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北欧神話

マーナガルムとは何の神様か|家系図・物語

Mánagarmr  / マーナガルム

冥界 巨人

月を喰らう最強の狼。死者の肉を腹に満たし、天に血を塗る。

マーナガルムとは何の神様か

マーナガルムはひとことで言えば月を喰らう最強の狼です。名は「月の犬」を意味します。

新エッダギュルヴィたぶらかし』は、人間の国ミズガルズの東にある森イアールンヴィズ(鉄の森)を語ります。そこに一人の女巨人が住み、たくさんの巨人を産みました。産まれた子は、みな狼の姿でした。

太陽を追うスコルも、月を追うハティも、この狼たちに由来するとされます。そしてこの一族のなかで最強とされるのが、マーナガルムです。

その働きは、他の狼と桁が違います。すべての死者の肉を腹に満たし、月を捕らえて、天と空に血を塗る。 そのために太陽までが光を失うと語られます。

持ち主はイアールンヴィジュルと呼ばれる魔女たちです。月を追う点が重なるため、ハティと同じ狼だとする説が古くからあります。

マーナガルムの名前の表記と読み方

古ノルド語では Mánagarmr(マーナガルム)。月を意味する語と、犬を意味する語の合成です。

後半にあたる語は、冥界の入口を守る番犬ガルムの名と同じものです。つまりこの名は「月のほうのガルム」という響きを持ちます。 北欧神話の犬と狼は、名の上でも地続きです。

名の作りだけを見ると、この狼はきわめて素直です。スコルが「嘲るもの」、ハティが「憎しみ」という気分の名を負っているのに対し、こちらは何をするものかをそのまま言っています。この差が、後の議論の出発点にもなりました。

Mánagarmr(マーナガルム)

古ノルド語の表記。máni(月)と garmr(犬)の合成で「月の犬」を意味する。

Managarm(マーナガルム)

特殊な字を使わない綴り。日本語ではマナガルムとも書かれる。

Hati(ハティ)

同じ狼だとする説で当てられる名。ただし原典は両者を別々に挙げている。

マーナガルムの物語

  1. 鉄の森 ─ 狼を産み続ける森
  2. 死者の肉と、天に塗られた血
  3. ハティと同じ狼か ─ 二百年続く議論
  4. オルリックの疑い ─ 読み違いから生まれた狼か

鉄の森 ─ 狼を産み続ける森

ミズガルズの東に、イアールンヴィズ(鉄の森)があります。

新エッダによれば、その森に一人の女巨人が住んでいます。ほかにイアールンヴィジュルという魔女たちも住んでいます。

女巨人はたくさんの巨人を産みました。ただし、産まれた子はみな狼の姿をしていました。

天空で太陽を追う狼も、月を追う狼も、この森から出たことになります。終末に空の光を消す者たちは、みな同じ森の生まれです。 そしてこの一族のなかで最強とされるのが、マーナガルムでした。

森の女巨人を、ロキの相手であるアングルボザと見る立場もあります。

死者の肉と、天に塗られた血

この狼について語られることは短く、そして激しいものです。

すべての死者の肉を腹に満たし、月を捕獲して、天と空に血を塗る。そのために太陽が光を失ってしまう。

三つのことが一度に起こります。死者を食べ尽くし、月を捕らえ、空を血で染める。その結果として、追われていない太陽までが光を失います。

他の二頭は、追う相手が決まっていて、その相手にしか手を出しません。この狼だけが、空全体を巻きこみます。

月食の説明としては大きすぎる話です。この狼が語っているのは、空そのものが終わる日の光景だと考えられます。

ハティと同じ狼か ─ 二百年続く議論

この狼をめぐる最大の論点は、ハティと同じものかどうかです。

同一とする側の根拠は単純です。どちらも月を追うからです。『ギュルヴィたぶらかし』第51章は、ラグナロクで月を捕らえるのを「ハティ、もしくはマーナガルム」と書き、原典自身が迷っています。

分ける側の根拠はこうです。原典は鉄の森の紹介で、月を追う狼をハティと呼んだうえで、一族で最強の狼として別にマーナガルムを挙げています。同じものなら、こう書く必要はありません。

