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北欧神話

ナリとは何の神様か|家系図・物語

Nari  / ナリ

冥界 巨人

ロキとシギュンの子。その腸が、父を縛る鎖にされた。

ナリとは何の神様か

ナリはひとことで言えば父を縛る道具にされた子です。ロキと妻シギュンの間に生まれました。

この子について語られることは、ほとんどひとつしかありません。神々がロキを罰したとき、縛る縄をこの子の体から取ったということです。

バルドルの死を仕組み、宴の席で神々の秘密を暴いたロキは、逃げた末に捕らえられました。神々は岩を三つ立て、ロキをその上に横たえて縛ります。縛ったのは、この子の腸でした。

引き抜かれた腸は鉄に変わりラグナロクの日までロキを離しません。母シギュンは器を掲げて毒を受け続け、器を捨てに行くあいだだけ毒が父の顔に落ちます。

北欧神話でもっとも救いのない場面に、この子の名があります。

ナリの名前の表記と読み方

古ノルド語では Nari(ナリ)。「ぐずぐずするもの」を意味すると解されますが、確かなところはわかっていません。

厄介なのはナルヴィとの関係です。新エッダは「ナルヴィという別名がある」と書き、古エッダはナルヴィをナリの兄弟として扱います。同じ名が、ある本では別名になり、ある本では別人になります。

さらに、夜の女神ノートの父にもナルヴィという名の巨人がいます。同名の別人ですが、混同されることがあります。

日本語ではナリ、ナーリ、ナルフィ、ナルヴィなどと書き分けられ、資料によって指す相手が変わるため、読むときは注意が要ります。

Nari(ナリ)

古ノルド語の表記。「ぐずぐずするもの」を意味すると解される。

Narfi(ナルヴィ)

新エッダはナリの別名とし、古エッダはナリの兄弟とする。

Nari ok Narfi(ナリとナルヴィ)

二人の兄弟として並べて語られる形。書物によって扱いが分かれる。

ナリの物語

  1. ロキの家族 ─ 妻と、二人の子
  2. 縛られる父 ─ 腸が鎖になる
  3. 毒と器 ─ 母がそばに残る
  4. なぜこの子が選ばれたのか

ロキの家族 ─ 妻と、二人の子

ロキには二組の家族があります。

ひとつは女巨人アングルボザとの間の子で、狼フェンリル、大蛇ヨルムンガンド、死者の国の女王ヘル。三体とも怪物として描かれます。

もうひとつが、妻シギュンとの間の子です。こちらは怪物ではありません。ナリと、そしてもう一人。

古エッダはこの二人をナリとナルヴィの兄弟とし、新エッダはナリ(別名ナルヴィ)とヴァーリの二人とします。

どちらの書物を読むかで、兄弟の名前が変わってしまいます。 資料が少ない存在に共通する事情です。

シギュンの名は「滴るもの」に関わるとされ、いましめを緩める者とも呼ばれます。この一家の運命は、名前の段階からすでに決まっているようにも見えます。

縛られる父 ─ 腸が鎖になる

海の神エーギルの館で開かれた宴に、ロキが押しかけました。居並ぶ神々の秘密をひとつずつ暴き、最後にトールに追い出されます。

ロキは鮭に化けて滝に隠れましたが、網で捕らえられました。

そして罰が下されます。神々はナリを捕らえました。

新エッダによれば、兄弟のヴァーリが狼に変えられ、ナリを引き裂いて腸を引きずり出します。古エッダの『ロキの口論』では、狼に変えられるのは兄弟のナルヴィで、殺したとまでは書かれていません。

父を罰するために、子を先に殺す。 この一段が、北欧神話の罰の場面をひときわ暗いものにしています。

引き抜かれた腸でロキは岩に縛られました。腸は鉄に変わり、二度と切れなくなります。

毒と器 ─ 母がそばに残る

縛られたロキの頭上には、毒蛇が吊るされました。スカジが置いたと伝えられます。毒は絶えず滴り、顔に落ち続けます。

そこへ来たのが、母シギュンでした。

シギュンは器を掲げ、滴る毒を受け止め続けた。器がいっぱいになると、捨てに行かねばならない。その間だけ、毒はロキの顔に落ちる。

ロキが痛みに身悶えすると、大地が揺れます。 地震の由来として語られてきました。

子を失った母が、その子の腸で縛られた夫のそばに残り続ける。 これがこの一家の結末です。

イギリス・カンブリア州のゴスフォース十字架には、器を掲げる女性と縛られた男が刻まれています。十世紀の石で、この場面と解されています。

なぜこの子が選ばれたのか

神々には、もっと簡単な方法があったはずです。ふつうの縄でも、魔法の紐でも縛れたでしょう。狼フェンリルを縛ったときには、六つのものから作った紐グレイプニルをわざわざ小人に作らせています。

