鷲に化けてイズンを攫った巨人。その両目は星になった。
スィアチとは何の神様か
スィアチの名前の表記と読み方
古ノルド語では Þjazi(スィアチ)。日本語での書き方がとりわけ多い名です。シアチ、シャチ、シャツィ、チアシ、スィアツィ、スィヤチ、ティアチなど、資料によって大きく変わります。
理由は、古ノルド語の最初の音が日本語にない音だからです。同じ音を持つ神スルトやスリュムでも、資料ごとに書き方が揺れています。
館の名はスリュムヘイム。古エッダ?『グリームニルの歌』第11節は、かつてこの巨人が住んでいた館に、いまは神の花嫁となったスカジが住んでいると歌います。
なお、ミョルニル?を盗んだ巨人スリュムとは別ものです。館の名が似ているだけで、関係はありません。
Þjazi(スィアチ)
古ノルド語の表記。日本語ではシアチ、シャツィ、チアシなど書き方が特に多い。
Þrymheimr(スリュムヘイム)
この巨人の館の名。死後は娘スカジが住んだ。
Skaði(スカジ)
娘の名。父の復讐のためアースガルズへ乗りこんだ。
スィアチの物語
焼けない肉 ─ 鷲が枝にとまっている
イズン掠奪 ─ 神々が老いる
空の上で出された条件は、ひとつでした。イズンをリンゴごと連れ出せ。
ロキはやむを得ず承知します。地上に降りると、こう言ってイズンを誘い出しました。永遠の若さをもたらすリンゴによく似たリンゴを見つけた、見比べてみないか、と。
イズンはリンゴを持って城壁の外へ出ました。そこへ鷲が舞い降り、さらってしまいます。
リンゴを食べられなくなった神々は、たちまち老い始めました。
北欧の神々は、生まれつき不老ではありません。イズンのリンゴを食べ続けることで若さを保っていました。 その一点を突かれています。
神々の力を根元から止める方法を、この巨人は知っていたことになります。
追跡 ─ 鉋屑に火をつける
調べのすえ、ロキの関与が明らかになりました。神々はイズンの奪還を命じます。
ロキはフレイヤから鷹の羽衣を借り、鷹に変身してこの巨人の館スリュムヘイムへ潜入しました。ちょうど巨人は外出中でした。
ロキは呪文を唱えてイズンを一個の木の実に変え、足に握って飛び去ります。
戻った巨人は羽衣をまとって鷲となり、猛然と追いかけました。
二羽が近づくのを見た神々は、アースガルズ?の城壁の外に大量の鉋屑を積みます。そしてロキの鷹が砦の内側へ降りた瞬間、火をつけました。
鷲は止まれず、羽毛に火が移って落ちました。 門の内側で討たれます。
追う側の速さが、そのまま仇になる。 北欧神話が好む筋立てです。
スィアチの家系図と家族
スィアチの子・子孫: スカジ父と娘
スィアチの性格と人物像
スィアチは、神々の弱点を的確に突いた巨人です。
力で挑んでいません。城壁を破ってもいなければ、神と剣を交えてもいない。若さの供給を止めただけです。
神々が本当に恐れていたのは、腕力ではなく老いでした。 それを見抜いた者は、この巨人のほかにいません。
やり口も一貫しています。焼けない肉で足止めし、棒をくっつけて人質を取り、交渉する。痛めつけながら約束を取り付ける。 どの段階でも力任せではありません。
『グロッティの歌』第9節は、この巨人がフルングニルとその父より強かったと歌います。トールが決闘した相手より強い、という位置づけです。
それでも最後は、追いすぎて火に突っこみました。慎重に始めて、勢いで終わる。 北欧の巨人に共通する形です。
死後は目が星になり、娘は神々の一員になりました。敵として現れた一族が、神々のなかに残る。 この神話の常です。
スィアチゆかりの地と遺跡
この巨人を祀った場所は見つかっていません。 巨人は祀られる側ではありませんでした。
物語のうえでの居場所は館スリュムヘイムです。古エッダは、かつてこの巨人が住み、いまは娘スカジが住んでいると歌います。巨人の国ヨトゥンヘイムにあるとされ、地上のどこかに比定できる場所ではありません。なお娘スカジの名は、スカンディナヴィアという地名の由来のひとつに挙げられることがありますが、確定した説ではありません。
スィアチが現代に残した痕跡
この巨人の名は、空の星と、黄金を指す言い換えに残りました。
天に上げられた両目: オーディンがこの巨人の両目を天に上げて星にしたと伝えられる。娘スカジを慰めるために行われた。
「巨人の口数え」: 黄金を指す言い換え。父の遺産を分けるとき、この巨人と兄弟が口いっぱいに金を頬張る回数を秤の代わりにしたことに由来する。
スリュムヘイム: この巨人の館の名。死後は娘スカジが住んだと『グリームニルの歌』第11節が歌う。ミョルニルを盗んだ巨人スリュムとは関係がない。
スィアチが司るもの
若さ
若さのリンゴを管理する女神を奪った巨人として語られる。
狩り
鷲の姿で獲物を捕らえ、娘スカジは狩りと雪山の女神とされる。
スィアチについてよくある質問
スィアチとは誰ですか。
鷲の姿になれる巨人です。女神イズンを若さのリンゴごと攫い、神々を老いさせました。娘は狩りと雪山の女神スカジです。
なぜイズンを攫ったのですか。
原典は動機をはっきり書いていません。ただし結果として神々は若さを失い、力を根元から止められました。
どうやって倒されたのですか。
イズンを取り返して逃げるロキを追ううちに、アースガルズの城壁の外に積まれた鉋屑に火をつけられ、翼を焼かれて墜落しました。門の内側で討たれています。
両目が星になったというのは本当ですか。
そう伝えられます。娘スカジを慰めるため、オーディンがこの巨人の両目を天に上げて星にしたと『詩語法』は記します。どの星かは特定されていません。
スィアチと併せて覚えたい言葉・用語
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
ミョルニル(Mjölnir)
トールの槌。投げれば必ず手に戻る。小人が作ったが、ロキの妨害で柄が短くなった。
アースガルズ(Ásgarðr)
アース神族が住む神々の国。虹の橋ビフレストで地上とつながる。
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。