ロキとシギュンの子。その腸が、父を縛る鎖にされた。
ナリとは何の神様か
ナリの名前の表記と読み方
古ノルド語では Nari(ナリ)。「ぐずぐずするもの」を意味すると解されますが、確かなところはわかっていません。
厄介なのはナルヴィとの関係です。新エッダ?は「ナルヴィという別名がある」と書き、古エッダ?はナルヴィをナリの兄弟として扱います。同じ名が、ある本では別名になり、ある本では別人になります。
さらに、夜の女神ノートの父にもナルヴィという名の巨人がいます。同名の別人ですが、混同されることがあります。
日本語ではナリ、ナーリ、ナルフィ、ナルヴィなどと書き分けられ、資料によって指す相手が変わるため、読むときは注意が要ります。
Nari(ナリ)
古ノルド語の表記。「ぐずぐずするもの」を意味すると解される。
Narfi(ナルヴィ)
新エッダはナリの別名とし、古エッダはナリの兄弟とする。
Nari ok Narfi(ナリとナルヴィ)
二人の兄弟として並べて語られる形。書物によって扱いが分かれる。
ナリの物語
ロキの家族 ─ 妻と、二人の子
縛られる父 ─ 腸が鎖になる
毒と器 ─ 母がそばに残る
縛られたロキの頭上には、毒蛇が吊るされました。スカジが置いたと伝えられます。毒は絶えず滴り、顔に落ち続けます。
そこへ来たのが、母シギュンでした。
シギュンは器を掲げ、滴る毒を受け止め続けた。器がいっぱいになると、捨てに行かねばならない。その間だけ、毒はロキの顔に落ちる。
ロキが痛みに身悶えすると、大地が揺れます。 地震の由来として語られてきました。
子を失った母が、その子の腸で縛られた夫のそばに残り続ける。 これがこの一家の結末です。
イギリス・カンブリア州のゴスフォース十字架には、器を掲げる女性と縛られた男が刻まれています。十世紀の石で、この場面と解されています。
ナリの家系図と家族
ナリの親: ロキ父子
ナリの性格と人物像
ナリには、性格を描く材料がありません。
言葉をひとつも与えられていません。行動も記されていません。年齢も、姿も、母との関わりも語られない。
わかるのは、怪物ではなかったということだけです。ロキの他の子――フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル――はいずれも怪物として描かれ、それぞれ独立した物語を持っています。ナリにはそれがありません。
むしろ、怪物ではなかったからこそ、殺せてしまったのかもしれません。 フェンリルは縛るのに神々が総がかりで謀り、テュールが片手を失いました。ナリは、ただ捕らえられて裂かれます。
神話のなかで、いちばん力の弱い者に最悪のことが起きる。 ナリの記述の短さそのものが、この物語のいちばん暗い部分を指しています。
ナリゆかりの地と遺跡
この子を祀った場所は見つかっていません。 名前を含む地名も伝わっていません。
ただし、縛られたロキと器を掲げる女性を刻んだ石は残っています。イギリス・カンブリア州ゴスフォースの十世紀の石十字架がそれで、キリストの磔刑と並べて彫られています。ナリ自身は刻まれていませんが、その腸が父を縛っている場面が、石の上に残っていることになります。
ナリが現代に残した痕跡
この子の名は、罰の場面の一部として、書物と石の上に残りました。
鉄になった腸: 引き抜かれた腸は鉄に変わり、ラグナロクまでロキを縛り続けるとされる。縄が金属に変わるという発想は、この神話でも珍しい。
地震の由来: ロキが痛みに身悶えすると大地が揺れる、と語られる。北欧で地震の説明として伝えられてきた。
ゴスフォース十字架: イギリス・カンブリア州にある十世紀の石十字架。器を掲げる女性と縛られた男が刻まれ、シギュンとロキの場面と解されている。
ナリが司るもの
死者の導き
父の罰の代償として命を落とした子として語られる。
赦し
罰と赦しをめぐって読み返されてきた場面の中心にいる。
ナリについてよくある質問
ナリは誰の子ですか。
ロキと妻シギュンの子です。ロキが女巨人アングルボザとの間にもうけたフェンリル、ヨルムンガンド、ヘルとは母が違います。
ナリとナルヴィは同じ人物ですか。
書物で食い違います。新エッダはナルヴィをナリの別名とし、古エッダは兄弟として扱います。どちらが本来の形かは定まっていません。
なぜナリの腸でロキを縛ったのですか。
理由は原典に書かれていません。北欧神話では罰の重さを体で払う場面が繰り返され、ロキの場合はそれが子の命で払われた形になっています。
ナリはラグナロクで戻ってきますか。
戻ってきません。終末の場面にこの子の名は出てきません。腸が鉄となって父を縛り続ける、という記述で終わっています。
ナリと併せて覚えたい言葉・用語
ラグナロク(Ragnarök)
北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
グレイプニル(Gleipnir)
フェンリルを縛った魔法の紐。猫の足音・女の髭・山の根・熊の腱・魚の息・鳥の唾という、この世に存在しない六つのもので作られている。