それなのに、ロキのときは子の腸が使われました。

理由は書かれていません。ただ、この神話には罰は苦痛の総量で測られるという感覚が通っています。手を失ったテュール、目を失ったオーディン。代償を体で払う場面が繰り返し出てきます。

ロキが払わされたのは、自分の体ではなく子の体でした。

罰の重さを、他人の命で量られている。 ナリという名がひとつだけ残っているのは、その量りに使われたからです。

ナリの家系図と家族

ナリの親: ロキ父子

ナリの性格と人物像

ナリには、性格を描く材料がありません。

言葉をひとつも与えられていません。行動も記されていません。年齢も、姿も、母との関わりも語られない。

わかるのは、怪物ではなかったということだけです。ロキの他の子――フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル――はいずれも怪物として描かれ、それぞれ独立した物語を持っています。ナリにはそれがありません。

むしろ、怪物ではなかったからこそ、殺せてしまったのかもしれません。 フェンリルは縛るのに神々が総がかりで謀り、テュールが片手を失いました。ナリは、ただ捕らえられて裂かれます。

神話のなかで、いちばん力の弱い者に最悪のことが起きる。 ナリの記述の短さそのものが、この物語のいちばん暗い部分を指しています。

ナリゆかりの地と遺跡

この子を祀った場所は見つかっていません。 名前を含む地名も伝わっていません。

ただし、縛られたロキと器を掲げる女性を刻んだ石は残っています。イギリス・カンブリア州ゴスフォースの十世紀の石十字架がそれで、キリストの磔刑と並べて彫られています。ナリ自身は刻まれていませんが、その腸が父を縛っている場面が、石の上に残っていることになります。

ナリが現代に残した痕跡

この子の名は、罰の場面の一部として、書物と石の上に残りました。

鉄になった腸: 引き抜かれた腸は鉄に変わり、ラグナロクまでロキを縛り続けるとされる。縄が金属に変わるという発想は、この神話でも珍しい。

地震の由来: ロキが痛みに身悶えすると大地が揺れる、と語られる。北欧で地震の説明として伝えられてきた。

ゴスフォース十字架: イギリス・カンブリア州にある十世紀の石十字架。器を掲げる女性と縛られた男が刻まれ、シギュンとロキの場面と解されている。

ナリが司るもの

死者の導き

父の罰の代償として命を落とした子として語られる。

赦し

罰と赦しをめぐって読み返されてきた場面の中心にいる。

ナリについてよくある質問

ナリは誰の子ですか。

ロキと妻シギュンの子です。ロキが女巨人アングルボザとの間にもうけたフェンリル、ヨルムンガンド、ヘルとは母が違います。

ナリとナルヴィは同じ人物ですか。

書物で食い違います。新エッダはナルヴィをナリの別名とし、古エッダは兄弟として扱います。どちらが本来の形かは定まっていません。

なぜナリの腸でロキを縛ったのですか。

理由は原典に書かれていません。北欧神話では罰の重さを体で払う場面が繰り返され、ロキの場合はそれが子の命で払われた形になっています。

ナリはラグナロクで戻ってきますか。

戻ってきません。終末の場面にこの子の名は出てきません。腸が鉄となって父を縛り続ける、という記述で終わっています。

ナリと併せて覚えたい言葉・用語

ラグナロク(Ragnarök)

北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。

新エッダ(しんエッダ)

1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。

グレイプニル(Gleipnir)

フェンリルを縛った魔法の紐。猫の足音・女の髭・山の根・熊の腱・魚の息・鳥の唾という、この世に存在しない六つのもので作られている。