決着はついていません。 本書が両方を立てているのは、どちらか一方に決めてしまうと、この議論そのものが読者から見えなくなるからです。関係図では、両者を同一視する線を引いてあります。

オルリックの疑い ─ 読み違いから生まれた狼か

デンマークの民俗学者アクセル・オルリックは、もっと踏みこんだ見方を示しました。

古エッダ『グリームニルの言葉』第39節は、「森に太陽が沈むまで追いかける狼はスコル、ハティは天の花嫁の前を走る」と歌います。つまり古エッダの段階では、二頭とも太陽の前後にいます。

オルリックは、この「太陽の前後を走る二頭の狼」を、太陽の左右に光の点が現れる幻日という気象現象を指したものと考えました。デンマークとノルウェーでは、この現象を「太陽狼」と呼びます。アイスランドの農民は「太陽が狼の挟みつけに遭う」と表現したといいます。

そのうえでオルリックはこう述べます。北欧の民間信仰に「月を呑む狼」は存在しない。だからマーナガルムは、スノッリが古エッダの一節を読み違えて生まれたのではないか。

本当かどうかはわかりません。ただ、この狼が新エッダにしか出てこないことは事実です。

マーナガルムの家系図と家族

マーナガルムの性格と人物像

マーナガルムは、言葉の要らない存在です。

語られるのは一文だけで、そこに動機はありません。腹を満たし、月を捕らえ、空を汚す。理由は書かれておらず、誰かに命じられたわけでもありません。

恐ろしいのは、他の二頭が「追っている」のに対し、この狼だけが「終わらせている」ことです。 スコルとハティは走り続けますが、この狼の記述には走る場面がありません。すでに片がついた後の光景として書かれています。

持ち主が魔女たちだという一点も、落ち着きません。誰かの飼い犬である最強の狼という組み立ては、この狼が単独の怪物ではなく、道具として置かれていることを示します。

記録の少なさは、この存在をかえって大きく見せています。

マーナガルムゆかりの地と遺跡

この狼を祀った場所は見つかっていません。 社も祭りも、地名も知られていません。

それどころか、この狼は書物の外にほとんど出てきません。 新エッダ以外の原典に名が現れず、北欧の民間信仰にも月を呑む狼の言い伝えは確かめられていないと指摘されています。

ゆかりの地として挙げられるものがあるとすれば、鉄の森イアールンヴィズですが、これも神話の中の森であり、実在の場所と結びつけられてはいません。

マーナガルムが現代に残した痕跡

この狼の名は、書物と近代の研究のなかに残りました。

幻日と「太陽狼」: 太陽の左右に光の点が現れる気象現象。デンマークとノルウェーでは「太陽狼」と呼ばれ、この呼び名が二頭の狼の言い伝えのもとだとする説がある。

オルリックの研究: デンマークの民俗学者アクセル・オルリックが、この狼をスノッリの読み違いから生まれたものと論じた。北欧神話の記述をどこまで信じるかを問う例として引かれる。

鉄の森の一族: 狼の姿の巨人を産み続ける森という発想。終末に空の光を消す者たちが、みなひとつの森から出たという系譜として語られる。

マーナガルムが司るもの

月の運行と食に結びついた存在で、人が願う対象ではない。

空の光がすべて失われる場面の担い手として語られる。

マーナガルムについてよくある質問

マーナガルムとは何ですか。

北欧神話に出てくる狼で、名は「月の犬」を意味します。鉄の森の狼たちのなかで最強とされ、死者の肉を腹に満たし、月を捕らえて天と空に血を塗るとされます。

マーナガルムとハティは同じですか。

同一視する説があり、原典自身もラグナロクの場面で「ハティ、もしくはマーナガルム」と書いて迷っています。ただし鉄の森の紹介では両者が別に挙げられており、決着はついていません。

マーナガルムの飼い主は誰ですか。

鉄の森に住むイアールンヴィジュルという魔女たちだとされます。狼を産んだ女巨人を、ロキの相手であるアングルボザと見る立場もあります。

この狼はスノッリの創作ですか。

断定はできません。アクセル・オルリックは、古エッダの一節をスノッリが読み違えて生まれた狼ではないかと論じました。新エッダ以外の原典に名が出てこないのは事実です。

マーナガルムと併せて覚えたい言葉・用語

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。

ラグナロク(Ragnarök)

北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。