ロキの父。名は「残酷に打つ」を意味する巨人。
ファールバウティとは何の神様か
ファールバウティはひとことで言えばロキの父です。名は古ノルド語で「残酷に打つ」を意味します。
伝わっているのは、続柄だけです。妻はラウフェイ、別名をナールといいます。子はロキ、ヘルブリンディ、ビューレイストの三人。原典がこの巨人について語るのは、ここまでです。
それでもこの名が注目されてきたのは、名の組み合わせがあまりに示唆的だからです。「残酷に打つ者」と「葉の島」のあいだに、火と結びつく子が生まれる。落雷が木を打って火を起こす光景を、家族の形で語ったのではないかという読み方が繰り返し出されてきました。
ただし原典にそう書かれてはいません。解釈として面白いが、確かめられていないというのが正確なところです。
ファールバウティの名前の表記と読み方
古ノルド語では Fárbauti(ファールバウティ)。日本語ではファルバウティ、ファールバウティと書かれます。
名は fár と bauti の合成です。fár は「害」「危険」、bauti は「打つ者」。合わせて「危険な打ち手」「残酷に打つ者」と解されます。
妻の名との対比が、この神話でよく引かれる点です。ラウフェイ(Laufey)は「葉(lauf)の島(ey)」の意で、詩のなかでは木を指す言い換えとして働きます。打つ者と、葉の茂った木。この二つの名が並んでいることから、後述する落雷の解釈が生まれました。
Fárbauti(ファールバウティ)
古ノルド語の表記。fár(害・危険)と bauti(打つ者)の合成で「残酷に打つ」と解される。
Laufey(ラウフェイ)
ファールバウティの妻の名。「葉の島」を意味し、木を指す言い換えになっている。
Nál(ナール)
ラウフェイの別名。「針」を意味する。
ファールバウティの物語
三人の息子 ─ ロキ、ヘルブリンディ、ビューレイスト
父の名より、母の名で呼ばれる
ロキを詩のなかで呼ぶとき、北欧の詩人がよく使った言い方があります。「ラウフェイの息子」「ラウフェイの子」です。
これは珍しいことでした。北欧では父の名で呼ぶのが普通だからです。ロキに限って、母の名を冠した呼び方のほうが多く使われています。
ここから、ラウフェイのほうがアース神族?の一員だったのではないか、という仮説が出されました。ロキがアース神族とほぼ同等に扱われる理由を、母方に求める考え方です。
どちらにせよ、父ファールバウティの影は最初から薄いということになります。名を残しながら、息子を呼ぶ場面ですら使われませんでした。
落雷と木 ─ 名から読み取られたこと
この巨人が研究者に繰り返し取り上げられてきた理由が、名の組み合わせです。
残酷に打つ者が、葉の茂った木を打つ。そこから生まれた子が、炎と結びつけられるロキである。
落雷が木を打ち、火が生まれる。 その光景を家族の形にしたのではないか、という読み方です。ロキが火の精として後世の民間伝承に現れることも、この解釈を支えるとされてきました。
ただし、原典にそう書かれているわけではありません。名の意味から組み立てられた推測です。北欧神話では名が意味を持つため、こうした読み解きが盛んに行われますが、確かめる手立てはありません。
なぜ何も残らなかったのか
ロキは北欧神話でもっともよく語られる存在の一人です。その父について、なぜこれほど何も残らなかったのでしょうか。
考えられるのは、そもそも語る必要がなかったということです。ロキが巨人の血を引くと示すには、父の名が巨人であればそれで足ります。
もう一つは、ロキという存在が、系図から浮いていることです。義兄弟の契りでアース神族に入り、子は怪物で、自ら雌馬になって馬を産む。血筋の話が、この存在についてはあまり役に立ちません。
名前が意味を担い、物語は担わない。 ファールバウティは、そういう置かれ方をした巨人です。
ファールバウティの家系図と家族
ファールバウティの性格と人物像
ファールバウティの人柄は、何ひとつ伝わっていません。台詞も行いもありません。
それでもこの巨人が忘れられなかったのは、名が強すぎたからでしょう。「残酷に打つ」。この一語だけで、読む者はロキという子の出どころを想像してしまいます。
北欧神話では、名が説明を兼ねることがよくあります。早起きの馬はアールヴァク、霜のたてがみの馬はフリームファクシ。名を聞けば役目がわかる作りです。
この巨人の場合、名が示すのは役目ではなく気配でした。打つ者。何を打ったのかは書かれていません。書かれていないことが、かえって長く語られる理由になっています。
ファールバウティゆかりの地と遺跡
ファールバウティを祀った場所は見つかっていません。 巨人であり、そもそも祀られる側ではありませんでした。
地名も確認できていません。妻ラウフェイについては、ノルウェー南東エストフォル県フヴァレル地方のラウエル島が彼女に由来して名づけられたと伝えられますが、これは妻の名であって、この巨人自身のものではありません。
ファールバウティが現代に残した痕跡
この名は、天文の名づけと、名の解釈をめぐる議論のなかに残りました。
土星の衛星ファールバウティ: 土星の不規則衛星の一つに、この巨人の名が与えられている。北欧神話の巨人の名を衛星に付ける慣例による。
「ラウフェイの子」という呼び方: ロキを指す言い換え。父ではなく母の名で呼ばれることが多く、この巨人の影の薄さを示す例として引かれる。
落雷と木の解釈: 「残酷に打つ者」と「葉の島」の名の組み合わせから、落雷が木を打って火を生む光景の神話化とみる読み方。
ファールバウティが司るもの
嵐
名が「残酷に打つ」を意味し、落雷や暴風と結びつけて読まれてきた。
厄除け
打つ者としての名から、荒れた天候を退ける願いに結びつけて語られる。
光
子ビューレイストの名が「嵐の中で稲光を生む者」と解され、一族が稲光と重ねられてきたことによる。
ファールバウティについてよくある質問
ファールバウティは何者ですか。
ロキの父にあたる巨人です。名は「残酷に打つ」を意味します。
ファールバウティの子どもは誰ですか。
ロキ、ヘルブリンディ、ビューレイストの三人です。母はラウフェイ、別名ナールといいます。
ロキが「ラウフェイの子」と呼ばれるのはなぜですか。
はっきりした理由は伝わっていません。父ではなく母の名で呼ばれることが多いため、母ラウフェイがアース神族の一員だったのではないかという仮説が出されています。
ファールバウティの物語はありますか。
ありません。妻と三人の子の名が伝わるだけで、事績はまったく残っていません。
ファールバウティと併せて覚えたい言葉・用語
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。