本文へ移動

北欧神話

アングルボザとは何の神様か|家系図・物語

Angrboða  / アングルボザ

冥界 巨人

ロキとのあいだに三体の怪物を産んだ女巨人。終わりの側の母。

アングルボザとは何の神様か

アングルボザはひとことで言えば終末を産んだ母です。名は「悲しみをもたらす者」と解されます。

巨人の国ヨトゥンヘイムに住む女巨人で、ロキとのあいだに三体の子をもうけました。狼フェンリル、ミズガルズの大蛇ヨルムンガンド、そして死者の国の女王ヘルです。

北欧神話でもっとも恐れられた三体は、いずれもこの女巨人から生まれています。

それなのに、本人の物語はほとんど残っていません。姿の描写も、言葉も、最期も伝わっていません。名が挙がるのは、たいてい「三体の母」としてです。

ラグナロクで神々を倒すのは、この三体とその一族です。神話の骨格を作った存在でありながら、記録がほとんど無い。 その落差が、この女巨人の特徴です。

アングルボザの名前の表記と読み方

古ノルド語では Angrboða(アングルボザ)。日本語ではアングルボダとも書かれます。

名の前半は「悲しみ」「苦しみ」を、後半は「告げる者」「もたらす者」を意味するとされます。合わせて「悲しみをもたらす者」です。生まれる前から役目が決まっているような名前です。

北欧神話には、こうした「はたらきがそのまま名になった」存在がしばしば現れます。ただしこの女巨人の場合、もたらす悲しみは自分の行いではなく、産んだ子たちがもたらすものでした。名は結果から遡って付けられたと考えるほうが自然です。

Angrboða(アングルボザ)

古ノルド語の表記。angr(悲しみ・苦しみ)と boða(告げる者)の合成と解される。

Angrboda(アングルボダ)

特殊な字を使わない綴り。日本語ではこの形でも書かれる。

Járnviðja(イアールンヴィジャ)

鉄の森の魔女を指す語。鉄の森で狼を産んだ女巨人を彼女とする説がある。

アングルボザの物語

  1. 三体の子 ─ 神々が恐れた家族
  2. 『バルドルの夢』の巫女 ─ 同じ人物か
  3. 鉄の森の女巨人 ─ 狼を産み続ける者
  4. なぜ記録が少ないのか

三体の子 ─ 神々が恐れた家族

新エッダギュルヴィたぶらかし』第34章は、簡潔に記します。ロキは巨人の国に住む女巨人アングルボザとのあいだに三人の子をもうけた、と。

生まれたのは、狼フェンリル大蛇ヨルムンガンド、そしてヘルでした。

神々はこの三体について予言を聞き、育つ前に手を打ちます。ヨルムンガンドは海へ投げこまれ、ヘルは死者の国へ落とされ、フェンリルは魔法の紐で縛られました。

予言を恐れて先に手を出したことが、結局その予言を実現させます。 縛られたフェンリルは終末の日に解け、海の大蛇は陸へ上がり、ヘルは死者の軍勢を送り出します。

三体をどう扱うかは神々が決めましたが、三体を産んだのはこの女巨人です。

『バルドルの夢』の巫女 ─ 同じ人物か

古エッダバルドルの夢』に、不思議な場面があります。

オーディンは死者の国へ下り、呪文で古い巫女を呼び起こして問いを重ねます。答えを渋る巫女に、オーディンは最後にこう言い放ちます。

おまえは巫女ではない。三人の巨人の母だ。

三人の巨人が誰なのかは書かれていません。谷口幸男は、これをヘル・ヨルムンガンド・フェンリルと推しました。その推測が正しければ、オーディンが呼び起こした巫女はアングルボザだということになります。

確かめるすべはありません。ただ、この場面が正しく読まれているとすれば、この女巨人は死者の国で予言を語る存在でもあったことになります。産んだ子の未来を、母が告げていたという筋になります。

鉄の森の女巨人 ─ 狼を産み続ける者

もうひとつ、この女巨人と結びつけられる話があります。

新エッダによれば、ミズガルズの東の森イアールンヴィズ(鉄の森)に一人の女巨人が住み、たくさんの巨人を産みました。産まれた子はみな狼の姿だったといいます。太陽を追うスコルも、月を追うハティも、最強の狼マーナガルムも、この一族から出ました。

