒って出かけます。この神は違います。命じられて行き、話し、預かり、帰ってきます。

手柄は上がっていません。バルドルは戻らず、条件はロキに破られました。それでもこの神を責める記述は、どこにもありません。

注目したいのは、橋の番人が追い返さなかったことです。死んでいないと見抜かれてなお、道を教えられています。乱暴に押し通ったのではなく、名と用向きを述べて通してもらった。

急ぎながら、手順を守る。 そういう者として描かれた神です。

ヘルモーズゆかりの地と遺跡

ヘルモーズを祀った場所は見つかっていません。 神殿の記録も、この名を含む確かな地名も確認できていません。

北欧の神で参拝できる社はほとんど残っていませんが、この神の場合、トールやフレイのように地名や人名として広く残った形跡も見あたりません。物語のなかでだけ働いた神というのが実情に近いといえます。

ヘルモーズが現代に残した痕跡

この神の名と旅は、書物と近代以降の絵画のなかに残りました。

『ギュルヴィたぶらかし』第49章: ヘルモーズの冥界行きを一続きの場面として伝える唯一の記述。バルドル神話の中心にあたる章。

ギャッラルブルーの橋: 死者の国へ渡る橋の名。番人モーズグズが「死者に見えない」と見抜く場面は、北欧神話でよく引かれる一節。

腕輪ドラウプニル: バルドルとともに焼かれ、ヘルモーズによって死者の国からオーディンへ返された。九夜ごとに同じ腕輪を八つ滴らせる宝。

ヘルモーズが司るもの

死者の導き

生きたまま死者の国へ下り、死者と生者のあいだを行き来した唯一の神とされる。

勇気

誰も引き受けなかった冥界への使いに名乗り出たことによる。

交渉

ヘルと直接向かい合い、バルドル返還の条件を引き出した役どころによる。

ヘルモーズについてよくある質問

ヘルモーズは何の神ですか。

特定の領域を司る神ではありません。オーディンの息子で、バルドルを取り戻すために死者の国へ遣わされた使者として語られます。

ヘルモーズはバルドルを取り戻せたのですか。

取り戻せませんでした。ヘルは「すべてが泣くなら返す」と条件を出しましたが、ロキが姿を変えた女巨人セックだけが泣かなかったためです。

ヘルモーズはどうやって冥界へ行ったのですか。

オーディンの八本足の神馬スレイプニルを借りて下りました。ギョッル川の橋で番人モーズグズに道を教わり、ヘルの垣根を馬で跳び越えています。

名前の「ヘル」は死者の国のヘルと同じですか。

違います。ヘルモーズの「ヘル」は軍勢や戦いを指す語で、死者の国ヘルとは語源が別です。

ヘルモーズと併せて覚えたい言葉・用語

アース神族(あーすしんぞく)

オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。