この森の女巨人を、アングルボザだとする見方があります。フェンリルの母が、フェンリルの子らの祖でもあるという筋です。

原典は名を書いていません。それでもこの見方が繰り返されるのは、狼を産む女巨人という役どころが、あまりにもよく重なるからです。

なぜ記録が少ないのか

これほど重要な存在なのに、伝わっている記述は数行しかありません。理由はいくつか考えられます。

第一に、女巨人の多くが同じ扱いだからです。北欧神話の巨人の女性は、誰かの母、誰かの妻として名だけが挙がることが多く、単独の物語を持つ例は限られます。

第二に、書き残したのが神々の側だからです。エッダは神々の話として組み立てられており、敵の側の家庭は関心の外にありました。

第三に、役目が一点だからです。この女巨人の働きは「三体を産んだ」ことに尽きます。物語を足す必要が無かったともいえます。

記録が少ないことと、重要でないことは別です。 ロキの子らの話を語ろうとすれば、必ずこの名を通ることになります。

アングルボザの家系図と家族

アングルボザの妻・夫: ロキ三体の子をもうける

アングルボザの子・子孫: フェンリルヨルムンガンドヘル

アングルボザの性格と人物像

アングルボザは、沈黙している存在です。

台詞がひとつも伝わっていません。ロキとどう出会ったのかも、子を奪われたときどうしたのかも書かれていません。神々がヨルムンガンドを海へ投げ、ヘルを地の下へ落とし、フェンリルを縛ったとき、母が何を言ったかを原典は記しません。

三人の子を全員取り上げられた母について、神話は一行も割いていないのです。

それでも読者は、この空白に立ち止まります。バルドルの母フリッグが子を守るために世界中に誓わせたことと並べると、扱いの差がはっきりします。同じ母でも、どちら側の母かで、書かれ方がまったく違います。

名が「悲しみをもたらす者」であることは、そう考えると別の読み方もできます。もたらされた側だったのかもしれません。

アングルボザゆかりの地と遺跡

この女巨人を祀った場所は見つかっていません。 社も祭りも、地名も伝わっていません。

住まいとして語られるのは巨人の国ヨトゥンヘイムであり、鉄の森イアールンヴィズと結びつける見方もあります。どちらも神話の中の土地で、実在の場所とは重ねられていません。

巨人の名を持つ地名は北欧に多くありますが、この名を含む例は確かめられていません。

アングルボザが現代に残した痕跡

この女巨人の名は、原典の外ではあまり残りませんでした。かわりに、産んだ子らの名が世界中に広まっています。

三体の子の広まり: フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルは現代の作品でくり返し使われる。三体をひとつの家族として描く作品では、必ずこの母の名が呼び出される。

『バルドルの夢』の巫女: オーディンが「三人の巨人の母」と呼びかける場面。その相手をこの女巨人とする読みがあり、母が子の運命を告げていたという構図として引かれる。

鉄の森の系譜: 狼の姿の巨人を産み続ける森の女という役どころ。太陽と月を追う狼たちの祖として、この女巨人と重ねられることがある。

アングルボザが司るもの

出産

三体の子を産んだ母として語られる。

母であること

子を奪われた母という一面が、後世の読み直しで注目されている。

アングルボザについてよくある質問

アングルボザとは誰ですか。

北欧神話の女巨人で、ロキとのあいだに狼フェンリル、大蛇ヨルムンガンド、死者の国の女王ヘルの三体を産みました。名は「悲しみをもたらす者」と解されます。

ロキの妻はアングルボザですか、シギュンですか。

神々の側で妻とされるのはシギュンです。アングルボザは巨人の国に住み、三体の子の母として語られます。原典はどちらとの関係も婚姻として書き分けてはいません。

『バルドルの夢』の巫女はアングルボザですか。

確かめられていません。オーディンが巫女を「三人の巨人の母」と呼ぶ場面があり、谷口幸男はその三人をヘル・ヨルムンガンド・フェンリルと推しました。その読みに従えばこの女巨人ということになります。

アングルボザは終末で戦いますか。

本人が戦う場面は伝わっていません。ラグナロクで神々を倒すのは、産んだ三体とその一族です。

アングルボザと併せて覚えたい言葉・用語

ラグナロク(Ragnarök)

北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。